第40話 もう一度あの日の言葉を君に
夜。
学生たちにとって、昼の行事よりもこの後夜祭の方が気合が入っている風にも思える。
ミスコン参加者だけでなく、生徒の全員が、各々の最高な時間を満喫していた。
「お、踊り、ですかぁ……」
葵と天音は、一位になった方が後夜祭で俺と踊る……という俺の意思を無視した変な契約を交わしていた。
だが、結果として奏ちゃんが勝った。
その時点で契約が破棄される……なんてことはなく、奏ちゃんに権利が譲渡された。葵と天音も肯定済みらしく、素直さがあまりにも不気味だった。
奏ちゃん以外が勝つことを考えていなかったとはいえ……全く知らない人が勝利してたら、どうなったんだろう。
一方で奏ちゃんのドレスは、誰もが目を見張る一級品だった。
湊さんは優勝を見越して奏ちゃんに合うドレスを製作していた。
夜の闇に映える、濃青の肩が露出したドレスだ。
「そ、それに……少し、いえ、かなり恥ずかしいですよぉ」
「……湊さん、気合いれたなぁ」
「ふ、不公平ですよぉ! どうして妹である奏にはこの、ろ、露出度めちゃくちゃ高いドレスで、朝来さんにはしっかりとしたタキシードなんですかぁ! 優勝したのにこの服では、まるで痴女です! コミケでやったらルール違反ですよ……!」
珍しく、湊さんに不満を述べているようだ。
姉に対し、過度な畏怖とも取れる感情を以前は抱いていたため、少しは変化が訪れたのかもしれない。だとしたら、俺は嬉しい。
「でも、優勝しなければ奏ちゃんの晴れ姿を見られなかったんだ、俺はとても嬉しいよ」
「あ、あう、褒めてももうアピールタイムの時みたいなのはできませんから!」
「しなくていいよ」
「え?」
「俺以外のやつはみなくていいからさ。俺だって、他の男に奏ちゃんを見てほしくない」
「ば、馬鹿ですかぁ!」
踊り、というには余りにもぎこちない。
どちらも、踊りに心得なんてない。
天音ルートであれば、エスコートされるが、そうでないときはこんなもんである。
だけど今や形なんて、どうでもいいのだ。こうやって話すことが、俺にとっては何よりも幸せなのだ。
「……こんな視線向けられて踊るの、生きた心地しませんよ」
「それは、うん……」
正直に言えば……特定の二人からの視線が正直苦しい。
体育館……俺体が躍る場所から十メートル以上離れた壁際にいる葵と天音からの視線がえぐい。
あれはもう呪詛ではないか。
学生たちのストレスの発散場にあってはいけない険悪さだ。
誰も近寄ろうとしなかった。あの二人も受賞者だし、人が集まる筈なのに。
「ぶつぶつ言ってて怖いな……なんて言ってるか、わかりそう?」
「わかりたくないですよぉ……」
「……こりゃ、数分でもしたら代われって言ってきそうだ」
「あのお二人が定めたのですよね? そんなことあります……?」
埒が明かない。
「なぁ、逃げ出さないか?」
「逃げ出すって……?」
「屋上とか。夜景も見えるし……あー、建前はやめる。奏ちゃんとゆっくり話したい……駄目かな」
「……ぜ、是非」
「じゃあ、一、二の三で走ろう。俺が手を取るから」
コクコク、と頷く奏ちゃん。
「いこう!」「はい!」
◇
屋上は読み通り、誰もいなかった。
見上げれば星空――素晴らしいの一言だった。
満天の大空に描かれる星は、自然のプラネタリウムだった。屋上に立った俺と奏ちゃん。
最初、言葉はなかった。
黙って、じっと夜天を眺めていると――。
「流れ星ですっ!」
「!」
ちょうど、一条の星が夜天を横一文字に裂く。
一度ではない。何度もぱぁっと煌めいて、まるで流星群のように連続する。
「す、すごいです! 流れ星がこれほどだなんて――」
奏ちゃんが息を荒くしている。
この二人の瞬間を祝福している――なんて言えば、またポエマーと笑われるのではないか。
だけど、今日ばかりはこれでいい気がする。
いや、むしろ……今日でなければならない。あの時は、まだ状況を把握してなくて勢いだったのは否めない。
だけど、それじゃあ、駄目だ。
仮に振られたとしても、それでも――。
「朝来さんはっ、何か、願われましたか?」
「……願ってないかな」
「どうしてです?」
「だってもう、幾つも叶った。これ以上叶えてほしいだなんて、きっと怒られてしまう」
「――――」
奏ちゃんが目を軽く見開いて、驚いている。
「だけどね、これほど流れ星がきているのだから、もう一つくらい増やしてもいいかなって思う。恰好いいこと言ったのに、やっぱ締まらないな」
「いいと思います! こんな日ぐらい、ちょっと贅沢しても誰も怒りません!」
「そっか、そうだよな」
夜空を観測するのをやめ、俺は奏ちゃんの方を向く。
「ど、どうしました……? もしかして、奏に願いを、教えてくれるのです?」
「そう、教える。というか、奏ちゃんにしかお願いできない」
「っ…………」
「俺にやり直させてくれないか? あの日の、始まりの日のやり直しをもう一度」
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