第38話 届け、声よ!

 会場中の観客の声は、悲観を帯びたものや若干の怒りを帯びたものと――混沌とう呼ぶのにふさわしい状態だった。


 天音らの働きがけがあっても、五分が限界だった。


 その制限時間を過ぎると、天音や葵が築いたボルテージを崩すこととなる。


 そんな観客たちの様々な想いが爆発する寸前、待望の少女が姿を現した。



 会場が、今日のミスコンの中でも最大級の喝采に揺れる。


 奏にとっても、予想外のことだった。


 足が竦み、呼吸が荒れそうになるが――彼女はただ一度、瞳を閉じることでそれを抑える。


 昨日までの彼女であれば、きっと萎縮していた。


 だけど、大切な人の想いを知り、想いを抱き、想いと向き合った彼女は負けない。 


 もう一度目を開くと、逃げることなく視線を会場全体に向ける。


 何人が自分に投票してくれるかはわからない。


 もしかしたら、一人もいないかもしれない。


 ――そんなこと知りません!


 奏の中に巡る強き意思を手繰り寄せ、マイクに唇を近づける。


 「皆さん、お待たせして、ごめんなさい。夜瞑奏です!」


 名乗った瞬間、観客の中に蓄積していた熱狂が音となって張り裂ける。


 これ以上を逃すと一気に醒めかねない、寸前のところで登場した彼女は観客の注目を一身に獲得した。


 

 アピールタイムは、自己紹介に次いで開始する。


 が、葵のように踊るわけでもなければ、天音のように優美に振舞うわけでもなかった。


 だからこそ、立ち続けたまま、言葉を続けることを選んだ。


 「昨日は……サイン会ができずにごめんなさい」


 ギリギリだった。 


 アピールを考える時間も、練習する時間さえもなかった。


 だからあえて、言葉によるアピールを選んだ。付け刃のアピールでは、絶対に観客に響かない。


 奏は言葉を紡ぎ続けた。


 「心配させてしまい……ごめんなさい」


 前向きな言葉ではない。


 「色々な人に迷惑をかけて……ごめんなさい」


 まず何よりも早く――自身の弱さを詫びた。


 「奏は、この通り弱い人間です。大切な人の善意にさえ気づけず、恩返しさえもまだできていません」


 だけど普段のような卑屈でいてネガティブな感情はそこになかった。


 そして力強く、観客を見て、全ての想いを一語一語に込めていく。


 「奏が唯一、応援してくれた皆さん、ライバルなのに支えてくれたお友達、そしてこんな私を好きだと言ってくれた人にできる恩返しは……この場で優勝することしかありません」


 すると、彼女は小さく深呼吸し、マイクに対して全ての想いを――乗せる。


 「私を、奏を優勝させてくださーーーーーい!!!!」


 誰もがやらなかったこと。


 シンプルな、想いの絶唱。


 策もなければ、技巧もない。


 ただ純粋に、誰もが想う願いを隠すこともせずに、真正面から表現した。


 声が会場全体を奔り、減衰することなく観客の心に届く。



 僅かな沈黙。


 残っていた音は、マイクの繰り出す高音のみ。


 待つこと、十秒程度。


 まばらであるが、拍手の声が聞こえ始める。


 「!」


 奏がゆっくりと顔を上げる。


 それにより、皆が活性化したのだろうか――声が、会場中を反響し始めた。


 彼女の言霊に心が打たれた観客の全員が、彼女を讃えた。


 そこに陣営は関係ない。


 この場に介した誰もが、彼女の真っ直ぐな言葉に心を打たれたのだ。


 「…………やりました」


 それはマイクさえも拾うことのない声、それはまさに彼女なりのガッツポーズだ。


 自惚れかもしれないが、これは俺に届けたものではないか――怜音にはそう思えた。

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