第23話 奏ちゃんアイドル化計画
翌日、俺たちは立候補の手続きを完了させた。
だけど葵や天音のときのような話題にはなっていない。
というか、立候補にさえ気づいていないようだ。
「よし、はやく二人の元へ……」
「ちょっと! ここにいたのね!」
「あら、探しましたわ」
げっ、という声が漏れそうになり、堪える。
二色の光の矢が出ていなかったのもそうだが、完全に葵と天音の接近に気付かなかった。
天音の後ろには……見知らぬ男子生徒が複数。トゲトゲした視線が俺に向けられている。何か恨みを買うことをした覚えはないが……。
「アンタ、ここで何してるの?」
そうなるよね。どう答えたものか。
「バイト先だよ」
「あら、アンタ、バイト始めたの?」
「といっても、雑用や手伝いを短期間しているだけだけどね」
「あらまぁ……お金が入用ならわたくしに言って下されれば……」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
それを受け取ると、本格的に退路が断たれる。
「…………華乃宮様のご支援を黙って受ければいいものを……」
「ん?」
小声だったため、はっきりと聞こえていない。
聞き返そうと思ったが、先んじて天音が手を横に振るい、制止する。
「彼らは?」
「天音の親衛隊よ」
「わたくしは解散するように言っているのですが……」
天音は困った表情をする。
葵が言うには、天音がミスコンに出場登録をすると次第に増えていったという。
(……葵ルートの時みたいなものか)
天音を選択すると、奏ちゃんにて実行しようとしている作戦をなぞるが、葵を選んだ場合は特に知名度といった問題は起こらない。
順当にライバルとして台頭してくる。今回も、きっとそうなのだろう。
親衛隊……というのは――ファンクラブみたいなものなのだろうが――ゲームでは見られなかった。
二人の好感度を稼いでいないから、そういった違いが生じるのかもしれない。
「で、アンタは決めたの?」
「決めたって?」
「惚けないで。どっちをサポートするのよ」
やはりそうか。
答えをはぐらかしてきたが、流石に限界だろう。
「うーん……」
「私よね?」「わたくしですわよね?」
「……今回はどっちかに肩入れするのはなしかな」
「はぁ!?」
葵が叫ぶ。一方で、天音も信じられない、といった表情だ。
「ちょっとなんでよ! アンタ暇でしょ!?」
「時間はまぁあるんだけどな」
奏ちゃんを助けたい旨を伝えたいが、ここでは波風が立つだけだろう。
いずれ判明するだろうが、できる限り隠しておきたい。
何となく、親衛隊も怖いし、奏ちゃんに被害が行けば大変だ。
「理由を伺っても?」
天音も、いつになく真剣な表情で俺に尋ねる。どちらか一方に属すると踏んでいたのだろう。
「あんま深い理由はない。なんとなく、乗り気じゃないだけさ」
「っ……何よそれ」
葵が俺に近寄ろうとするも、天音が視線で制する。
「残念です。ですが、無理強いはできませんから……」
あまり強引なのは得策じゃない、と彼女は踏んだのだろう。だからか、これ以上食い下がることはなかった。
「……応援くらいはしなさいよ」
「では怜音様に、わたくしが勝ち取った王冠をプレゼントしますわ」
「ああ、楽しみにしているよ」
大きな嘘と、ちょっとの真実でその場を乗り切ることはできた。
これは前途多難だろうな。
◇
教室にて、奏ちゃんと鉄心は待機していた。
「……不安になりますね」
「最初はそんなものだ。むしろここから覆す方が面白いものだ」
鉄心は、既に多くの評判を集めている二人を思い浮かべながらそう口にする。
「遅れた、すまん」
「あ、朝来さん。どうかされたのですか?」
「葵と天音に捕まってた」
「あー……」
奏の立候補を知らない二人は先程のようなアプローチを続けていた。
天音に関しては、既に親衛隊を獲得していたからその圧も凄いもので……。
だが、すべて悪いことではない。
今回使用する作戦は、天音の知名度を高める際に用いた方法だ。先に天音が使っていたら、勝つことはできないだろう。
調べてみると、別の方法で知名度を高めたようだ。
まぁ、それもそうだろう。ゲームでの作戦を立案したのは俺なのだから。
「それで、ドブ坂というのは?」
「従来のミスコンは、別に候補者が他生徒に働きかけることはしないだろう?」
「そうだな」
ミスコン当日のアピールタイム、それが順位を決定づける一番大きなイベントだ。
葵と天音というイレギュラーがいるが、今年もその流れは変わることはなさそうだった。
だが、実際の選挙はそうではない。
街頭演説や討論会など――投票日までに何度も有権者の前に出向き、顔を売るために尽力している。
今回、というか天音ルートで俺が使ったのはその技術だ。
天音ルートにて、葵の知名度は圧倒的だった。
天音もまた負けてはいないが、勝負はかなり劣勢だった。
そのとき、主人公と天音は学生一人一人の目の前に赴き、握手といった直接な宣伝を繰り返した。
やり方はどちらかと言えばアイドルの地道な宣伝活動に近い。
「成程な。具体的にはどうする? 政策を問う選挙とは違う。いきなりやってこられて話しかけられても困惑されるだろう」
「そうだ。だから、別にそんな真似はしない」
「えと、どうするのですか?」
「特典会と言えば、伝わるかな?」
「特典会って、あれですよね。アイドルとかガールズバンドがライブの後に見送りだったり、チェキ撮影をしたりすることですよね?」
「そうだ」
別に、その程度であればミスコンの規則に抵触しない。
「だが、結局は知名度の問題に行き当たるぞ?」
「そこで鉄心、お前の力がいる」
知名度がなければ、特典会をしても誰も来ない。残念ながらこればかりは、俺の力ではどうにもできない。
「お前、ティンスタグラムやってたよな?」
ティンスタグラム、それは写真を拡散するのに特化したSNSだ。
「えと、ティンスタグラムは奏もやっていますが……どういうことですか?」
「え、まじ? アカウント知りたい」
「あ、はい、もちろん」
「……じゃなくて、だな。鉄心、お前、フォロワー数いくらだ?」
「ふむ、数えていないが……前見た時は一万だったか」
「ひ、ひょえ……すごすぎません?」
「おいおい、夜瞑湊氏はその数十倍いるではないか」
どうしてか、このぽっちゃり体形の友達は大人気だ。
「ああ、成程」
察したのか、鉄心は笑う。
「夜瞑湊氏の衣装の技術力、そして俺の拡散力でぶん殴る……というわけか。なかなかいい案ではないか」
「ミスコンは二週間後、そして特典会を一週間後だとすれば……どれくらい知名度をあげられる?」
「俺への挑戦状か? 葵嬢や天音嬢からファンを奪い取るのは造作もないだろうな」
どんどんと作戦会議を進めていく。
「特典会、というのは握手会、ですか?」
「いや、握手会はしない。サイン入りのチェキを渡すだけだ」
「どうしてでしょう……?」
「俺以外の男と握手するのは我慢できない」
「ひゃ、ひゃい、わ、わかりましたよぉ……」
「全く、俺が蚊帳の外とはな」
鉄心が呆れたように笑う。
だが、嫌に思っている様子はなく、むしろ俺と奏ちゃんのやりとりにとても満足している風に見えるのは気のせいだろうか?
「だが、お前、いつの間にこのように情熱的になったんだ?」
「色々あってな」
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