第13話 VS天音
「やっべ、寝過ごした……」
妹である美嘉の朝ご飯を作らねばならない。
美嘉は、学校へ通わないというスタンスを徹底している。干物女というのが正しいかもしれない。
趣味に関しては全力で挑むが、それ以外が本当にダメダメで。ご飯を用意しなければ、餓死するくらいに生活力がない。
妹が餓死するなんて結末は、兄として避けたい。
前の世界的に言えば、血縁ではないわけだけど、いざ実際に家族になれば情が湧いてくるもので。
一人っ子だったため、家族は大事にしたい。
「んあ、にーやん、妙に早起きだね」
朝七時ごろ、そこにはテレビを見る美嘉がいた。
「美嘉こそ早い……っていうか、今の今まで起きてたのか」
「そゆこと、ぶい」
笑みを浮かべながら、両手でピースを造る。
「悪い、寝坊した。今朝ご飯を――」
「にーやん、何言ってんの。今日は祝日だよ」
「えっ」
カレンダーを確認すると、学校は休み。三連休という奴だ。
起きてしまったものは仕方がないため、とりあえずいつも通り朝ご飯を作り、今日一日はゆっくり過ごそうと考えていると――。
「頭上に赤い線が普段より輝いてる……なんていうか、キラキラしてる」
青色の線は一切浮かばず、ただ赤色の線だけが強調されていた。
また、キラキラという表現は決して比喩などではなく、矢印の周りに光の粒が舞っているのだ。
そのとき、家の鐘がなる。
「……もしやこれは……」
強制イベントだ!
◇
「おはようございます、実によき晴天ですわね、怜音様」
おめかしをした天音が訪ねてきた。
「華乃宮さん、おはよう。どうしたのこんな朝早く」
「あらあら、よそよそしいですわ。どうか天音、と呼び捨てになさって?」
「朝から距離感がえぐいな」
白ワンピースを着た彼女は俺の知る限り二番目に綺麗である。
一番? 聞くまでもないだろう。
「今日は来月オープンする予定の華乃宮グループの遊技場なる場を貸し切りましたので、是非ご一緒にと思いますの」
「あー、悪い、今日は予定が……」
「今日は予定がないことは把握しておりますわ、さぁ、行きましょう?」
「わぁ、プライバシー筒抜け」
強引に今日の予定を決められてしまった。
身支度……という名目で若干の猶予を与えられた。以前のように窓から逃げる選択肢を考えてみたが、既にこの家から出ることが可能な場所は執事たちに先回りされていた。抜け目がない。
「美嘉、来るか?」
「お断りします」
両腕を落とし、ネットスラングみたいなポーズで断られた。
(奏ちゃんを呼ぶのは……無理だな。流石に可愛そうだ)
逃げられないため、今日はこの強制イベントを波風立てずに消費することを目指そう。
「さぁ、参りましょう!」
家の前にはリムジンが止まっていた。
運転するのは、爺や。ゲームでは時折登場する、天音に一番近い執事であり、幼いころから彼女の面倒を見ていた。
「……いったいどこにその施設はあるんだ?」
「以前よりこの街のはずれに手付かずの埋め立て地があったことをご存知ですか?」
「ああ」
過去に巨大なイベントを誘致しようと整備したが、結局実現せずに閉鎖されてしまった残念な場所だ。
美嘉が言うには何やら数カ月以上前から大々的な工事が行われていたらしいが、まさか華乃宮グループの関連事業だったとは……。
「この場所に、私と怜音様のための遊技場を開きましたの」
「わぁ、すごい」
「ショッピングモールに、スポーツクラブ、映画館にホテルまで、全てを取り揃えておりますわ」
「複合施設ってわけか。ん……ホテル?」
天音は無言で笑みを浮かべる。正直めちゃくちゃ怖い。
今日からでも使えますわよ――と視線で訴えてきている気がする。怖い。
彼女の妙な期待には目を背けよう。それはそれとして複合施設とは……。
これは結構便利かもしれない。
「グッズショップとかってあるのか? ほら、アニメイドとかマロンとか……」
「!」
天音は予想外といった表情を浮かべる。
そうか、最近俺がアニメにハマっていることを把握しているだろうが、店に足繁く通っていることは知らなかったようだ。
「爺や! お聞きになりましたか!?」
「はい」
「ただちに誘致なさい!」
「しかし、既に店舗は仮決定で――」
「緊急事態です。既存のテナントが難しいというのなら新しい施設を建設し、そこにそれらに特化した店舗を集めなさい」
「いや、待って? 別にそこまでは――」
しかし、俺が有無を言うよりも早く、爺やは関係各所への連絡を開始してしまった。
(華乃宮グループ、怖い……)
これ、敵に回したら全面的に潰されるんじゃないか? 社会的にも精神的にも。
(いや、逆に考えよう。てか、考えなきゃおかしくなりそうだ)
アニメやオタク文化に特化した施設が増設されるというのなら――奏ちゃんとくることができるのではないか。
天音を誤魔化す必要こそあるが、それさえ突破できれば……。
「怜音様、私以外の女性のことを考えていませんこと?」
「ははは、そんなことないよ」
エスパーかと思わせる勘の鋭さ。
うん、誤魔化すのは無理そうだ。
「私とのデートの時に、葵さんのことを考えるのはやめてくださいまし」
奏ちゃんのことだと気づかれていないだけ、まだマシなのかな?
これ本当に、奏ちゃんルートにいけるのか……不安なところはある。
でも、俺がネガティブになったら負けであるから、絶対にあきらめないが。
「さぁ、もうすぐ到着ですわ」
リムジンが到着すると、そこには未だかつて見たことのない超巨大な複合施設の光景が広がっていた。
入り口走るシャトルバスとすれ違う。
事前の説明の通り西にはショッピングモールや映画館、東にはスポーツクラブや球場、直進した先には先程述べていたホテルや、なんと動物園や水族館まである。贅沢の限りを尽くした最高級の施設であることは明らかだ。
「すごいな……!」
「怜音様のために作らせたのですよ?」
「そこは経済のためと言ってくれ」
だけど、世辞抜きですごいのはわかる。
とりあえず、俺と天音は開店予定の店舗や施設を回る。
他の客がいないため、快適な気もするが、世界から俺と天音以外は消えてしまったような気がして――不気味だ。
混雑しすぎるのも疲れるが、ある程度は賑わいが欲しいものだ。
「怜音様、甘味はお好きですか?」
「ああ、人並みではあるけどな」
「ではこちらへ、日本に初上陸したカフェなのですよ」
「へぇ」
接客は、一流ホテルを思わせる程に丁寧で、やや怖くもある。
いただいたパフェをスプーンですくい、口に運ぶ。
美味しい、それはもう……とても。
「怜音様、何か悩み事でも?」
「え、どうして?」
「少し顔色が優れていないような気がしますわ」
「気のせいだよ」
悟られないように、表情を誤魔化す。
こうやって、まじまじと見つめると――天音は奏ちゃんに負けないくらいに美形だ。
前の世界でファンが多いのもうなずける。
最近の傾向と自分を『全肯定』してくれる天音は初見の視聴者やプレイヤーの受けはいい。
「私は不安でならないのです。婚姻を誓った怜音様が遠くに行ってしまうことが、とっても……」
「婚姻した覚えはないが」
「あらあら、ご冗談を♡」
彼女の言うとおり、なぜか俺と天音は既に婚姻を誓ったことになっている。
無論、承諾した覚えはないし、証書に判を押した記憶もない。
だが、彼女はその財力と権力を駆使してその情報を吹聴し、あたかも既成事実のように振舞っている。
朝来怜音という主人公は、派手さはないが整った顔をしているものの彼女はいなかった、という設定がある。
しかしそれは、天音が強引に作った嘘の既成事実のせいでもあった。
中学までは葵が番犬のように俺から女性を排除していたが、高校からは今度は天音の根回しが加わり、付け入る隙が完全になくなってしまっていた。
以前、俺と奏ちゃんが教室で話していた時に速攻で邪魔が入ったイベントがそのいい例である。
「くじらぶ」には、地雷と呼ばれる解決しなければならないヒロインたちの過去のトラウマがある。
で、天音の場合は幼少期の『喪失』がトラウマにある。
天音は華乃宮グループの直接の血を引いてはいない。
華乃宮グループ発展の過程で踏み潰された工場の娘なのだ。
華麗であり、気に入られたため、養子縁組で五月(いつき)天音から華乃宮天音となった。
養子縁組直後は苛烈な虐めに遭ったが、天音にとってそれは何の障壁でもなかった。
工場が潰される際に、一家離散となった原因を作った華乃宮がただ、許せないのだ。
天音は虐めに対し、毅然に立ち向かい、証拠を集め制裁――それを続けることで、華乃宮一族の家督を手にした。
その結果、彼女に生まれたのは幼少期の工場の様に『喪失』することの恐怖だ。
もう二度と大切なものをなくしてなるものか――そう決めているのだ。
そして……中学の最後に、朝来怜音に出会った。
詳しくは割愛するが、当時の怜音は彼女の地位を知らずに優しくした。結果が、これである。
(地雷解除しないと監禁エンドだ。それだけは避けないと)
「折角でしたら、新しくできた宿泊施設もご覧になって下さい。夜景は素晴らしいですよ?」
「それだけは勘弁で」
その地雷がある結果、このようにすぐに既成事実を作り上げようとする。
どうしたものかね、まったく……。
「ではせめて、日没までご一緒くださいまし?」
「それは勿論」
それ以外の方法で、二人を止める方法はあるのだろうか?
正直、今の所、方法は思いつかない。
とりあえず……今は天音の機嫌を取ることを考えよう。
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