四話 災害殲滅隊第四十支部

 人が眠る間に記憶は整理される。


 記憶の整理の過程で恐怖が強く脳に焼き付けられる。


 また、記憶の一部は消し去られる。



 ・・・・・



「――――結局、限界まで追い込んでみても発現しませんでしたね」

「それは残念、でも、彼に素質があるのも事実だ。現に君も彼の異常性を目視で確認している」

「確かに爆心地周辺を平気な顔で歩いていたのははっきり言っておかしいです。その後に弱いほうとはいえ脅威度Bランクの月晶体ルナモルファスから逃げたことも。ですが、放課後に約束に遅れて着いたときは危うく殺されるところでしたよ」

「銃を持った人間でも油断すれば死ぬ、ただそれだけのことさ。なにより彼はまだ魔装を出していないし……あ、彼も起きたようだよ」




 司陰の起床を促したのは男女二人の会話だった。彼は男の声に聞き覚えはない、だが女の声は彼女の、名乗らずに約束を取り付けた先輩の声だった。


 司陰は寝台に寝かされているようで、彼が上半身を起こして周りを見回すと白い殺風景な部屋に椅子に座って彼のほうを見ている男女がいる。

 男は白衣を、女は白色のコートをまとっているので白い部屋に混ざって非常に見づらい。


「…………あの」

「何?」

「ここは……?」

「あぁ。真賀丘さん、彼に説明をお願いします」

「いいよ。その前に、お互いに自己紹介でもしようか。名前、名乗らずにおいたんだろう」

「そういえば……そうでしたね」


 少しは悪かったと感じているのか、彼女は司陰が体を起こして座りなおすのを支えてくれた。そうして彼は気づいたが、彼の足は引きつることなく自由に動かせるようになっていた。


 姿勢を改めたところで状況が今一つ呑み込めていない司陰に代わって二人から自己紹介を始めてくれた。


「私は鏡野靄かがみのもや。知っての通りあなたの学校の先輩で、ここ第四十支部所属で災害殲滅隊の第二隊の小隊長。で、こちらが、」

真賀丘則人まがおかのりひと。今は月装研の研究員でここ第四十支部のオペレーターでもある。よろしく」

「……? えぇと、押山司陰です。よろしくお願いします」


 意味の分からない単語が飛び交う中、司陰が戸惑いつつも自己紹介をしたことで場の雰囲気は少し軽くなった。


 最低限することは済んだとでも思ったのか、真賀丘と名乗った男は立ち上がり部屋の出入り口へ歩き、扉を開けたところで口を開いた。


「鏡野小隊長、後の説明は頼んだよ。僕は月晶研に昨日の月晶体ルナモルファスの分析結果を送ってくる」

「わかりました。後は任せてください」

「押山君も、それじゃあまた」


 真賀丘は部屋を出ていき、やがて足音は遠ざかっていった。




 上司が退室したからか、彼女改め鏡野は少し肩を下げて学校で司陰に話しかけて来た時のように親しげな口調で彼に話しかけた。


「で、何か聞きたいことはある?」

「えぇ、まずここはどこですか?」

「ここは災害殲滅隊の第四十支部。あなたは放課後に月晶体ルナモルファスと接触した後に意識を失ってここに運び込まれた。安心して、荷物は回収してるから。他には?」

「その……月晶体ルナモルファスってのは何でしょうか?」

「難しい質問ね……」


 鏡野は服のポケットから彼女の携帯電話を取り出して指を何度かスライドさせた後で司陰へ見せた。


 画面に映るのは司陰が放課後に見たばかりの、バケツに入った透明で動いているように見える液体だった。


「これが……?」

「そう。写真じゃわからないけどかなり暴れてるところ。液状で粘性がないから掴めないから取りつかれたらかなり厄介。確か……夜に活動するから月が名前に入ってるとか言われたかな」

「なんか……思ってたより弱そうですね」

「とんでもない! 銃を持った人間でも普通に殺されるし、私ら災害殲滅隊でも油断してると殺されるよ。というか、こいつは脅威度Eランクの雑魚だし」


 鏡野は画面を再びスライドしまた司陰に見せようとしたところで急に動きを止めた。


「忘れてたけど……押山君、あなたには災害殲滅隊に入隊してもらいます」

「え? そういうのって選べるんじゃないんですか? 入るか入らないか」

「あなた、あの時首を縦に振ったでしょ。もう拒否権はありません。というか、真賀丘さんがもう入隊手続きを終わらせました。昔にいろいろあって本人の同意確認は後からでもいいことになってるの。ちなみに、災害殲滅隊は書類上は自衛隊と同等の公機関だから。見聞きしたことは他言無用よ」

「そんな……銃を持った人間でも殺す化け物とどう戦えと……?」

「まさか。爆弾もって突っ込めって言うわけじゃないよ。説明することはまだあるけど……とりあえず魔装を見に行こうか」


 鏡野が携帯をしまって立ち上がり、殺風景な部屋の扉を開ける。


 LEDが照らす殺風景な部屋のほうが蛍光灯が光る廊下より明るいが、司陰にとって扉の外は確かに明るく、そして暗く見えた。



 ・・・・・



 司陰が連れられてやってきたのは広い部屋だった。

 部屋にはいくつか机が置かれているが、ファイルやパソコンが置かれているのはそのうちの三つのみ。災害殲滅隊の第四十支部と大層な名前が付けられている割になんとも寂しい景色だった。


 立ち上がっているノートパソコンの上から頭が覗いている。


「真賀丘さん、彼の魔装を出そうと思います」


 ノートパソコンが閉じ、真賀丘は手に持つ資料を一旦置いて椅子から立ち上がってから答える。


「いいけど、説明終わった? やけに早いね」

「いえ、説明はまだ……。まあ、先に実感してもらったほうが話を飲み込みやすいかと」

「確かにね。じゃあ、実験室へ先に行ってて」

「わかりました」




 鏡野が司陰を先導して実験室へ向かう。


 途中で司陰が鏡野に質問を投げた。


「鏡野さん」

「なに?」

「真賀丘さん、ものすごく忙しそうですけど……時間取ってもらっていいんですか?」


 真賀丘の机の上には二十センチほども謎の資料が積み上げられていた。どこをどう見ても時間があるようには見えなかった。


「本当はよくないよ。あの人、災害殲滅隊初期に外部から引き抜きで入ってて、研究部隊の中ならほぼトップの超エリートだからね。本当は本部付きで上から指示出すだけでいいし、なんならもう引退して遊んで過ごしてもいいぐらい」

「そんなすごい人なんですか!? なんでこんなところに……?」

「真賀丘さんも昔のことは語らないからわからないけど、彼の同期も大半が本部から離れてるらしいからね。なにかで揉めたんじゃないのかな」

「大変ですね」

「そ。ある意味現場より辛いかもね」



 ・・・・・



 司陰と鏡野が実験室へ入り、真賀丘はガラス壁で隔てられた隣の観察室へ入った。

 実験室内部はコンクリートむき出しのかなり武骨な見た目で、ところどころ見受けられる焼けた跡と深い切れ込みが随分と生々しい。


 観察室内の真賀丘がマイクに近づいたかと思うと、実験室内部には強烈なノイズが響き渡った。


「――を――――ま――――」


 スピーカーから流れる声はほとんどとんで聞き取れなかった。


「これ、大丈夫ですか?」

「どう考えても大丈夫じゃないでしょ。しばらく使ってないとすぐ壊れるのたぶんこっちに来るからちょっと待ってて」


 しばらくして真賀丘が実験室へ入る。


「ごめん、また壊れてた。この支部もいい加減建て直してほしいね。ほら、さっさと始めよう」

「そうしましょう。あんまり遊んでるとまた本部から電話が来ますよ」

「それは勘弁してほしいね。司陰君」

「はい」

「そこに立って」


 真賀丘は地面の黒い円を指さす。

「そこ、鏡野君が一年前に焼いた場所。そこで両手を前に突き出して」

「はい」

「さらっと情報漏洩しないでください!」


 ちょっとした冗談も交えつつ準備を進めていく。


「まずは目をつむって」

「はい」

「昨日今日と襲ってきた相手を思い浮かべて。あなたはどう戦う? 想像してみて」


 真賀丘と鏡野が部屋の端で見守る中、司陰は回想を始める。


 一度目は死にかけの女性のような、二度目は典型的なスライムのような見た目の自分を殺そうとする生き物。


 なにがあれば生き残れるのか。

 司陰はそう思考する。


 例えばナイフ、だが彼は化け物と正面から戦う自信はない。

 一方的に戦えるという意味ではミサイル、だが彼はそんなものが扱えるとは到底思えないし自身に対してそんな力はないと断言できる。そんな力があるなら助けてもらう必要はなかったはずだ。


 遠くから確実な勝利、確実かつ堅実な方法が最も優れていると彼は結論づけた。




「見えたかい? 自分の中のイメージが。見えたならそれを自分の利き手に集めるようイメージして。焦らないで、ゆっくりでいいから」


 司陰は意識して自身の中の断片を集めようとするがなかなかうまくいかない。

 やはり自分に無理なのか、そんな思いが頭をよぎる。


「まだ諦めるな。やると言ったら最後まで。都合のいい妄想は貫くことにこそ価値がある」


 真賀丘さんの言葉は司陰にはまだ少々難しかった。

 だが、彼の手のひらで急速に渦巻く力は彼が一つの高みへたどり着いたことを示した。


 司陰の手の上で黒と紺が形を形成する。

 彼の深層心理が作る色だが、彼自身にすら見通せない深い闇。


「ずいぶんときれいな銃じゃないか」

「真賀丘さん名前を付けてあげてください」

「僕が? 魔装の名前を付けたことはまだないんだけどね。……そうだね、見たままでいいなら【紺黒の銃】かな」


銃身、薬室、撃鉄、弾倉、引き金と彼の中の最低限の知識だけで構成されたある意味見た目だけの銃。全体の黒に紺のラインが縦横に走って美しい模様を描いている。


艶のない黒はあのナイフの刃の色の再現かな、と司陰は考えながら銃の持ち手が手に馴染むか確認する。

片手で持つにしては一回り大きく、銃身をもう片方の手で支えないとうまく打てないなと彼は思う。


「【紺黒の銃】ですね。名前、ありがとうございます」

「いや、後で変えてもいいよ。登録はちょっと先になるから」

「真賀丘さん、彼がそう言うんですから責任は持たないと」

「勘弁してほしいなあ」


実験室内からすっかり緊張感は消え去った。

司陰が魔装を現わせたことで歓迎ムードができている。


「よーし、今日はお祝いだ。費用は僕持ちで好きなものを頼んでいいよ」

「私は寿司」

「えっと……なんでもいいですよ」

「よし、そんな司陰君には寒天とゼリーを食べてもらうよ。透明で最高にきれいだろう」

「えっ、トラウマにしたいんですか」




なお、夜の歓迎会で透明、半透明な料理は飲み物にすらなかった。

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