第43話 メインヒロインそっちのけでお助けキャラにガチ恋するのはだめですか?

 湊さんが立ち去った、ちょうどその瞬間に曲がり角から、見覚えのある愛おしい影が見つかった。


 朱色のツインテールの右側が少しだけ、まるで尻尾のようにピョンピョンと跳ねている。


 「……いきなり家に来たら重いですよね」


 多分、電信柱の裏に、奏ちゃんがいるのだと思う。湊さんの言う通りだった。


 気付いていないふりして、電信柱の裏側で聞き耳を立てていようと思う。


 「……だって普通に家は教えてもらってませんからね。美嘉ちゃんに聞いたから、理屈としては来れますが……。やっぱり、昨日今日で押し掛けるのは重いですよね。アドバイスしてくれる湊姉様もおりませんし、一旦出直しましょうか……。いや、待ってください。ここで奏が帰れば、葵さんや天音さんが来てしまいますし、それでは怜音君が……いえ、ここはそれっぽく振舞っておくべきでしょうか?」

 「おはよう」

 「あ、おはようございます怜音く……ん?」

 「?」

 「ひゃ……」


 街角に響く大悲鳴。


 事案寸前である。



 「朝っぱらからお恥ずかしいところを……」

 「朝から可愛いところが見れたからヨシ」

 「あれぇ?」 


 朝から奏ちゃん成分を取り込めたのだ。何も問題はない。


 「……夢を見ているみたいです」

 「奏ちゃん?」

 「一カ月前、それこそ中学までは私は画面端にいるモブ同然でした。葵さんや天音さんというメインヒロイン級の方の後ろでこぢんまりと生きる……ごくごく普通の」


 彼女は無論、「くじらぶ」のことは知らない。


 この発言は本当に、偶然なのだろう。


 「でもその中から、怜音君は見つけてくれました。奏を、ちっぽけな奏を、大きくしてくれました」


 少し前を歩く彼女は、優しく笑う。


 「とっても幸せです。バチが当たるんじゃないかってくらいに」

 「バチなんて当たんないさ。いや、もっと幸せにならないと」

 「……恥ずかしいですよぉ」

 「いや、絶対にするよ、幸せに。いつ今がなくなるかなんてわかんないしさ。後悔のないように」

 「今……?」


 時折、怖くなることがあった。


 以前まで、俺はあくまで画面の中の奏ちゃんを愛でるだけのしがない男だった。


 どういう理由かはわからないけれど、愛でるだけじゃなく、実際に話すことができた。


 これが、もしかすると夢なんじゃないかって、いつか醒めるんじゃないかって、思う夜がある。


 奏ちゃんとの絆が深まれば深まる程……その念が強くなる。


 たぶん、元の世界では死んだのだと思う。それはいいんだ。


 死ぬことは怖くない。ただ奏ちゃんといる日々が消えることが、途轍もなく怖いのだ。


 その恐怖心はまだ消えていない。


 「ありがとう」

 「ひょえ……?」


 きっとその恐怖心は晴れることはないのだろう。


 だけど、今のこの幸せは、それを多少は紛らわせられるかもしれない。


 「俺と付き合ってくれて、ありがとう」

 「――――!」


 だから、感謝したかった。


 「わ、か、奏は、あまり難しい話はわかりません。ですが……怜音君が奏を誰よりも想ってくれていることだけは、わかります。だからこっちこそ、感謝ですっ」


 そう言いながら、奏ちゃんは俺の手を取る。


 「!」

 「え、えへへ。いつも負けているので、今日くらいは……奏からっ」

 「……奏ちゃんには、勝てないな……」

 「追い越すって、言いましたからね♪」


 それは本当に楽しい瞬間だった。


 この瞬間を楽しもう、そう思った矢先、電撃が凶兆となって襲いかかる!


 「!?」

 「ど、どうかしました!?」


 つい先程まで消失していた二つの矢印が復活している!


 「や、やばいよ、奏ちゃん……」

 「ど、どうしました?」

 「忘れていないか……葵と、天音を……」

 「あ゙っ゙」


 ……奏ちゃんも理解したようだ。


 「ど、どうしましょう……流石に事を構えるわけには」


 それもそうだ。


 折角、関係がこじれないようにミスコンを突破したのに、ここで露見すればその努力が水の泡だ。


 「俺に考えがある」

 「ほ、本当ですか!?」

 「もういっそ報告するってのは……」

 「死にたいんですか!?」


 自棄になればなんとかなるとも思えたが、駄目みたいだ。


 本当ならもっとゆっくり登校したい。手だって繋いでいたい。


 初日から厄介事が過ぎる!


 「なら仕方ない……こうしよう」

 「まだ何か案があるので?」

 「兵法だ、兵法の鉄則だよ」

 「それは一体……?」

 「三十六計逃げるに如かず、だ」

 「逃げるってことじゃないですかぁ!」


 俺が、奏ちゃんの手を取ったまま先行し、走り出す。


 結局はこうするしかない。今の段階で、二人の地雷を除去する術はない。


 大々的に奏ちゃんとの関係を宣伝することができないのが残念だが……少しは、この時間を二人っきりで楽しもう、俺はそう思うのだった。


 「ふふっ」

 「どうしたの? 奏ちゃん」


 走りながら、奏ちゃんは喜びを露わにする。


 「奏、とっても幸せです!」



 メインヒロインそっちのけでお助けキャラにガチ恋した結果――かけがえのない大切な恋人ができたのだった。



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メインヒロインそっちのけでお助けキャラにガチ恋するのはだめですか? ~恋愛ゲームに転生した俺はオタクヒロインとひたすらイチャラブする!~ @nekuranomiko

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