第8話 宇宙の心を知れるらしいカフェ
俺は、勝手知る全国展開されているカフェへと足を運んだ。
といっても、オシャレの代名詞的な場所であり、俺一人ではとてもいかないような場所。
動けるデブこと鉄心は毎日のように通っているようで、何度か連れられたことはあった。
「……やっぱり納得いきませんよぉ。もっと贅沢言ってくれていいんですよ? 焼肉とか、回らないお寿司とか……」
「本当に気にしないで。それに……焼肉とかはやめといた方がいいと思うよ」
「苦手なのですか?」
「いや、お肉は好きだけどさ、折角の奏ちゃんの服に肉の匂いがついちゃうからさ」
元の世界で、学校の制服で焼肉に言ったら母親にどやされたものだ。
「ひぅっ!」
鳴き声のような愛らしい言葉を奏ちゃんはあげたが、悟られたくないのか首を左右に振って誤魔化す。
「で、ではせめて、これくらいは奢らせてください!」
「……わかった」
「何にします? 一番高いのにしましょうか」
「すまん……鉄心に連れられて一度来ただけで、よくメニューについてわかっていないんだ。奏ちゃんのおススメでお願いしていいかな」
「任されました! では座席をお願いします!」
そう言われ、俺は近場の空いた二人用の座席に座る。
ちょうど奏ちゃんの順番がきたようで、注文を開始する。
「『ハイトールバニラハニーましましふわっと濃厚メニィフルーツ×フルーツフラペチーノユニバース』二つください」
「!?」
彼女が突然呪文を唱え始めた。
カタカナとひらがな、感じが交じり合う言葉を脳は即座に処理できていなかった。
特にユニバースってなんだ!? 宇宙なのか!? 銀河なのか!?
だが、店員は驚く様子もなく笑顔で注文を受け、準備を開始した。
(俺も元の世界では高校生だった筈なんだけどなぁ……)
アニメとか漫画の流行以外はからっきしなのだった。
「これが美味しんですよ」
そう言いながら、奏ちゃんは戻ってくる。
容器に注がれたドリンクの色彩は……虹色?
一般的に青といった寒色の食物は食欲を削ぐというが、ここまで突き抜けると一周まわってアリなのか……?
鉄心のような陽キャには必修なのかもしれない。
「……ユニバースって?」
「ユニバースはユニバースですよ。口内でビッグバンが起こるんです」
「成程、わからん」
口頭で味の説明は難しいか。
それもそうだ。
別に毒ではないだろうし、 ここで及び腰になってどうする。
期待のまなざしを向ける愛らしい奏ちゃんの好意を、無駄にしてなるものか。
「!」
ストローで七色の飲み物を啜る。
舌先に果汁と思しき液体が付着したその瞬間、一度、ピリッとした刺激が走る。
これは……酸味か?
次いで迫る、ジュワァっとした芳醇な甘味と、鼻腔を突く色香。
だけど、俗にいう甘いだけの飲み物とは違い、後味を良好にするためか同時に渋みと仄かな苦みも残る。和と洋、交互に襲い来る追撃に、俺は言葉を失う。
なんだ、これは……。
これは、まさに……。
「ユニバァァァァス!」
宇宙だった。
広大な宇宙の創成を、俺は見た。
舌下に伝うのは、脈々と続く時間のうねりのようで……奇妙だった。
気付けば、自分の好みの味に相変わっており、まるで俺の味の趣向に飲み物側が合わせたような錯覚に襲われる。
これはすごいぞ……!?
「えへへ、朝来さんも初めて飲んだ奏と同じ反応してますね」
「えっ、このネタわかるの?」
「無論です!」
それ以上の言葉はなかった。
俺と奏ちゃんは無言で互いの手を握る。これ以上の言葉は野暮というものだった。
◇
「ええ!? 佐久間さんはてっきりこっち側かと……」
意外と接点がなかったためか、佐久間鉄心という人となりを奏ちゃんは知らないようだ。
「いいや、奴は実は俺たちと対極の場所に位置する。あいつの趣味を知ってるかい?」
「そういえば確かに知りませんね……」
「あいつは竹下通りや渋谷を回るのが趣味だ」
「めっちゃ女子より女子してますやん……」
「あと最近筋トレを始めたようだ」
「ウソ……奏の勝てる要素、ゼロじゃないですか……」
鉄心で驚きなのは、オタクでなかったとしても俺たちとウマが合うということだ。
まず基本的に趣味を否定しない。
鉄心が言うには、自分の趣味だって大概第三者から見ればお笑いものだから……そういう笑う奴らと同じステージに立ちたくない……という考えだ。
実際、認めるのは癪だが、その考えには賛同できるし、何よりもとてもいいやつだ。
「えと、朝来さん?」
「なに?」
「もしかして、奏の顔に何かついてるのかなって。い、いえ、別に他意はないんですよ? 少し視線を感じるといいますか」
「見てるからね」
「ひぇっ」
やめてくれ、その悲鳴は少し悲しい。
「あっ、別に嫌とかそういう話じゃなくて……飽きないんですか? 私の顔って地味で代わり映えがないじゃないですか」
「そんなことない。誰よりも表情に機微があって、見ていて飽きないよ」
「またそうやって困らせるようなことを…………」
ぶつぶつと、下を向きながら口にする。
奏ちゃん、もしかしてそれなりに耐性がついているかも?
「朝来さんは、その、なんというか、贅沢ですよ」
「というと?」
「だって、考えてみてくださいよ。両手に花ではありませんか。世の中の男性が今の朝来さんの状況を知ったら、憤死してしまいます。なんなら奏だって憤死してしまいます。なんたって葵さんも天音さんも超が付くほどの美人で、敢えて言葉を選ばないで言えば優良物件というやつです」
奏ちゃんは葵とも天音とも友人であるからこその評価なのだろう。
だけど、優良物件というのは……正直判断に困る。ゲームの内容を知っているからだ。
「贅沢だとは思ってないよ」
「十分贅沢ですよ?」
「私に現を抜かしては駄目です。うん、駄目なんです。だって、あの二人は絶対に朝来さんを大切に思ってくれていますから……」
境遇として、俺の置かれている状況は、間違いなく贅沢な部類に入るのだろう。
だけど、客観的にどうかなんてのは、俺個人としては考えたくはない。
確かに最初は、奏ちゃんの言動に、そして外見に一目惚れしただけだった。
けれど、ゲームを続ければ続ける程、奏ちゃんの表面上だけではわからない美しさを知っていって、好きという気持ちは加速した。
この世界にやってきてからも、その加速は止まらなかった。
まだ知らぬ友達想いな一面を垣間見て、予想以上に表情豊かなことを知り、やっぱり俺の感情は止まらなかった。
「気持ちは嬉しいけれど、俺は俺の好意を大事にしたいな。だって、それで言葉通り二人の下に行ったら昨日までの想いとか言葉とかが嘘になっちゃうし」
「どうしましょう……ぐうの音も出ません。確かに浮気っ気は駄目だと思います。浮気は忌むべきことですから……うーむ」
自然に奏ちゃんは俺をヒロイン二人に誘導しようとしているのだろう。
だけど残念ながら、その誘導には乗れない。
奏ちゃんの口から告白を拒絶されない限りは、やれる限りをやってやる。
いやきっと、断られても諦めることはできないし、「じゃあ二人の所へ行こう」とはならない。
リアルで恋愛事を経験したわけじゃない、次元の違う恋だったのかもしれないけど、恋は恋だ。
「でも……はい」
奏ちゃんは何かを言いたいようで、少し言い淀んでいる。
「こうやって話したり、一緒に飲み物を飲んだり、その、そういうのは、とっても楽しいです」
「……!」
「あ、あはは。お恥ずかしながら、奏ちゃんは殿方を前にした作法は知りません。残念ながら、申し訳ないんですが……でも、でも今までになく楽しいのは、間違いないですから、それはぁ……」
我慢できなくなり、奏ちゃんは誤魔化す様にストローを勢いよくちゅうちゅう吸う。
「そっか、それは嬉しいよ」
「っ……やっぱり朝来さんの周りではいつも以上に空回りです」
若干の間、沈黙が続く。
先に飲料を飲み干してしまったのは、奏ちゃんだ。
「そ、そういえば……この後、どうなさいます?」
「そうだな……じゃあ解散ってのも味気ないし」
「ですよねぇ。お互い休日に偶然会えましたし」
「あ、そうだ」
一つ、妙案が思い浮かんだ。
高校生といったらオタクかどうかに関わらず、これは鉄板だろう。
「ゲームセンター、行かない?」
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