第37話 間に合いました!

 今日は学園祭だ。


 学園祭は学園祭であるが、この学園は、授業をせずに一日を消費する行事が多く用意されている。


 現実で考えれば、少し……いや、かなり変であろうが、ゲーム用のために便利な設定が用意されているのだろう。 


 学生主体で幾つかの催し物が時間別に行われているが、誰もが午後からのミスコン目当てだった。


 圧倒的な強さを誇る三者の最終決戦というものもあって、学生や来賓客の熱気は例年以上の盛り上がりだった。



 関係者席で、俺と鉄心は会場の様子を観察していた。


 「開始二時間も前に座席が埋まるなど、歴代にもなかったことらしいな」

 「当然だ。この場にいる者のみが投票権を与えられる。各陣営、睨み合いだろうさ」


 鉄心はその人混みを見ながら、そう評する。


 「して盟友よ。夜瞑譲の様子は?」

 「大丈夫だ」

 「まだ控室にも来ていないようだが……」

 「俺は彼女を信じているよ」

 「…………」


 あの鉄心が、珍しく口を閉ざしていた。


 「どうした?」

 「はっは……そう言われたら俺は何も反論できないではないかっ。だが、それでいい。お前が信じねば、誰が信じるというのだ」

 「鉄心……」

 「こちらから、何か言うことはもうなかろうが……強いて言葉を贈るならば」


 彼は笑って、言う。


 「勝て。勝って、最高の幸福を彼女に送るのだ。男というのはな、女を幸せにする……それだけで十分なのだからな」


 午後も回ったころ、順に最後のアピールタイムが開催される。


 中間投票の下位から始まるわけだが……まだ奏ちゃんの姿はない。


 三位から圧倒的に差が開いてはいるが、参加者は皆、諦めておらず……最後のアピールに全力を注いでいる。


 「順番を?」  


 それは、思ってもいない申し出だった。


 順番通りに行けば、葵や天音よりも前に奏ちゃんがアピールタイムを迎える。残す出場者もあと五人。


 準備の時間を換算しても、これ以上の遅刻は厳しい所であるが、天音らは順番を強引に変化させたようだ。


 「元はと言えば……わたくしの間違いに巻き込みましたから」

 「そういうこと、アタシも空気読めてなかった。こんな形で不戦勝は嫌だからね」


 運営側と少しもめたそうだが、ツートップの不興を買うことを危惧したのだろう。


 結局のところ、ミスコン運営は生徒会直轄だ。


 華乃宮家を敵に回すことを恐れるだろうし、何より二人が未出場となれば、投票を予定していた者の暴動は必至だ。


 「だけど、それ以上は流石に無理。来るわよね?」

 「来るよ」

 「そ、なら……全身全霊で行くわ」


 小さく笑った葵が先んじて、アピールのために会場へ向かった。 


 「ではわたくしも。怜音様、栄光を貴方様にお届けしますので……お待ちくださいね」


 負ける可能性を絶対に考えていないのは、天音も同様だった。


 彼女も、華乃宮一族の威光を知らしめるため、会場へ向かった。


 「俺も舞台袖で待つよ。鉄心、来るか?」

 「いや、いい。これ以上は俺は邪魔だからな。どう転ぶかわからぬこの戦い、行く末を一観客として見守らせてもらおう」



 舞台袖。


 空いたパイプ椅子に腰かけ、アピールを行う葵と天音の姿をその眼に焼き付ける。


 昨日まで、両者ともに不安定だとは思えぬ完成度だ。


 葵は新体操を絡めたアクロバティックな動きで舞台上を駆け、天音のファンさえも強奪せんと企む。


 一方で、天音は最後まで清純に、純粋に――令嬢としての振舞で観客を翻弄する。


 大接戦だ。両者が動くたび、歓声の度合いは高まり、箱全体が揺れる。


 これは、一高校のミスコンでは到底ありえない光景で……四位以下の相手の時とは比べ物にならない熱狂ぶりだった。


 そして、二人の発表は熱狂を最高潮に保ったまま終わった。


 そこから三分。


 熱狂は続くが、いつまでたっても現れない奏ちゃんに対し、不安視する声が上がり始めている。


 担当者が、これ以上引き延ばせない旨を天音たちに伝えているのが見える。


 「…………」


 足音だ。


 階段を駆け上がる足音が、俺の後ろから、響く。俺は目を閉じ、口元が綻ぶ。


 「朝来さんっ――」


 奏ちゃんは、既に今日という日のために作られた最高の勝負服を身にまとっていた。


 構造上、着替えるのには時間がかかる。きっと、家からそのまま来たのだろう。


 チアガールを思わせるミニスカート、二層になっており上が黄色を下地としており、下側は純白という少女らしいものだ。


 上半身も、そのスカートに合うように同様な色合いをしており、アクセントとしてスカイブルーのリボンが象られている。


 せっかくの晴れ着に皺が付くことさえも恐れずに、彼女は一直線に俺の胸に飛び込んだ。


 「!」


 彼女は無言で、ぎゅっと……彼女なりの全力で抱きしめる。


 全力だけど、それでもか弱い。


 まるで彼女を彼女たらしめる心の弱さを、直に表現しているようだ。


 本来は隠しておきたい弱さを、あえて俺に晒しているのだ。


 「お待たせしました、ごめんなさい。そして……ありがとうございます」


 今の奏ちゃんの言葉に、迷いはない。


 言葉の全てに彼女の言葉が宿っている。その言霊は、間違いなく俺の心を強く揺さぶるのだ。


 「積もる話はいっぱいしたいです。だけど、今は!」

 「ああ、最高の奏ちゃんを……見せてこい!」


 その言霊は、俺だけでなく全ての観客を魅了する力を帯びている。


 俺は舞台袖で確信した。


 今の彼女は――絶対に負けない、と。

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