三十一話 受諾と寸劇

「――――はい。それは本当ですか? なら、確かにその話、承りました」




 咲田は通話を終了して、受話器を戻した。




 それを見て、近くで腕を組んで座っている男が話しかけた。




「やはりあの人の子供か?」


「そうですね。ただし、あなたは手出ししないでくださいね、白澄しろずみ隊長。この件は内密に処理させていただきます」


「本部周りは第一隊の管轄なのに?」


「だからこそです。あなたも彼らも、融通が利かないでしょう」


「それは偏見だ。私たちは正しく動くまでだ」


「それが余計なお世話だというのです。『同化』を受けているからといって、非人道的行為を許すわけにはいかないのですよ」




 視線がぶつかり合う。


 咲田はこの件を知った時から、一歩も譲る気はない。


 白澄もそれを感じ取った。




「……今回は見逃す。小隊長たちにも撤収させよう」


「そうするのが賢明でしょうね」


「言っておくが、部下に休息を与えるためだ。司令官の魔装を恐れたわけでも、第二隊大隊長に譲歩したわけでもない。すべて私の独断だ」




 白澄はそう言い残すと、部屋を去った。


 咲田はその背中を見送ってため息と舌打ちを堪えて言った。




「あの人は、どうしてこんなに面倒くさいのでしょうか。まあ、馬鹿でないのが救いですね」




 咲田は特注の、水色の耐衝撃コートを羽織った。






 ・・・・・






 月日高校の校庭の隅。




 城島は点呼を行ってから注意事項を話した。




「いいか、今日は国立月晶体研究所に急遽見学に行くことになった。目的は昨日言った通り、月晶体ルナモルファスの護送だ」


「先生、取り繕ってくださいよ!」


「今更その必要がない。そうだな、朱柚」


「うん」




 今回の見学にあたって、朱柚は特別クラスへ替わった。


 当然、本人はそのまま居座る気でいる。




「……ここだけの話だがな、急すぎて伝達がうまくいかずに、命の保証ができなくなった」


「「「「「えっ!?」」」」」


「安楽死コースターではないんだ。そこまで気負わずに行くぞ」








「で、ドライバーはなんとなく予想してましたよ。真賀丘さん」


「僕も暇ではないけど、今回は仕方ないからね。久しぶり」


「私は一昨日の夜電話しましたよね?」


「一日ぶりだね」


「則人、運転に集中してくれ。今に人が飛び出してくるぞ」




 賑やかな車内。


 前に城島と真賀丘。


 後ろに司陰、朱柚、靄で座っている。




 ちなみに、湯川双子と白川はもう一台に乗っている。


 運転手は海瀬。


 白川は司陰の隣を希望していたが、靄の圧に負けて未雨に引きずられていった。








「それで司令官」


「今は違う」


「なら、先生。大隊長の対処は任せますよ。ないとは思いますが、天罰レトリビューションの対処も」


「責任は私が持つ。それに、家族を守るのに手段は惜しまない」


「……!」


「よかったですね。仲直りできて」




 朱柚はまた感極まって泣きそうになっている。




 彼女は昨日、城島と二人で過ごしたそうだ。


 詳しい話は照れてしまってしようとしなかったが、凍った関係が融解するぐらいにはいい一日を過ごせたらしい。












 山道まで入り周りに家屋も車もなくなった時、それは訪れた。




「右だ!!」


「了解!」




 車は激しい摩擦音を鳴らしながら進路を九十度変更した。




 直後、局所的な零度の嵐が先ほどまでの進路を覆う。




「咲田か! やはりな!」


「車は変えてきましたから、魔装を使われましたね!」


「探知には引っかからないんだったな!」




 朱柚は今まで探知に引っかからなかった。


 どうやら『同化』済みの月晶体は探知の網を逃れられるらしい。


 居場所がばれたならもう逃げるしかない。


 幸い、国立月晶体研究所への迂回路はいくつかある。




 城島はバックミラーに映る疾走する咲田を見て驚いた。




「あいつ、まさか自分の足で来たのか」


「何か不思議ですか? あなたも現役の頃は車より速く走れたでしょう」


「いや、考え過ぎかもしれんがな、乗り物なら破壊されると考えて自分の足を使ったのかと思ってな」


「彼女ならやりかねませんね」




 この車は普通の車ではない。スピードメーターは法定速度を優に超えている。


 車と咲田との距離はどんどん離れている。












「仕方ありませんね」




 咲田は追跡中の車の速さに驚いた。


 道はカーブが少なく、いくら走っても追いつける気配がない。


とはいえ、追いつく気もないので好都合だ。




咲田は【冷渦の細剣】は片手で握ったまま、腰のホルダーから一応持ってきた晶化銃を取り出し、車のタイヤを狙って撃った。




当たるように撃った弾は、黒い四角形に吸い込まれて虚空に消える。


予想通りの現象を見て、咲田は追跡を中断した。




「有効打なし。これ以上の追跡は無駄ですね」




強いものには巻かれろではないが、うるさい外野より日本最強の魔装使いに従うのが賢明である。




「それでは、行ってらっしゃいませ、司令官」
















城島はバックミラーを見て、咲田の追跡がなくなったことを確認した。




「追手は消えたな。咲田なら地の果てまで追ってくるかと思ったが」


「彼女も馬鹿ではないですから。まあ、後で面会申し込みが来ますから覚悟してください」


「体の調子が悪いと言えば解決だな」




後の道のりは楽しいドライブだ。


城島と靄以外は緊張を解いている。








「靄さん、まだ警戒してるんですか?」


「当然よ。一回剣を交えるたら、本能で警戒しないとまずいとわかるもの」


「そういうものですか。なら、海瀬さんも剣を交えたのかも」


「あの人は銃型の魔装でしょ。司陰君と同じ」


「……嫌味ですか?」




司陰と靄は朱柚の頭上越しに会話をしていた。


朱柚は城島のほうを見ていて、何を思っているかはわからなくとも、話しかけないほうがいいのはすぐに分かった。




「私、前から思ってたんだけど、司陰君って、本当に臆病?」


「そう言われたら、十分臆病だと思いますよ」


「そう? 叶深さん見てると、全然違う気がする」


「そう……なんですかね?」
















「着いたぞ」




月日高校を出発してから一時間弱。


国立月晶体研究所に到着した。




敷地内には多くの研究棟が立ち並び、それらに付属する施設群が整った街のような光景を生み出している。


ビルを地下空間に押し込んだような災害殲滅隊本部とは違う、開放感のある雰囲気。


これも本部と異なる溢れる緑が来訪者を奥へいざなう。




もう一台の車は先に着いており、司陰たちの車が来ると未雨と白川が手を振って迎えてくれた。








「遅いよ、待ちくたびれるかと思った! それで、無事だった?」


「もちろん。私も朱柚も無傷です。ほら」


「……ぶい」


「かわいい!」




会話には入っていないが菜小も靄たちと一緒にいる。


どうやら暑さにやられて話すのも億劫なようだ。




昨日の朝から既に一日以上立っているが、司陰は白川を少し引っ張って皆から離れ、今更ながらの疑問をぶつけた。




「……あのさ、みんな受け入れてて不気味なんだけど……月晶体ルナモルファスだよね? 朱柚さんは」


「そう言ってたね。今言われたら確かに変だね」


「だよね」


「でもさ、なんていうの、人間だから……?」


「うーん……」








司陰の脳裏に浮かぶのは最初に会った月晶体ルナモルファス


皆のイメージは司陰が次に学校で会った、あの一見スライムの月晶体だ。


これが司陰と周りの朱柚に対する印象の違いにつながっているらしい。




「実はさ、俺が最初に会った月は、継琉君たちのイメージと違って――――」


「――――司陰君?」




司陰はハッとして振り返った。


声を掛けたのは真賀丘、その背後には城島が控えている。




「ちょっとこっちに来ようか」


「……はい」




司陰は背中を悪寒がはしった。












「隠したままなのも不誠実だから、君に情報を渡そう。君も入隊してから十分時間は過ぎた」


「……なるほど?」




司陰が一人なのに対して、真賀丘の後ろでは城島が肩を回している。


さながら圧迫面接で、司陰はまともに頭が回らない。


それも真賀丘の狙いか。




「君が最初に会ったのは『寄生』。僕の後ろの人の子は『同化』。ヨーロッパの吸血鬼とか呼ばれてるのは『血族』だ。共通点はわかるね?」


「……はい。全部人の形なんでしょう?」


「そう。これらが社会に与える影響は計り知れない。隣人が人外だとしたら、その可能性そのものが恐怖だ」


「待ってください。探知は逃れても、魔装使いなら月は見分けれます」


「ん? 君は朱柚が人外だと分かったのかい?」


「え……それは……」




城島まで司陰を見ている。


そういえば、城島すら朱柚の正体を見抜けていなかった。








司陰は朱柚の異常性に気づいていた。


勘、といえばそうだろう。


非展開の魔装の力ではない。




自分の勘を司陰は疑ったことはない。


思い返せば、疑う行為を止めたのは司陰の思考と、真賀丘の介入である。




真賀丘の次のセリフは分かった。


これは勘ではなく、予想かもしれないが。




「「他言無用」」


「……」




その時の真賀丘と城島の司陰を見る目は、司陰が朱柚へ向けたものとよく似ていた。

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