第6話 一応友達はいるんですよ? 立ち絵が一枚しかないけど

 「手酷くやられたようだな、盟友よ」


 昼休み。顔を腫らした俺の元へ親友である佐久間鉄心が現れた。


 「……いやぁ、抜かった」

 「ふはは、その傷は痛かろう? だがその古傷をいつか笑える日が来るさ」


 言動から分かる通り、結構な中二病である。


 葵が女幼馴染だとすれば、鉄心は男幼馴染である。


 高校生目線で見ても横に太い外見をしており、オタクに見えるが、そんなことはなく流行に明るい。


 また、体格のわりに運動神経抜群という、動けるデブである。


 丸っこいルックス以外は気障でフェミニズム的な性格をしており、何よりも女性を立てる性格をしているから以外にモテる。


 ゲームにて主人公は気兼ねせずに接することができるから、気が楽だと話しており、それは俺も同感だった。 


 何かこう、元の世界でのオタサー感があって悪くない。鉄心はオタクではないが。


 「しかし、羨ましいな」

 「というと?」

 「惚けるな。両手に花の状態でよくもまぁ浮ついたものだな」

 「ただ単に趣味の話をしただけだがな」

 「たかが趣味、されど趣味だ。同胞を見つけると人は知らず知らずのうちに高揚するものだ。それが重なれば立派な脅威にもなろう」

 「んなもんかねぇ」


 正直、恋人いない歴が年齢と一致していた元の世界においてはあまり実感が薄かった。


 「そうだ、俺みたいに器用にやれとは言わんが、気にかけておいた方がいい。足元を掬われる前にな?」

 「ほんとどこでそんな経験詰んでんだよ、お前は……」

 「なぁに、トライ&エラーなのだよ。机上の空論では掴める勝利も掴めんからなっ。動け、先ず以て動くんだ」


 鉄心は典型的な中二病タイプというよりか、自分を軍師か何かと錯覚しているような……役に嵌まるタイプの中二病なのだと思う。


 馬鹿なやつではあるが、的を射た指摘であることには違いない。


 「こちらとしてもな、怜音のような複雑な関係性は経験がなくてな。お前がどういう選択をし、決断を下すか……正直興味があるし、盟友として心から応援がしたいところだ」

 「鉄心……」

 「あわよくばお零れが貰えそうだからなっ!」

 「お前という奴は!」


 口は悪い、というか痛々しいが別に悪い奴ではないのだ。


 なんというか、ゲームの世界に入って元のような生活が送れるか不安ではあったが――問題はなかったようだ。


 (拝啓、お父様、お母様……そしてお姉様。愚娘の奏をどうかお許しください……)


 夜瞑奏の細やかな昼食の時間を前に、椅子を持ち寄って座しているのは彼女の竹馬の友でもある咲良葵と華乃宮天音――「くじらぶ」のヒロイン達である。両者が腕によりをかけた弁当を持ち寄り、食事に勤しむ。


 友人同士の和気藹々わきあいあいとした食事会……のはずであるが、空気は重く、沈黙していた。


 「ねぇ、奏」

 「は、はい、奏です」 

 「どうして怜音がアンタと?」

 (どうしてもおっしゃられましても……)


 昨日の話もあったが、後半は彼が自分と同じ趣味を有していたためテンションが高かっただけである。


 それを咎められても仕方がない。


 奏からしたら、貰い事故もいいところである。


 「あれです、そう、あれ、です。朝来さんと共通の趣味を持っているのを知って、私も高まってしまったのです。はい、裏切り行為なんてありませんとも」

 「趣味の話……ですか」


 少し訝しむ視線を天音は奏に送る。


 「だけど変ねぇ。怜音は今迄アニメに興味を示してなかったのに」

 「質が高いと聞いておりますので、何かのきっかけがあったのでしょうか?」

 (というか昨日の今日で把握してるの、普通に怖くないですか?)


 奏も返答に困る。


 流石に朴念仁ではない。何故彼がアニメに目覚めたのか……理由は簡単だ。


 怜音の昨日の告白が影響しているのだろう。


 彼女にとっては到底信じられないことだが、怜音の好意が事実なら彼女の気を惹くために履修したと考えるのが妥当だ。


 だけど、俗にいう“にわか”ではないことは、少し話しただけでも奏にはわかった。


 だからこそ、気を惹くためだけと切り捨てられないのだ。


 「怜音様が興味あるなら私たちも」「見てみるべきなのかしら」


 そのとき、いけない方向に話が進みそうなのを奏は察知する。


 (いけません、いけませんよ)


 彼女からしても、こんなついでのために大好きなアニメを語られるのは精神的にゆるせなかった。


 新規ファンの可能性を潰すのもまた、ファンとしてあるまじき行為であるが……理屈の上では理解できていても、感情はそう簡単にいかないのだ。


 多少危なくとも、こればかりは強く主張すべきだと思った。


 「あ、あのぅ」

 「なにかしら」

 「そ、そういう観かたは奏としても、なんというかぁ、そのぉ……」


 と、明らかにしどろもどろになってはいるが、想いは伝える。


 不純な動機で怜音が入ってきたのはあるけれど、彼は何故か許せることができたけれど、こればかりは……耐えられなかった。


 「……それもそうね」


 だが、二人とて奏の友達だ。


 彼女の今の感情を汲み取れないわけではない。


 事実、二人は自分が奏の立場ではどう考えるか――そう推察できるくらいには聡明だった。


 恋に盲目になったとしても、友達を傷つける真似は絶対にしない。


 そういった矜持があった。


 (とりあえず、話題を変えましょう……)


 この話題に停滞し続けるのは悪手だ。


 いわば怜音の話題は地雷原の様なもので……二人のヒロイン達にとっては効果抜群の威力を持つ。


 昨日の彼の告白の件が明るみに出れば、どんな騒動を起こるか……想像もしたくない。


 だから彼女は、話題の転換を試みる。


 「よろしければ……今日の放課後、新しいスイーツを食べません? 二人とも休みでしたよね」

 「それは構わないけど、怜音も呼ぼうかしら」

 「まぁっ! それは是非!」


 しかし、それは拙い。


 折角彼女らをこの薄氷の様な話題から引き剥がすことを目指しているのに、渦中の人である怜音を呼んでしまっては、奏の繊細な配慮も総崩れである。


 何よりも……今の彼女に、怜音を何も感じずに直視することはできない。


 ……照れるのだ。


 そう、奏は経験のない形容しがたい感情を前に、困惑してしまっているのだ。


 そして彼女はそういうのを隠せる性格ではない。


 怜音を一時的に意識の外に置くことで漸く平静を保てているのだ。それなのに、至近距離に来られてしまっては、無理だ。


 「今日は女子会といきませんか?」

 「なんでよ」

 「そう、朝来さんは疲れているんですよ。男というのは偶には一人になりたいときもあるんです。そうです、そういうお年頃なのです。佐久間さんとの交流もありますでしょうし、はい」


 苦し紛れも承知で奏がなんとかかんとか言葉を紡ぐと、詰問者である二人は顔を見合わせる。そしてもう一度、奏を見る。


 「アンタ、妙に男性心理に詳しいのね」

 「ですが……一理もありますわね」


 二人がいい感じに誘導されそうなのを受け、奏は胸中を撫で下ろす。


 「…………今日は休戦ね」

 「その方がよろしいかもしれませんね」

 (これで奏も首の皮一枚つながりました……はふぅ)


 しかし、致命傷もいい所だ。


 事後処置を怠れば、普通にその繋がった薄皮も破れてしまう。


 (だけど、答えをいつかは出さなければいけません)


 安堵と共に後回しにしている問題が再浮上する。


 奏は、告白に対しどう答えるか、である。


 わからない、という文字が鎖として胸に降りかかる。


 (朝来さんは悪い人ではありません。偶然にも同志ですし、顔もその……かっこいいですし)


 自分で言ってて恥ずかしくなってきて、一瞬間目を閉じる。


 しかし、葛藤を眼前の二人に悟られるわけにはいかない。


 食事を進めながら、思考も止めない。


 (……葵さんと天音さんが惚れるのもわかります。優しい人ですから)


 だけど不思議なことに、普段は楽しんでいる姉の料理の味を感じることはできなかった。


 (……私はどうなのでしょう)


 やっぱり、わからない。


 昨日からずっとその堂々巡りである。


 (……わかりません。だけど、わからないけれど、もう少し……アニメについて……語ってみたい、とは思いますね)


 わからないことまみれだけど、その一点だけははっきりとわかるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る