第10話 想い出を写そう、スクエアサイズのキャンバスに
適当なプリクラの筐体の幕の中に飛び込むと同時くらいに、五階に葵と天音が到着する。
赤と青の線が、心拍音のように揺れる。これはホラーゲームか何か?
「……いないわね。本当に正しいの?」
「ええ、精度は華乃宮社の最新機器ですので」
「入れ違いになったってこと?」
「恐らくは」
天音は、何らかの端末とにらめっこしている。
恐らく、あの機器に俺の居場所が示されていたのだろう。
今思うと、このレベルの行為を平然とする相手をどうすれば回避できるのだろうか……何も思いついていないから不安になってきた。
「鉄心と遊ぶ予定はないはずだけど」
「はい、怜音様が一人でゲームセンターに行くなどは初めてですが……殿方ですからありえない話ではないでしょう」
「じゃあやっぱり入れ違いか……あっちのプリクラコーナーは男一人では入れないし」
「そうですね。参りましょう。まだそう遠くに離れていないでしょうから」
などという会話をしながら、二人の声は遠のいていった。
◇
「ひえええ、倫理観が著しく欠如していますよぉ」
「激しく同意だ」
「……プリクラ機に入る、というのは、その、機転が利いていると思うのですが……距離が近いというか……その」
咄嗟に飛び込み、息を殺すようにして密着し合っていたことを忘れていた。
「はふぅ」
少し離れると、危機が去ったことも相まって俺も奏ちゃんも顔が綻ぶ。
「流石にこれは……朝来さんが可愛そうですよ。もし気付いていなかったら、もっと悲惨なことになってました」
「……だよなぁ。だけどどうにもできないのが現状だよ」
少なくとも、これ以上葵と天音の地雷が肥大化するのを防ぐくらいしか道はない
。とはいっても、接点を可能な限り断つくらいの荒治療しか思いつかないが……。
「あ、あの、二人とも悪い人じゃないんですけどね」
「それはうん、俺も知っている。俺が熱烈にアプローチしているせいで、二人に詰められることなんて、ないよな?」
そうなっているのなら、俺も行動を改めなければならない。
時に嫉妬とは怖いものだ。
嫉妬させてしまい、アフターケアを怠った結果バッドエンドになったことが何度もあった。
「熱烈だという自覚はあるんですね……でも、大丈夫です。今の所、朝来さんの、その、告白を知る人は……姉様以外、その、いないはずですから」
「そ、そっか……ありがとうなのかな?」
そう言い、沈黙が生じてしまう。
「あのさ、折角だから」
「はい?」
「プリクラ……撮ってみないか?」
「っ!」
ビクン、と彼女の体が跳ねる。予想外の提案だったのだろう。
「いやさ、下心とかじゃなくて……事情が事情とはいえ隠れ蓑にさせてもらったのだし、未使用で出るのはちょっとなっていうか……あ、奏ちゃんと撮影したいってのは十分あるんだけど……」
「あ、あうあう……」
奏ちゃんの脳内は処理落ちしているようだ。
「な、何事も経験ですからねっ。で、ですが奏には経験がありません! 朝来さんに全てをお任せする形になってはしまいますが……」
「すまん、俺もプリクラは経験ない」
男同士で撮ることは早々ないからね。
「あっ」「えっ」
二人の間に微妙な空気が流れる。
「で、では、初めて同士で試行錯誤してみましょう」
「そ、そうだな!」
まずは機械を観察する。
最初に……何をすべきか。
「お金を入れればいいんだよな」
「そう……なりますね……」
コイン投入口を発見する。そこに、百円玉を四枚入れる。
「!」
すると、女性の高い声が響く。
『ようこそ! これから撮影するから、ラインに並んでね!』
「うあっ!」
奏ちゃんが驚きの声をあげる。
……多分、初めてAIとかに触れた人の反応はこういう感じなんだろうなぁ。
兎も角、ナビゲーションがあるのなら有難い。
「こ、ここに並べばいいんですかね」
「そうなるな」
二人は命じられるがままにラインに並ぶ。
が、滑稽なまでに棒立ちである。
「えと……」
「はい、なんでしょう」
「俺も初めてだから正解はわかんないけどさ……棒立ちってのは違う気がする」
「……ですよねぇ」
奇抜なものが女子高生の間では流行ったりすることもあるが、流石に棒立ちツーショットが流行ることは今後もないと思う。
俺と奏ちゃんがそういって頭を抱えていると……。
『まずはシンプルにピース! 二人のピースを合わせてWを作ってみよう!』
「だ、そうだが……」
「やってみましょう!」
奏ちゃんがずいっと、近づいてくる。
シャンプーなのだろうか……仄かに優しい香りが伝う。
それだけで、いい気分となり、恥ずかしくなる。
この接近は……まずい!
というか、奏ちゃんは意識していないのか?
いや、これは……命令に従うのに忙しくて……無自覚なやつだ!
これは俺も合わせないと、折角のプリクラが台無しだ。
「こ、こうですかね」
『撮影まで三、二――』
「あ、ああ」
奏ちゃんの背に合わせるように、俺が下に、そして奏ちゃんがやや上にピースをした手を差し出す。ぶっつけ本番だが……器用に『W』の文字を作ることができた。
フラッシュが一度、箱内で光る。
撮影後の写真が画面上に映し出される。まだまだポーズは堅いが、笑顔だけは違和感なく作ることができた。
「も、盛る前だというのに……こんなに綺麗に……」
『今日は男の子が何人で、女の子が何人かな?』
「あ、男の子と女の子が一人ずつですね」
奏ちゃんが、口に出しながら液晶に人数構成を入力していく。
『わぁ! カップルで来たんだね!』
「ひょ、ひょええええ! カップルとかそういうのでは……」
奏ちゃん、これは自動音声だよ。
とはいえ……男女の組合せだと、自動的に恋人同士になるのか。
女子高生などを対象にしているのだろうし、知らないだけで普通なのかもしれない。
『じゃあ、まず、抱き着いてみよう! 撮影まで、三――』
「時間が、時間がありません!」
「あ、別に無理に従う必要は……」
「何を言っているんですか! 私たちは初心者同士、ここは素直に従う方がいいのです!」
この行動力はなんだ!
そう考えていると、奏ちゃんは俺の腰に抱き着いてきた。
「「っ!!」」
その時点で奏ちゃんは我に帰ったのか――顔が真っ赤になる。
が、直後、フラッシュが響く。
「あ、あわわわ……」
「奏ちゃん? 大丈――ちょっと本当に大丈夫か!?」
彼女は目を回し、ぱたりと俺にしなだれるように倒れる。
これは……気絶だ!!!
「起きて! 次の撮影が、ああ、間に合わない!」
眠りの世界に落ちた奏ちゃんの意思など露知らず、撮影は無情に進むのだった。
◇
「後生ですから腹を切らせてください……」
意識を戻した頃には、撮影は終了してしまっていた。
こっちも直に伝う奏ちゃんの香りに晒され、鼻血が出そうになっていた。
だが、俺まで意識を失うと大騒ぎだ。
必死の必死に理性を保ちながら、彼女の目覚めを待った。
結果、撮影された写真の半分以上が卒倒する奏ちゃんを地面に倒れないように支えている俺、という奇妙でいて滑稽な画となってしまった。
「腹斬られたら困るな、絶対泣く」
流石に死亡ネタはまずかったか、と感じた奏ちゃんは一つ息を吐く。
「そ、それはそれとして……介抱してくださり、ありがとうございます。折角の機会だというのに、ほんとポンコツちゃんですね、奏は……」
「気にしないでいいよ」
「奏が飛び込んだものですから……服は汚れていませんか?」
「全然。むしろご褒美だ」
「っ――……そ、そういうのは恥ずかしいから、駄目です……」
つーん、としながら顔を背ける奏ちゃんは耳の先まで真っ赤に染まっていた。
「と、というか! 盛りましょう! 流石に奏もプリクラは盛るところからが本番だと聞き及んでいますから!!!」
撮影場所から移動し、盛る場所へと移動する。
「盛り方は……わかんないなぁ。自撮りとか経験あるの? 奏ちゃん」
「ありません!」
「よかった」
奏ちゃんが自撮りを上げるSNSがあるのならばフォローしてみたいが、少し解釈違い感も否めない。
「だけど……お姉様のお手伝いをすることはあるので、やり方はわかりますよ。フォトショとかですが……」
「なら……任せていいか?」
「はいっ! ですが……半分以上、奏が倒れてしまっているのは……やはり恥ずかしいですよぉ」
「はは、俺もカメラ目線を忘れてるから、おあいこ……にはならないか」
だけど、決して一枚たりとも同じような盛り方にならないように、上手に盛っていく奏ちゃんの姿を目で追う。
(可愛いなぁ)
何事に対しても全身全霊、全力全開でいる奏ちゃんが好きだ。
誘った俺が明らかに悪いのにそれを責めようとしない。
こんな気持ち悪い男などすぐに振ればいいのに、嫌な顔一つせずに遊びに付き合ってくれる。
ただ愛を一方的に叫んでいるだけなのに、どうして――と思わない日はないくらいに、好きでたまらない。
「………………全部聞こえてますよぉ」
「ん? 何か言った?」
「い、いえ! 何も! 決して!」
数分すると、見違える程に綺麗に盛られたプリクラが完成する。
プリクラ機は俺と奏ちゃんの分――二枚をはきだすのだった。
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