五話 魔装の威力
扉の外の足音は遠ざかっていく。
廊下で迷っているのか足音はまばらだが、徐々に遠ざかって聞こえなくなった。
彼が遠ざかったのを確認した彼女が机でパソコンと向かい合っている男に話しかける。
「彼も風呂に行ったところですし、そろそろ教えてくれますか」
「何を?」
「とぼけなくてもいいでしょう」
男はコーヒーを一口飲むと机に置きなおしてパソコンを閉じた。
「やはり見間違いだったんじゃないか? 彼、司陰君が確かに崩壊したはずの家から出てきたなんてね。テレビでも流れていたが、僕には瓦礫の山にしか見えなかった。君もそうだろ、鏡野君」
「これを見てもそう言えますか? 真賀丘さん」
鏡野が真賀丘に一冊の本を手渡す。
表紙をよく見ればごく普通の数学の教科書で重さにも大きさにも異常はない。
「これがどうかしたのか?」
「後半のページを見てください」
表紙からページをめくっていく。
異変があったのはその後半。
ページが突然白紙になった。
「これは……印刷ミスということかな?」
「本人に聞いたら、違う、と言ってました。この教科書以外にも彼の持っている教科書や本は後半のページが空白のものが大半です」
「まあそうだろうね、彼はまだ新入生だし。…………これから見聞きする内容は機密情報だからね。わかったね、鏡野小隊長」
「はい」
真賀丘は彼女の返事を確認した後、手にしている教科書を思いっきり引っ張ったかと思うとそのまま数ページを引きちぎった。
鏡野はその所業に目を見開くも、すぐにそれを上回る驚きを目にすることになる。
「ほら見て」
「これは……」
破られたページは地面に触れる前に静止して、しばらくたつと教科書に吸い寄せられるように浮かんで元のページへと戻った。
ページに切れ目は全く見られない。
「これはいったいどういう……」
「信用してないわけではないけど鏡野君にはまだ話せない。ついでに司陰君にもこのことは伝えないでくれ。認識の変化は要らぬ災いを呼ぶからね」
真賀丘は教科書を置いてコーヒーの残りを一息で飲み干す。
「ちょっと友人に電話してくるよ、すぐ戻る。君は彼の世話と残りの説明を頼むよ」
「……任せてください」
準備を進めながら真賀丘は独り言ちる。
「これで二つ目、あとは未来のみ。終わりは近いか…………」
・・・・・
「上がりましたよ。それで、これからどうすれば? できれば早く家に帰りたいんですが」
「何を言ってるんだい? 君の家はこれだろ」
風呂上がりの司陰に真賀丘が見せた写真は瓦礫の山の写真だった。
「いや……俺の家は無事だったはずで……」
「本当に? 君の家の辺りはすべて吹き飛んだんだよ?」
「でも……昨日の夜と今日の朝は確かに無事で……」
司陰と真賀丘のやり取りが不毛と見るや、鏡野がすかさず割って入る。
「まあまあ、司陰君も
「それは……確かに」
「部屋は二階に用意してあるから自由に使って。それと、何か困ったことがあれば私に何でも聞いて」
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあまた明日」
結局、司陰は疲れていたために違和感を追及せず、慣れないベッドで眠ることになった。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう。早いね。、もっと寝ててもよかったのに」
いろいろあったというのに司陰は昨夜はかなり快適に眠れた。
教えられた洗面所で多少身だしなみを整えてから司陰は一階の大部屋に顔を出す。
真賀丘は自分の机で分厚い資料を読んでおり、鏡野は朝食を皿に盛りつけているところだった。
「そろそろ学校に出発する時間ですから。鏡野さんもそうでしょう?」
「いいや、今日は休みだよ」
「えっ」
「誰かさんが素晴らしい破壊活動を行ったからしばらく休校なのさ。よかったね、司陰君。誰かさんには感謝しないと」
「さて、誰でしょうね。司陰君も突っ立ってないでご飯食べたら」
鏡野が用意したらしい朝食はご飯とみそ汁と鮭の塩焼きだった。朝からすごいボリュームだ、と司陰が内心思いながら真賀丘のほうを見れば、彼も少し驚いているように見える。
要するに休みだから張りきったということだ。
先の見えない門出を迎えた司陰にとっては不信感も溶けるほど温かい朝食だった。
朝食後は折角だから昨日の続きということで再び実験室へ行くこととなった。
真賀丘はさすがに忙しいということで付き添いはしないが、代わりに鏡野が付きっきりで見ることになった。
「まずは昨日の復習。魔装をもう一回出せる?」
「やってみます」
司陰が昨日のように手に力を集めると徐々に紺と黒の銃が形作られていく。
不思議な光景だ、と彼は思う。
一体どこから質量が現れるのか。
そもそも体内にでも格納されているのか。
そんな疑問も彼の手に乗った銃を握れば自然と薄れる。理由は言えないが、それが彼にとって至高で無上の物体だと直感でわかる。
所詮は物だ。感情は持ち合わせない。
それでも、まるで世界で一番の彼の理解者であるように感じさせるのだ。
「ちょっといい? 魔装との触れ合いは後で思う存分すればいいから、今は性能を確かめないと」
「……わかりました」
司陰にとっては一瞬の交わりでも、他者から見れば長い時間だった。
正体不明でありながら人の心に入り込みその人を魅了する。
もちろん、その人の心の反映なのだから当たり前のことだ。
だが、それが魔の装備と言われる所以なのだろうと司陰は思った。
「まずは、壁の的を撃ってみて」
「銃の持ち方とかは?」
「あなたの銃に聞きなさい」
傍から見れば投げやりな言葉だが、鏡野のいうことが魔装の扱いで一番大事なことだ。
自身が思う使い方に合わせて魔装が生成されている。だから、必然的に自分の思い込みで使っていればいいというわけだ。
逆に言えば、自身が使えないような魔装の生成の仕方をする場合は、魔装の素質があって適性がないということだ。
司陰は右手でグリップを握り、左手で銃身を支えた。
そのまま紺黒の銃の先を壁の的に向けて引き金を引いた。
「……何も起きませんが」
「イメージ不足かな。ちゃんと弾と火薬を意識して」
「なんていうか……魔装も便利というわけではないんですね」
「慣れるまでは何事もそうよ」
紺黒の銃の内部に銃弾と火薬を込めるように意識する。
イメージは黒色火薬、いやもっと高性能な火薬のほうがいいのだろうかと。
よくよく考えれば実際に物質を生成するわけではないのだから推進力さえ得られればいいのだが。
「撃ちます」
紺黒の銃の引き金を引く。
瞬間、爆音が響き音速を超えた銃弾が壁を
正面の壁には銃弾が開けた穴とそこから伸びる放射状の亀裂が見て取れる。
鏡野が近づいて亀裂をなでながら評価する。
「威力は十分。はじめてにしては上出来かな。ただ……ちょっとうるさすぎるかな」
「すみません、ちょっと加減がわからなくて」
「この部屋は防音性能が高いからいいけど、実践なら自分の居場所を暴露することになるからね」
その後もいくつか鏡野は司陰にアドバイスした。
まず、発砲音を軽減すること。
次に、威力を調整すること。
最後に、攻撃方法にバリエーションを与えること
「例えば私の魔装は【熱供の短剣】ていうんだけど、単純に相手を切り裂くこともできるし、昨日みたいに放射攻撃もできるの」
「要するに必殺技をつくれと?」
「必殺……まあそういうこと」
司陰が放った弾丸と鏡野の強力な熱と光による放射攻撃。
どちらが強いかは言うまでもない。
それにしても、
「人間やめてるんですか」
「失礼ね」
数日前までなら信じろと言われても無理なことばかりだ。
集団幻覚、そう言われたほうがまだわかる、と司陰は頭の端で考えた。
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