二十三話 VS咲田美明
談話室の中、真賀丘と海瀬が大きなテレビに映った映像を眺めていた。
映像の中では、靄が白いコートを翻しながら右へ左へ、時折跳びながら短剣を振り、鮮やかにターゲットを破壊して回っていた。
海瀬は感嘆し、真賀丘すらも感心するほど洗練された動きだった。
「才能って、こういうことなんですね…………」
「親から受けた天賦の才、にしてもすごいな」
靄はまだ十六歳。
彼女の同い年はまだ思春期の成長途上で、ちょうど益のない妄想からは卒業したころの年齢だ。
だが、彼女はもう化け物を殺す技を身に付け、時に小を切り捨てる冷酷な心を備えている。
「僕も予想外だったよ。司陰君がいればもっと丸くなると思ったのに、ますます鋭くなる」
「そうなんですか? 私からしたら、彼がいなければ彼女はむしろ擦り切れそうに感じましたよ」
映像が司陰に切り替わる。
映像では、かなり距離のあるターゲットを司陰がちょうど破壊したところだった。
「えっ、えっ、彼はまだ新人……ですよね?」
「もちろん」
「それであの精度……? しかも、消音してる…………今までいろいろ銃型の魔装を見てきましたけど、成長速度は間違いなくトップですね」
真賀丘は、海瀬の「それに引き換え私は……」と呟く声を無視して、二人から離れたところでボーっと暇そうにしている双木に声をかけた。
「双木」
「…………ん?」
「この映像、少し戻せる?」
「おう、任せろ」
双木はそう言うと、近くのパソコンを素早く立ち上げてすぐにテレビの映像をアーカイブに差し替えた。
「ここか?」
「もう少し前」
映像が逆戻りしていき、やがて真賀丘の目に留まったものが映った。
並ぶ建物の間、なんとか視認できる程度の何かが建物からはみ出して見えている。
それは、水色の何か。
「あっ…………私わかりました。これ、咲田さんのコートでしょう」
「そう。何故か居るね」
「うん? 手助けとか?」
「いいや、他の目的だと思う。……多分、後継にふさわしいかを自分の手で確かめたいんだろう」
三人が見つめる位置、そこは訓練場の中央付近で、司陰のすぐ近くの場所だった。
・・・・・
最後のターゲットが訓練場から消えた。
タイムは十分未満、初見での挑戦としては歴代最高記録を大きく塗り替える素晴らしい出来であった。
そんな二人を、最後の訓練が待っている。
司陰と靄は警告音を同時に聞いた。
そして、切れていた無線が回復する。
『最後の訓練を始めます。十分以内に私に攻撃を当てなさい。有効打かどうかは私が判定します。無線の使用も許可します。そちらの会話はこちらには聞こえないので、存分に活用しなさい』
訓練最後の障害、それは災害殲滅隊第二隊大隊長、
咲田美明だった。
訓練場中央、咲田の立つ範囲を熱の刃が薙ぎ払った。
靄が集団戦の切り札とする攻撃。
【熱供の短剣】の刀身の延長線上に、空気を圧縮した粒子の刃を創り、それを振るった範囲に熱と粒子雲の接触による莫大なダメージを与える。
直接粒子を発射する放射攻撃に比べて、刃を維持しなければならない燃費の悪さとその攻撃範囲の融通の利かなさが使用を控えさせていたが、反射神経のよい対象を仕留めるのには最適の攻撃だ。
逃れるには上しかなく、跳んだら【紺黒の銃】が火を噴く。
不意打ちが決まったであろう攻撃の跡には、広範囲にわたって赤熱した地面が広がっている。
ジオラマとして置かれていた自動車は、車体が中央で上下に切られ、車体上部が地面に落ちて重音を響かせた。
靄は道路に立って【熱供の短剣】を両手に構えながら、砂煙が舞う焦土を油断なく見ている。
『……やれたかな?』
「これは……やりすぎなのでは――――」
『まだですよ』
『っ!?』
「靄さん後ろ!!」
靄の頭のある位置を異様に細長い剣が通過した。
直撃したら、先ほどの自動車のように、顔が真っ二つになる攻撃だ。
間一髪で靄は屈み、そのまま振り向きざまに急に現れた気配を切った。
短剣は空を切り、気配はどこかに消え失せる。
咲田の攻撃は当然、靄が避ける前提での攻撃だったのだろう。
『見事な反応、素晴らしいです。ですが、あの薙ぎ払う攻撃はいけません。無駄が多すぎます』
「靄さん、二つ先の右の路地です!」
『了解!』
司陰の指示した場所には確かに咲田がいたが、靄がすぐさま着いたころにはもう姿が消えている。
移動速度は咲田が上とすると、靄は一生追いつけない。
司陰は靄が気配を追いかける間に思考した。
(訓練場は広いから、移動速度に差があるなら追跡者は追いつけない。制限時間が十分なら体力切れも待てない。さらに言えば、靄さんの熱刃攻撃が当たったはずなのに効いていないなら、靄さんでは咲田隊長に有効打を与えられないかもしれない)
本人に聞かないと分からないことではあるが、おそらくこれは自分を試しているのだろう、と司陰は考えた。
役割的に後衛の司陰にできることなど少ないが、完全にないわけではない。
例えば、通るルートを予測できたなら、彼にも彼女に手が届きうる。
司陰は【紺黒の銃】の弾倉を外して、任意のタイミングで起爆できる爆薬に変え、それをいくつか路上に撒いた。
靄は狭い道を全力で走っていた。
ただ、それでも咲田との距離は埋まらない。
疾走する靄が角で曲がったとき、そこが長い直線道路だったために咲田の背中を捉えた。
靄は右手の【熱供の短剣】を真っすぐ投擲して、命中を確信したが、咲田は短剣を寸前で跳んでかわし、そのまま何度も建物を足場に跳んで建物の上に上ってしまった。
靄も慌てて同じように上るが、咲田は靄のはるか先を訓練場の中央へ向けて、建物を飛び移りながら移動していた。
中央の建物上には司陰がいる。
「あっ!? まずい!?」
『司陰君!! まわり見て!!』
「まわり?」
司陰はヨオスクニを見ることを中断し、靄の声に従った。
どの建物の屋上も照明で照らされてハッキリ見え、人影は全く見当たらない。
「……あっ」
思い当たるのはいつも上から来た月晶体ルナモルファスだが、上には近い天井があるだけで大隊長は見当たらない。
ただ、彼の知覚は違和感を下・から感じた。
「まさか!!」
『気づくならもう少し早く気づきなさい!!』
司陰を浮遊感が襲う。
彼を支えていた足場は下からいつの間にか切り取られて、屋上から脱落した。
態勢を崩した彼の目の前には咲田が待っていた。
「終わりです」
「いいえまだ!!」
咲田の細剣が振るわれる前に司陰の銃が火を噴いた。
意図した暴発。
【紺黒の銃】はこれによって使えなくなるが、ごく至近距離ならこれで仕留めれば問題ない。
けれど、銃から出た過剰のガスは咲田に届かなかった。
「――――甘い」
「なっ!?」
それらはすべて細剣を芯に回るように吸収され、細剣を包む渦となった。
重力と銃の反動で地面を転がった司陰は、それを見てすぐにその場から逃走を図るが、気づけば彼の腰には何か鋭いものを押し当てられている感覚があった。
「ここで降参しなさい」
「……はい」
真剣勝負なら司陰はもう死んだ。
後は靄のみ。
靄の到着は司陰の降参とほとんど同時だった。
咲田は司陰を抱えてその場から跳び去る。
すると、元いた場所を、太い熱線が貫いた。
靄の放射攻撃。
収束した熱が建物側面の鉄筋コンクリートを溶かして内部を焼いたのだ。
咲田が司陰を掴んで跳び去ったのでいいものの、そうでなければ火傷は免れなかった。
「鏡野小隊長、味方を焼くつもりですか」
「あなたは避けるでしょう。それに、司陰君には当たらないよう撃ちました」
当たらないの基準は死なないである。
司陰はこの訓練では死んだことになっているが、さすがに、訓練上は死んでるから、などの理由で味方を殺すように攻撃をするはずもなかった。
咲田は彼女が冷酷すぎないことを確かめて、密かに安堵した。
彼女は司陰を地面にゆっくり降ろしてから話した。
「……いいでしょう。ですが、鏡野小隊長、あなたの負けです。降参しなさい」
「なぜでしょう?」
「私の魔装は【冷渦の細剣】。周囲のエネルギーを吸い取り操ります。そして、あなたの魔装は【熱供の短剣】というエネルギー系の魔装。直接切る以外は私に通用しませんよ」
最初の熱刃攻撃が効かなかったのはこのためである。
そして、この理由で咲田は最初から司陰に重点を置いていた。一旦離れたのは靄を司陰から引き離すため。司陰の経路予測はほとんど無駄だった。
咲田は直前の放射攻撃はしっかり避けたが、それは司陰を抱えていたからで、一人ならすべてを細剣の渦に変えられただろう。
そもそも、咲田に司陰を守る義務はない。
要は、靄には確かに有効打がなかった。
「私の魔装ならそうでしょうけど、他はそうとは限りませんよね」
「何が言いたいのですか?」
靄の顔にはまだ自信があった。
それこそ、勝ちを確信したかのような。
「咲田隊長の魔装はあくまでも細剣の周りにだけ及ぶのでしょう? なら、道端で拾った爆発物を至近距離でくらって無傷とはいきませんよね?」
「爆発物?」
「……あっ」
咲田はまだ気づかず、司陰は彼女がこれからすることを理解した。
靄は咲田へと一瞬で迫った。
その手に、司陰の撒いた爆弾弾倉を握って。
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