第36話 キミが好きだから
◇
「え」
「え」
これから部屋に立て籠った奏ちゃんと話そうと思っていたけど、既に外に出ていた?
というか鉢合わせになった?
「あ、お邪魔してます」
「狭い所ですがどうかごゆっくり」
…………。
はい?
「ひ」
「ひ?」
「ひええええ!」
「あ、逃げた! じゃなくてっ」
Uターンからの全力疾走で、部屋に飛び込んでしまう奏ちゃん。
てっきり鍵を閉めて立てこもると思っていたが、彼女は扉を全開にしたままだった。
予定が大きく変わってしまった気もするが、やることは一緒だ。
扉が全開であろうと、俺は入らないことにした。
ぎりぎり、部屋と廊下の境界線に座り込む。
「…………」
「…………」
俺から言葉を発することはなかった。じっと座り込み、三角座りをしている奏ちゃんから話し出すのを待った。
十数分余り、彼女を見守った。
「…………どうして、家の場所がわかったのですか」
「湊さんに聞いたよ。卑怯だよな」
「卑怯、じゃありません……ですが急すぎます」
「……だよな、そうだよな」
会話がまだぎこちない。
けれど、会話さえも嫌なくらいに拒絶している様子はない。
「…………天音さんは?」
自分のことよりも、彼女を気にするところが実に奏ちゃんらしい優しさだ。
「出場辞退を辞退したよ」
「……よかったぁ」
「優しいんだね」
「当然! 当然です……」
その優しさに惚れている。
だからこそ、先に天音の家に向かったのは正解だった。
「まず、ですね……朝来さん、ごめんなさい。さっきは、その、怒鳴ってしまって」
「どうして奏ちゃんが謝るのさ」
「謝りますよ、そりゃ……本来は奏が虐められるはずだったんですから」
「それは駄目。そんなことさせない」
「……そういうとこ、とても……嫌いなはずなのに……」
静かに奏ちゃんは立ち上がり、扉の前に来る。
「入ってください」
「いいのかい?」
「恥ずかしいですよ、そりゃ。とっても……穴があったら入りたいです。でも、今はいいです」
彼女が用意した座布団に座る。
机の上には、額縁に入れられたプリクラが目に入る。
大切にしてくれていた事実に、胸がとても熱くなる。
「……奏は駄目な人です」
「どうして?」
「逃げてばっかりだからですよ。朝来さんはいつも奏の味方でいてくれました。だというのに奏は何も成長していません」
「そんなこと――」
「ありますよ。とってもとっても弱い……小学校の頃から変わりません」
小学校の頃、奏ちゃんはいじめを受けていた。
その頃の痛みを、まだ自分の弱さとして抱え続けているのだ。
「知っていますか? あのころ、奏は怖くてずっとにげていました。湊姉様が助けてくれた後だって本質は何も変わりませんでした」
ぎゅっと膝を抱いて、声を絞る奏ちゃんは普段よりもとても小さく見えた。
小学生時代の彼女を垣間見ているようだ。
「今回のミスコンで、湊姉様に近づけると、信じていましたが……烏滸がましい考えだったんです」
「…………」
「奏なんかを好きになってくれて、ありがとうございます。奏なんかが夢を見ることができたのは、青春を知ることができたのは……朝来さんのお陰です。だから心置きなく辞退出来ます。そして……再び元の弱っちい引き籠りに戻れそうです」
「そっか……奏ちゃんの意思ならしょうがない」
「……引きとめないんですか? 反対はなさらないのですか?」
「正直言うと、優勝させたかった。だけどさ、それは俺のエゴなんだよ。葵や天音に、俺の大好きな子はお前たちが思っている以上に強いんだぞ、って自慢したかった。だってそれくらい、好きなんだもの」
最初に惚れた方が負けなのだ。
どうあっても、俺は奏ちゃんを攻めることなんてできないし――彼女が虐められるのを見過ごすことなんて絶対にできない。
「結局な、俺が黙ってたのも、そのエゴだった。これで奏ちゃんの為になるって、思っていた。笑えるよね、血のつながった家族でさえ言葉がなければすれ違うことがあるのに……黙っていたって何もわかるわけないじゃないか」
だけど結局は自分本位でしかなかった。
相談すればよかった、気付くのは大きな失敗した後。現実とはよくできている。
「やっぱり、わかりません」
「奏ちゃん?」
「本当に、わかりませんよぉ!」
遂に、奏ちゃんは声を大きく叫んでしまった。
俺に歩み寄り、言葉を続ける。
「なんでっ……なんでっ、そうやって朝来さんが謝るんですか! 逆です、逆じゃないですかっ! こうなったのは奏が弱いから、奏が愚図だから……全部奏が悪いんじゃないですか……謝らないでくらさいよ、責めてくださいよ、軽蔑してくださいよ、冷めてくださいよ……こんなみっともない奏を……許さないでくださいよ――」
そう連ねた後、がくん、と彼女は俯いてしまう。すすり泣く声が、静かな部屋に響く。
「どうして朝来さんは…………こんなに優しいのですか?」
「俺が奏ちゃんを好きだからだよ」
迷いはなかった。
「もちろん……奏ちゃんが間違った場合は、その時は怒る」
「…………ではどうして」
「今は何も間違ってなんかいない」
「…………」
「間違っていないときは、嫌っていうほど褒めちぎる。もういいやって言う程笑わせるから。それもこれも全部僕が奏ちゃんを……」
「も、もう! いいです! いいですから! しょ、正気ですかっ……今は奏を叱る場面なんですよ!? 何度も何度も好きだって……恥ずかしくなりますから!」
やりすぎたかもしれないけれど、後悔はなかった。
本当なんだから、仕方ないだろ?
「………………自分ばっかり都合がいいですよ。ずるいです」
「恋なんて初めてだからさ、多分だいぶ、変だとは思う」
「自覚あるならなおさら……はぁ、もうっ……」
彼女は俯くのをやめ、ゆっくりと俺の方を向く。
「……今の奏は、精神はボロボロのズタズタです。サイン会もすっぽかしました。明日は、勝てないかもしれません」
ゆっくりと鼻水をすすりながら、奏ちゃんは話す。
「それでもいいって言うのなら……少し、時間をください」
「うん、構わない」
「あと……」
「ん?」
「ちょっとだけ、一緒にいてください。十分……いいえ、五分でいいので」
これで奏ちゃんの心の傷が癒せたかどうか……それはわからない。
だけど、少なくとも……彼女が永遠に後悔に苛まれながら生きつづける
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