第42話 変わらない日々
「天誅――――!」
願いが叶った翌日、妹に殺害されかけた。
日曜日にやっているヒーロー番組の光る刀を片手に、美嘉は俺におもいきり斬りかかった!
「なっ、うおおおお!?」
寝起きのことで……まだ意識が覚醒していない中で振り下ろされた刀身を俺は間一髪で白刃取りする。
「な、なんだよ! 玩具でも痛いんだぞ!?」
「リア充に裁きをっ! ロリコンに裁きをっ!」
初撃を外しても諦めなかった美嘉は上下左右に刀を振り回す!
「意味、わからん、とりあえずっ! 剣を振るのをやめろぉぉぉ!」
数分後、美嘉の奇行の理由を知る。
昨日の夜、奏ちゃんとの出来事を知ったのだ。
もっと正しく言うと、いつも通り美嘉が奏ちゃんに電話をしたところ雰囲気が明らかにおかしくいため問い質したら……というわけだ。
「このすけこましっ! 女たらしっ!」
美嘉の殺意は十分だった。抵抗しなければ鈍器で撲殺しかねない勢いだ。
「ま、待て! 俺は奏ちゃん一筋で――」
「こいつとうとう自白しやがりましたよ! それも、よりにもよって純粋無垢なっ……奏パイセンを!」
「ひ、ひいいいい!」
「わかった、駅前のプリン二つで手を打とうではないか」
「俺の命、プリン二つなのか……」
だけどさ、と言いながら美嘉は不機嫌さはそのままに座る。
「にーやん、困るよ。にーやんが奏パイセンとイチャイチャしたらアタシのご飯どうするのさ」
「や、別に今日明日家を出るわけじゃないし……」
「いつか出ていくんでしょ? 捨てられるんだ……」
「捨てない、絶対捨てないから」
今日の美嘉は何か変だぞ?
「…………ほんと? アタシ、単純だから嘘は嫌いだよ」
「本当本当」
「捨てたら怖いからね」
「勿論さ、お前はたった一人の妹だからな」
「…………ふぅん、ま、奏パイセンを泣かせないようにね」
このとき、これがまた新たな地雷を産むことになることを……今の俺はまだ知らなかった。
◇
「え、今日から海外に!?」
所変わって夜瞑家。
姉である湊のその遅すぎる報告に奏は驚く。
「ああ、暫く家を空けることになるからよろしく頼むよ」
そんな姉の行動に、奏は理解が追い付いていなかった。
「え、ちょ、待ってください! 一体どこに……?」
「ヨーロッパだよ、やらなきゃいけない仕事を残していたんだ」
「そんな急な……」
だけど、湊はそういう性質だと奏は知っている。
いつもにまして急なことだが、そういうことにして諦めた。
「それに……今の奏には私よりももっと一緒にいるべき人がいるだろう?」
「っ――!」
顔がきゅう、と赤くなる。
「奏、キミに数点伝えておかなければならない」
真面目になった湊の顔を見て、奏は表情を引き締める。
「ポエマー君……朝来怜音君ほどの優しい男はそういない。恋敵も苦難も多いだろうが、決して手放したら駄目だ。わかるね?」
「……はいっ!」
「奏は幸せ者だ。胸を張るといい、初恋が実るなんて都市伝説みたいなものなのだ」
「…………」
「私は実ることはなかった。だから自信を持つといい」
湊は自分のことのように誇らしく笑う。
「ああ、あと一つ――」
「はい?」
「弾けるのもいいだろう、だけど……時には休みたまえよ? あと、しっかりと避妊は――」
「はやく! 出発! してください!」
奏が強く言えるのは、湊くらいなのであった。
姉の突然の引っ越しに振り回されているものの、奏の新しい一日が今日も始まるのだった。
◇
早朝から死の危険をどうにか回避したが、それは序章に過ぎなかった。
「はい?」
家を出た扉の前には――葵と天音が待ち構えていた。
今になって確認すると……矢印が立っていた。 二色共に。
美嘉に殺害されかけた騒動に集中していたから完全に失念していた。
「……怜音、アンタに確かめたいことがあるの」
ジト目で俺を睨む葵、と無言で圧をかけてくる天音。
「た、確かめたいことって?」
「奏のこと」
心臓が跳ね上がる。
もしかして、昨日の夜の出来事が発覚したのだろうか?
大丈夫だろう、と踏んでいた美嘉にもいつの間にか露見していた。
奏ちゃんは必死に隠しているだろうが、意図せず情報が漏れることだってある。
もしも露見したのなら、大変なことになるぞ?
胸に厚い雑誌でも仕込んでおいた方がいいかしら。
「正直に教えてほしいのだけど……」
「は、はい」
「アンタ、奏をサポートしていたわよね?」
「はい?」
質問が予想外過ぎて、その意図を図りかねていた。
「どうみても、怜音の立ち回り方は奏をサポートしているとしか考えられないのよね」
「怜音様、正直におっしゃってください」
これが、告白騒ぎには勘付かれていない、ということだろうか?
なら、なんとでもなるだろう。
「正直に話すと……そうだった」
「やっぱり!」
葵が近寄る。
「どうしてよ!」
「どうしてって言われてもなぁ」
「おやめなさい」
葵が暴走しかけるところを天音が制する。
「理由はわかりませんが……今回は素直に、私たちが動き出すのが奏さんより遅かったのでしょう」
天音は賢いなぁ。
「ですが……次はありません」
「ひっ」
それは般若の如き恐ろしさだった。
まるで俺が浮気したかのようだ。本当に無実なのに……。
そんな俺の想いを知らずに、二つの嵐は去っていった……。
◇
仕切りなおして家の外に出る。
「やぁ、朝早くすまないね」
登校の為、家を出るとそこには見覚えのある高級車が止まっていた。
運転席側の窓を開け、湊さんが顔を出した。サングラスをつけているが、彼女であることはわかる。
「湊さん」
「時間もないから、手短に話そう」
あの後のことだ。
奏ちゃんの衣装が湊さんにより制作された事実はいつのまにか学園中に広まっており、そしてどういった遣り取りがあったかまでは不明だが――来年は湊さんがデザインした制服が採用されるようだ。
当然、学園側は湊さんが過去のデザイン大会で忖度により敗北した一人だということは知らない。
ただ、世界的デザイナーとミスコン優勝者、二人の知名度は学園の宣伝としては十分と判断したらしい。
「復讐が虚しいとはよく言ったものだね」
「……湊さん」
「そのような顔をしないでおくれ。キミがいなければ、なしえなかった。それに……奏の幸せそうな笑顔も見ることはできなかった」
そういう彼女の顔は、確かに明るいものだった。
「これからどこへ?」
「フランスだよ」
「ええっ!?」
急だな!?
「溜め込んだ仕事をさっさと終わらせようと思ってね、二カ月程度さ」
「そうなんですね……」
「いない間の奏の面倒、お願いするよ。最初は連れていくつもりだったんだけど、その必要もなくなった」
彼女はサングラスを指で上げ、瞳を見せる湊さん。
奏ちゃんとよく似た、綺麗な水晶のような瞳だ。
「いい顔だ。もっといろいろと話したいのだけどね――奏が到着してしまう」
「え?」
奏ちゃんが?
「はっは。その様子だと、別に通う約束はしていないようだね」
「えと、本当ですか?」
美嘉繋がりで家の場所は知っているとはいえ……これは驚きだ。
「一つアドバイスしておこう」
「?」
「あの子はね……とっても嫉妬深いし、欲張りさんだ」
それは、昨日の彼女の言葉からわかる。
「だから、守ってやるんだ」
「はい、絶対に」
「直球で力強い。ポエマー君にしては……珍しい直喩だ。やっぱり君は面白い」
止めていたエンジンを始動する。住宅街に似合わない轟音を立て始める。
「ではまた会おう、朝来怜音君」
そして、一陣の風が吹く様に……湊さんの車は走り去っていった。
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