第25話 やば! 奏ちゃんの呟きめっちゃのびてるじゃん!

 「うえ、うえぇぇ……あ」


 奏ちゃんが、溶けた。


 何十枚もの宣材写真を撮り終えた後の奏ちゃんは、完全燃焼のご様子で……水のように床に溶けきってしまった。


 「お疲れ様、奏ちゃん」


 スライム状までどろどろになってしまった奏ちゃんに、アイスクリームを手渡す。


 「あ、ありがとうございましゅ……」

 「君も助手として手伝ってくれて感謝しているよ」


 先程まで編集作業をしていた湊さんが戻ってきた。


 「そして、キミの協力者にも送信しておいたよ」

 「助かります」


 第一回目の投稿の時間には間に合いそうだ。


 あと数分後には、ミスコン参加を知らせるメッセージを添えて一枚目の写真が投稿される。


 一枚目は制服の、いつも通りの姿。


 もう一枚が、湊さんがピックアップした次に流行とされる新作を着た姿。


 オタク層を囲い込む前に、一般層を初動で完全に掌握する。そんな真似も、湊さんの力があれば可能だった。


 「投稿……されたようだね」

 「ひぇっ……」


 未だに信じられないようだ。 


 「大丈夫さ。鉄心はすごく気障な中二病だけど……こういうのに関して言えば無敵だ」



 それを証明するように、数分もすれば……。


 「つ、通知が止まりません!」


 奏ちゃんのスマホが絶え間なく振動しはじめる。


 「す、すさまじい速度で拡散されてますぅ!」

 「すごいなっ! どういう手を使ったか知らないが、鉄心の拡散力は伊達じゃないな……」


 軽く引いてしまうくらいだった。


 こればかりは鉄心を尊敬しざるを得ない。


 コメントも、信じられない速度で追加されていく。


 『嘘!? こんなに可愛い子が立候補してるのに知らなかった!』

 『服可愛い~! それどこに売っているの!?』

 『夜瞑さんって……もしかしてあの夜瞑湊さんの!?』

 『ということは、この衣装、夜瞑湊さんの新作……?』


 「いつも鍵アカの私には信じられない程のコメ数です。これは……すごぉい……」

 「……なんとなく、配信者やインフルエンサーが楽しくなる気持ちがわかる気がするな」

 「あっはっは、これはまだ序章だよ。これくらい慣れてもらわないと」


 甘やかしたいという気持ちはやまやまだが、序盤戦さえも始まっていないという指摘もまた事実なわけで。


 今はまだ身内しかいない中での下準備だったが、一週間後には、アイドルにも似た活動をする必要がある、。


 せっかく来てくれたファンの前で、液状化するのは問題だろう。


 「何か欲しいものある? 用意できそうなら用意するけど」


 作戦立案なんて大それた真似はしたが、ここからは奏ちゃんの努力と鉄心の技量にかかっている。


 俺ができるのは、マネージャーの真似事しかない。喜んでパシられようと思う。


 「で、でしたら……」


 液状化奏ちゃん(仮称)が余力を振り絞り、要求を告げる。


 「後生ですから……Blu-rayboxを……」

 「随分と強かだよね、奏ちゃん」


 「さて、第二段階を始めよう」

 「第二段階、ですか??」

 「ああ、写真で掴みは完璧だ。こっちの予想以上の好感を掴むこともできた。だけど、これではまだ一過性だ。何しろ、僕らはまだ一年生だ。興味を持ってくれた層を定着させる必要がある」


 これは、奏ちゃんだけでなく、葵や天音にも降りかかっている問題ともいえる。


 それは、立候補のときの知名度だ。葵も天音も今や多くのファンを抱えているが、まだ申し込み時はその数も少なかった。



 このミスコンに学年による制限もなく、もっというと学年ごとの予選もない。


 全学年の、票の総取り合戦である。


 そうなった場合、自ずと初期状態での知名度に差が出てしまう。


その理由は簡単で、一年生のことは外見程度にしか知られていないからである。


 一年次から強烈な個性があれば話は別だが、少なくとも俺の周囲の参加者にはそういう方面に特化した面子はいない。


 強いてあげれば、家名といった関係で天音が優位だろうか。しかし、天音はそれを使うことはしないだろう。


 「例えば、宣材写真と実際の声や性格がそのイメージとかけ離れていたら……奏ちゃんはどう思う?」

 「非常に残念に思います……そういう経験は少なくありませんから」

 「そういうことだ」

 「だけどポエマー君、数日が経過したわけではないのにそのような齟齬が生じるかね?」

 「生じるんですよ、それが」


 ライトノベルのパッケージイラストを見て、あらすじを見ずに一目惚れで買ってしまうような経験はないだろうか?


 そういう流れで入ってきたとき、実際に質が高ければ……その人は熱心なファンとなってくれる。


 「湊さんが、奏ちゃんに絶対に合う衣装を用意してくれたおかげで、演技は必要ありません」

 「そ、それはどういう?」 

 「いつもの奏ちゃんを見せてくれれば、それでいい」

 「…………」


 奏ちゃんは静かにうなずいた。

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