第12話 もしかして奏、監視されています?

 なんというタイミングの着信だ、と奏は嘆く。


 今、何も準備もなしに話してしまったら、色々と大変だ……主に怜音関連で何か聞かれてしまったらその瞬間、彼の努力が水の泡になる。

 

 だけど、時間もない。着信が終わる前に息を整える必要がある。


 「深呼吸、深呼吸……」


 数度繰り返して息を整え、プリクラを失くさぬよう大切なものをしまっているポーチになおし、頬を両手で叩く。


 「奏は強い子です。いつも通り、そう、いつも通りに……」


 今は助けてくれる人はいない。


 奏は腹を決めた。

 

 「もしもし、葵ちゃんですか?」

 『奏、今大丈夫?』

 「はい、奏は大丈夫ですよ。どうかなさいましたか?」

 『今日、怜音がどこかに行ってたのよね』


 わかってはいたけれど、奏の心臓が、両手できゅっと握られる予感がした。


 冷や汗が走る。


 対面でなく本当に良かった。


 「そうなのですか?」

 『ええ。いつの間にか帰ってきてたけどね。あ、私はなんだっていいのよ? 天音が朝から私に難癖付けてきて鬱陶しかっただけよ』


 ツンデレいただきましたっ、と奏は胸中で呟く。


 『どこに行っていたか、知らないかしら』

 「いやぁ、奏もさっぱり……」


 偶然なのか、それとも全部を把握しているから揺さぶっているのか――奏にはわからなかった。


 後者の場合、詰みである。


 ただでさえ天音の登場でぎくしゃくしている、言わば引火寸前の火薬庫の状態だ。世界終末時計で例えるならば、残り十秒くらいの段階だ。


 ここで二人っきりでいたことがバレたら、最悪、この自宅にてその爆弾が大爆発する。二連続で。


 奏は言葉に気をつける。


 気を抜けば、終わりだ。


 『……そりゃそうよね。あのさ、奏』

 「はい?」

 『私ってさ、無理なのかな』

 「無理とは」

 『天音に勝てなくて、怜音も取られて……終わっちゃうのかなって』


 この質問は、奏にも刺さるものだった。


 彼の衝撃的な告白を受ける数日前であれば、何も問題はなく、適切なアドバイスができるかもしれない。


 加えて、彼への恋を明確に認めた瞬間に、この問いである。


 酷だ! 酷すぎる!


 どう答えればいいのか――奏は返答に詰まる。


 どの言葉を選んだとしても、そこに心は込めることができない。


 『奏?』

 「あ、ああ、ごめんなさい。なんていえばいいのかなって……」

 『まぁ、難しい質問よね……悪かったわ』

 「わ、わ、謝らないでくださいよぉ! なんも悪くありません、不安は当然ですから……」


 天音と葵、両者の友人であるが、肩入れ度合いでいえば……どちらかといえば、葵寄りだった。


 特に深い意味はないし、別に天音の恋路を邪魔するわけでもない。


 肩入れする理由なんて……ちょっと葵との出会いが天音よりも早かった、ただそれだけだ。


 『それで、あんたはどうなの?』

 「ひょえ?」

 『恍けないでよ』


 そう言われ、全身の毛が逆立つ。


 『私の相談ばかり聞いているけれど、好きな人とか気になっている人とか、奏はいないの?』


 そっと胸をなでおろす。


 「奏はそういうのは……よくわからないです」 


 友達に対し、明らかな嘘を吐いてしまい、心がキュッと締め付けられ、大きな罪悪感に襲われる。


 これが最善の行動だということは十分に理解している。


 だけど、そう簡単に割り切れないのだ。


 『アンタねぇ、付き合い長いからわからないわけではないけど、そろそろそういう経験をしてみるのもいいかもしれないわよ?』

 「あ、あはは」

 『……まぁ、小学校の時のことが尾を引いているのは、わかるけど』


 葵と奏の付き合いは結構長い。


 中学からの関係で、奏にとっても葵との出会いは十分な転機であった。


 小学校の頃、きっかけはしょうもないことで、オタクだと知られた彼女の風当たりはあまり宜しくなかった。小学生がする意地悪程度の、些細なちょっかいであったが、当時の彼女を自閉的にしてしまうには……十分すぎるものだった。


 内向的を極め、ともあれば不登校になりかねない頃合いで……葵と出会った。人に酷く恐怖している奏であったが、葵は他の同級生とは違った。姉以外に自分を守ってくれた初めての人だ。


 それがきっかけでいじめが減少したわけではなかったけれど、心に間違いなく余裕はできた。


 そういったわけで、恩義もあった。


 話をもちかけた葵も、簡単に奏が恋愛をできるとは思っていない。


 だけどせめて、失恋したとしてもそういった経験を積んでほしいな、と願っているのだ。


 自分が狙う相手と重複していることを露知らず……。


 「あ、あは、私はその、なんといいますか、葵さんと朝来さんの遣り取りを見ているので眼福といいますかぁ……」

 『なにそれ』


 奏の返答に、若干の苦笑いを含めた言葉を葵は返す。


 『応援してくれるのは嬉しいけどね……感謝もしたいから、何かあったらいいなさいよ。全力で応援するからさ』

 「そ、その時は、是非」

 『天音もまぁ、やなやつだけど、助けてくれると思うわ』

 「は、はい」

 『だから気になる人がいたらすぐにいいなさいよ。奏を悲しませる駄目な男なら、弾いてやるんだから』

 「葵さんと天音さんがいれば……百人力ですね」


 自然と親目線となって新味にしてくれる葵に、奏は頭が上がらなかった。


 『怜音以外なら、協力するからね』


 そう言い残して、電話を切る。


 最後の最後に、とんでもない爆弾を投下したことさえも……奏にしか気付けないのだった。


 「……もうだめかもわかりませんね」


 奏は絶望した。


 どっちにしろ、好意を否定しない限りは修羅の道だと知る。


 そして自分は一度肯定した好意を、取り下げることはできないことも……知っているのだ。


 ブルルルル!


 着信音が鳴る。


 「まさか……」


 誰が電話をかけてきたのか、液晶画面から確認する。 


 天音からだった。


 「ですよねー」


 夜は長くなる、奏はそう確信したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る