第11話 奏の心、一つの想い

 夜瞑奏は、ベッドの上で寝そべり、軽く茫然自失となっていた。


 譲ってもらえた戦利品の確認さえもままならず、回数を数えることを忘れるくらいに癖になってしまった溜息を吐く。


 両手で優しく包まれているのは、プリクラだ。


 被写体は、自分と朝来怜音。


 初めてのプリクラ、それも異性とのプリクラ。単なる異性ではない。


 答えこそ出していないが、自分のことを心から好いてくれる人との写真。


 それをじぃっ、と眺めていると複雑な気分になる。


 決して悪い感情ではない。むしろ直視していると、にへっ、と顔が崩れ、どこへ出しても恥ずかしい状態になってしまう。


 ――オタクはメディアの変遷を経て、市民権を得た。


 テレビに出ていた有名人がそんなことを言っていたのを、奏は耳にしたことがあった。


 だけど、奏はその意見に対し、否定的だった。


 確かに、オタクだということが発覚すれば抵抗もできず社会的に抹殺されるなんてことは少なくなったが、一般の人とオタクの人との間では埋められない溝が今だってある。


 「……朝来さんは、完全にこっち側でした」


 クラスが一緒になって少しの間は、そういう同族の気配は感じられなかった。


 判別しづらい人もいるが、流石にかつての彼は同族と呼べるような人ではなかった。


 決して悪人ではない。だけど、極めて一般的な常人に……奏の眼には映っていた。


 「……楽しかったなぁ」


 自然と、そんな言葉が溢れ出た。


 格ゲーでは、まさか一ラウンドを取られるとは思っていなかった。


 知ってはいたけど行けなかった店のパフェを一緒に食べられたのは嬉しかったし、とても美味しかった。


 葵と天音に発見されかかったというハプニングによる事故ではあったけれど、プリクラを撮れたのは新鮮で楽しかった。


 それ以外にも、それはもう時間もお金も考えずにゲームセンターを満喫した。


 音ゲーのスコアでは勝てなかった。門限が近かったから、UFOキャッチャーができなかったのは残念だったな。


 そんな一日が、このプリクラには凝縮されている風に思えた。



 今、奏の心が揺れる理由で一番大きいのは、間違いなく怜音の独り言だろう。


 独り言、というには声が大きすぎる……彼の胸中の不安とか正直な気持ちとかを赤裸々に示していた言葉の数々。


 この時、奏は思った。


 「嗚呼、朝来さんも葛藤してるんだ」と。


 精一杯に思いを伝えてくる彼に対し、奏は正直わからないことだらけだった。どうしてこんな自分に、自信を持って「好き」だといえるのか、と。迷いや恐怖はないのか、と。


 だけど実際は、あった。


 彼だって怖い所はあるのだ。


 だけど、その恐れを振り切ってでも想いを伝えているのだ。


 後悔のしないように……。


 「私は……」


 その想いに対し、逃げ続けるのはあまりにも酷いことだ。


 それに、もう決まっているのではないか? と奏の胸中が強く問いかける。


 「そっかぁ……」


 プリクラを優しく胸に抱きしめて、瞳を瞑る。


 自然と涙がこぼれる。悲しい涙ではない。ただ、自分の中で答えが出た途端に止め処なく溢れ出したのだ。


 それが彼女の心に溜まっていた感情を寄せ集めた結晶のようなものなのか……自分でもわからない。


 だけど、これだけは言えた。


 「私も、朝来さんが好きなんだなって――」


 きっかけとしては、余りにも小さい。


 数日間話して、一緒にカフェに行って、推し活を共にして、そしてゲームセンターで過ごした。


 たったそれだけ。


 幼馴染の葵や怜音を知り尽くした天音には太刀打ちできない程、薄い出来事の数々。


 だけど、それは何の問題にもならなかった。


 怜音がそうしたのと同様に、奏の中で、『好き』が一杯になる。



 認めると、みるみると体温が高くなるのを感じる。


 「わっ、私、抱き着いて、ひゃああ……」


 そう思うと、咄嗟とはいえ急接近する場面が余りにも多かったことに気付く。


 そのとき、着信が入る。


 「えと……ええ!? 葵さん……?」


 思わぬタイミングの着信だった。

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