第9話 ゲーミングお助けキャラ
「ゲームセンターですか?」
予想していなかったのか、奏ちゃんは驚いていた。
「いろいろなゲームがあってさ、きっと楽しめると思うんだ……どうかな?」
すぐに返事はなかった。
意気揚々と誘いはしたが、断られると思うと少し怖い。
ほんの少しの間、奏ちゃんは視線を泳がせた後、にっこりと笑って、
「是非!」
と返した。
◇
足を運ぶと、昼間という時間帯もあって非常に混雑していた。
一般的なショッピングモールに併設されているゲームコーナーとは違い、七階建てのこの施設は全てがゲームのために使われていた。
「へええ……いつも横を通っていたのですが、中はこうなっているんですね」
「一人で行くことはなかったのか?」
「はい、なんというか……経験がなくて」
恥ずかしそうに笑う奏ちゃんの横を歩きながら、ゲームセンターの奥へと進む。
「奏ちゃんは家でゲームとかするの?」
「結構しますよ。ジャンル問わず手広く」
「なるほど」
恥ずかしい話だけど、異性とのゲームセンターはこれが初めてだ。
この場合、どういうゲームを誘ったらいいのだろう。まるで見当がつかない。
男相手なら、格闘ゲームとか適当なものでも盛り上がるが、流石に奏ちゃんと折角来たのに格闘ゲームっていうのはどうなのだろうか。
「朝来さんは普段、ゲームを?」
「するよ。嗜む程度だけど」
「して、どのようなタイプを?」
「格ゲーとか……音ゲーもちょっと前は」
ピン、と奏ちゃんの体が震える。何らかの共鳴を感じたようだった。
「朝来さん、アナタ、まさかっ……格ゲーを?」
「……まさか、奏ちゃんもいける口?」
「そのまさかですっ!」
なんと奇遇な! 胸中でそう叫びたくなる。
「知っているタイトルは……三階にありますね。奏もコンシューマーでの経験しかありませんか、……勝負しませんか?」
「喜んで」
勝負を申し込まれ、背を向けるのは男ではない。
勝てる戦いしか挑まない、戦わなければ負けることはない……これは敗者の言い訳だ。
常勝には、飽くなき挑戦が必要不可欠だ――と、プロゲーマーが言っていた気がする。
俺と奏ちゃんは伝説的格闘ゲーム『プト2』の筐体を隔て、対峙する。
(俺が選択するのは……近距離型)
相手の懐に入り込み、反撃の間も与えずに怒涛のコンボを打ち込み、完封する。
とっても簡単で、とってもわかりやすい王道の戦法だ。
初心者向けと揶揄される傾向があるが、その誰にでも簡単な型こそ、突き詰めると純粋な脅威と化す。
(奏ちゃんが選んだのは……中遠距離型っ……それも、防御性能が極めて低い攻撃特化の巨体キャラ!)
その巨体さ、そして装備している巨大な鉄球といった強烈な外見を持つ故、経験のない初心者が第一印象だけで選択されがちなキャラクターだ。しかし、それは罠である。
初心者向けと揶揄される一方で、奏ちゃんが選択したキャラクターは非常にピーキーなものだった。
半端な
同時に選択されるため、相手のキャラクターが自分にとって有利か不利かは正直、運が絡む要素ではあるが――わかる、迷いもなく選択した奏ちゃんはこのキャラを『専門(メインウェポン)』としているっ!
「三番勝負で、勝った方が……そうですね。五階のパフェでどうでしょう?」
「乗った!」
闘争において、褒章が乗った方が熱くなれる。
奏ちゃん――彼女はきっと、強い。
レバーを掴む手に汗が伝う。読み込みの間、気が抜けない。
そして、始まった。
(速攻で攻める!)
俺の使うキャラの性能からして、開幕を起点に一気に懐に攻め込む必要がある。
奏ちゃんが玄人であればあるほどに、相手側に始動の起点を与えてはならない。
短期決着――それはカウンターを打たれる前に、一気にこちらのペースに叩きこむ。
「っ!」
そこに意中の相手だからという手加減はなかった。
そこに舐めプレイはなかった。
ただ、己の持ちうる技能を以て、奏ちゃんのキャラに……動く間合いを与えない。
「はっ!」
綺麗にパターンが決まった!
こうなっては、近接不利の相手には抜け出すことさえも難しくなる。そうなると、ラウンドが決するのは早かった。
一試合目一ラウンド、俺が難なく制した。
「朝来さん、やりますね」
しかしその言葉に、悔しがる様子もなければ大人げなさを攻め立てる様子もなかった。
むしろ、準備運動が終わったと言わんばかりに俺の方を一度見る。
「だけど、もうだいたい理解しました」
「なっ……」
そう、不吉な言葉を残して第二ラウンドが開幕される――。
◇
「なん……だと……?」
残り二試合と二ラウンド――そこからの奏ちゃんのプレイングの技術は、神技の領域だった。
先程は様子見と言わんばかりに変態的な挙動を見せて、相性有利のはずの俺を追い込む……いいや、弄んでいく。
為すすべなく、完敗である。
「対ありでしたっ!」
完敗した俺の前に、ピースをして、したり顔でやってきた奏ちゃん。
可愛い、とっても可愛いのに……悔しいっ!
「俺の……負けだ」
もう再戦をせずともわかる。俺と奏ちゃんの技量の間に、愕然たる壁がある。
ある意味、この負けは必至だったのだ。
奏ちゃんは、俺の座る椅子の空いた隙間にちょこんと座り、元気よく微笑む。
「とっても楽しかったです!」
「!」
その元気いっぱいな表情を見ると、勝敗など気にしなくなって、癒された。
「そうだな、俺もとっても楽しかったよ!」
ゲームセンターという場を選んで、正解だったな。
「よっしゃ、クレープを奢ろうじゃないか」
「やったですぅ!」
五階に足を運び、俺の奢りで奏ちゃんにとびっきりのクレープを贈る。
「ありがとうございます、こっちに座って一緒に食べましょう!」
空いている座席に座り、幸せそうな笑みでクレープを頬張る奏ちゃん。
この笑顔が見れるなら、千円くらい安いものだ。
「身近に対戦できる人がいないんで、いつもぼっちでオンラインマッチをしてたんですよ」
「オンラインは魔境だからなぁ」
所謂ランクマッチ戦などに相当するが、連勝できた試しはない。
「中学時代は地元では結構強かったっていう自負があったんだけど、世界は広いな」
「えへへ、一緒に練習しましょ? きっと朝来さんも大会を狙えますよ」
「大会の経験はあるの?」
「いえ、奏はコミュ障なんで……コミュ強の朝来さんなら」
「俺がコミュ強? まさか」
元の世界でもぱっと目立たないしがないオタクだったからね。
「音ゲーもやりましょうね、あ、折角ですからボーリングとかもします? レースゲームもいいですねぇ……」
俺が、楽しそうにはしゃぐ様子に言葉にできない幸福感を抱いていると、奏ちゃんはぴくりと言葉が止まる。
「あー、もしかして奏、また暴走してます? グッズ貰って、むしろ感謝しなければいけないくらいなのに……」
「あはは、暴走なんかしてないさ。誰だってそうなる」
「そうですかね……? あっ、朝来さんも食べましょうよ」
奏ちゃんは、自身の恥じらいを誤魔化すように、自身のクレープを差し出す。
「えっ?」
「とっても美味しいんです。一口、いかがですか?」
「あーっと……」
とっても嬉しい申し出だ。甘いものは好きだからね。
だけど、問題はそうじゃない。
これを貰うってことは、そう、それは……間接キスをしてしまうっていうことだ。
俺の精神が、持ってくれるかわからない。
「どうしました? はい、どーぞ」
彼女は気づいていないようで、結構強引に口に押し込んだ。
……美味しい、美味しい筈なのに、味は感じない。それどころじゃないのだ。
考えるな、考えちゃだめだ。
意識したら――卒倒してしまう!
「あれ、どうかしましたか? 味があいませんでしたか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「何か歯切れが……あ、え、あっ」
俺の数秒遅れで、自分の行動の軽率さに気付いたようだ。
「あーーー! あーーー! あーーー!」
いけない! 奏ちゃんが本格的に暴走をしてしまう!
「いけません、奏ちゃん、ここは周りに人がいます! 抑えて、抑えて!」
「ああああ、あの、ほんと、ごめんなさい。軽率でした、それはもう余りにも軽率で、浅慮で、愚かでした……ばっちぃですよね、ティッシュ渡すんでぺっ、しましょう。そうしましょう」
「いや、その、むしろ謝るのはこっちというか」
一瞬、『ありがとう』と感謝しかけたが、それはまずい。
「あの、あのっ……あうう……」
「ほんとに気にしないで、とても美味しかったし」
「そう、ですか? あの、それなら、まぁ……」
その時、悪寒が走る。
静電気のような感覚かと思えば、赤い線と青い線が重なって遠くから伸びはじめる。
よく観察すると、距離がちょっとずつではあるが短くなっているように見える。
「もしや……」
俺は自身のスマホを開く。
失念していた。
これがゲーム通りであるなら、俺のスマホのGPSにより現在地を天音に把握されているのだ。故に、居場所が割られている。
そのため、葵ルートでは度々横やりが入る。
通常時は家の前に従者が乗った車両が張り付いているのだが、今朝、俺はイレギュラーな行動をとった。
始発の買い出しだ。
知らぬ間に撒くことができていたようで、急ぎ探していたのだろう。
「えらいことだ……」
「どうされました?」
「天音に居場所がばれた」
「ええっ」
「それだけじゃない。これは予想だけど、葵も同行している」
俺が神妙な顔でそう話すと、奏ちゃんもみるみると青ざめていく。
「隠れなければ……すぐそこまできている」
「天音さん、それは半分犯罪では……?」
半分どころか普通に犯罪である。
とりあえず、俺はスマホのsdカードを外す。ゲームの知識で、どこから情報が発信されているかは把握している。
それを「そぉい!」と明後日の方向に投げる。
sdカードは窓から外へ飛び出していき、何処かへと飛んでいく。
「犬あたりが加えて遠くまで行ってくれたら一番うれしいんだけどな……」
「見つかったら、ど、どうなるんですか?」
「最悪、明日の朝に俺たちの溺死体が海岸で見つかるかもしれない」
「やっぱそうなりますよね……! 何か案は……」
「GPSは外した。あとはこの場だけを凌げれば……」
周囲を見回す。
五階は今いるクレープ屋の他に、多数のプリクラがあった。
男子だけでは入れない一角だが、今は奏ちゃんがいる。
それに、大量のプリクラの筐体がひしめきあっているので、GPSが機能しない今、隠れるにはもってこいだろう。
「あそこへ隠れよう!」
クレープを片手に、手頃なプリクラへと飛び込んだ。
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