二十四話 展望

 休憩室の中、司陰達の訓練の中継が終わって、ゆっくりくつろいでいる真賀丘のもとに海瀬が何かを持ってやってきた。




「真賀丘さんどうぞ」


「何これ?」


「医療班からです」




 海瀬が渡したのは一枚の紙。




「鏡野靄、押山司陰、両名は一週間の任務停止…………なんで?」


「訓練の様子見てたんじゃないんですか?」


「いや、途中から移動が激しくなってカメラが追えなくて、何が起きたかは見てないよ」


「そうですか。えっと……端的に説明すると、二人とも全力を出した感じです。靄さんは大技を二回使って、司陰さんは魔装を暴発させました」




「それと、訓練場の損壊が激しいそうです」、と海瀬は付け加えた。




 どう反応すればいいかと真賀丘が頭を悩ませていると、奥からまた双木がやってきた。




「なんでたかが訓練でそうなるんだよ。あの大隊長、普段ならそこまでしなさそうだけど」


「私にはなんとも…………」


「僕は何となくわかるよ。どうせ、私怨か選別だろう」


「そういえば、鏡野は第二隊の大隊長を望んでるんだっけ。さしずめ、餞別だな」


「そうだね…………」




 真賀丘はかつての咲田と鏡野前大隊長の関係を思い出し、感慨を覚える前に苦いコーヒーを飲み干した。






 ・・・・・






 訓練終了後、司陰と靄は咲田から食事に誘われた。


 場所は本部唯一の駅の前のビルの中。それはまさしく高級レストランという構え。


 ただし、景色に関しては眺めがいいというよりは、建物がごちゃごちゃしていて、かつ地下の天井が近いということで隊員からは不評である。




 そういうわけで、味はいいのに人が少ないレストランということで咲田は食事場所に選んだのだった。


 彼女は店の前で司陰と靄を待っていた。




「二人とも、こっちです」


「あっ、咲田さん」


「どうも、待たせましたか?」


「いや、構いません。こちらが誘ったのですから多少は待ちますよ」




 彼女は水色のコートから青を基調としたカジュアルな服装へと着替えていた。


 もちろん、司陰も靄も同じように私服へ着替えている。




 司陰からすれば、高いレストランでお世辞抜きで美しい女性と食事ができるのは、もはや嬉しいを超えて緊張する。


 さらに言えば、靄も咲田も激しい運動後で、シャワーを浴びたのであろう、シャンプーとリンスの匂いが彼の鼻孔をくすぐり、二人の僅かに上気した頬が凄く艶めかし――――ではなく魅力的に見える。




 とはいっても、司陰は靄の風呂上りなど第四十支部にいた頃に何度も見ている。


 女性の美しさは身近過ぎると気づけないものかなぁ、と司陰は思って靄を見れば、彼女はすぐにその視線に気づく。




「? 何か?」


「いいえ、なんとなく…………」


「二人とも、そろそろ入りましょう」




 咲田は時計を気にしているようだった。


 多少は待つ、というのは嘘ではないだろうが、彼女が多忙なのもまた事実。


 彼女は時計を見て、何かに呆れたようにため息をつくと、戦闘の時と同じ優雅さで店へと先に入っていった。












「どうぞ」


「ありがとう」




 窓際の四人席、ウェイターが不在と見るや、司陰は即座に咲田の先に回って椅子を引いた。


 古典的なレディーファースト、だが女性は決して悪くは思わない。




 強いて言うなら、後ろの靄はすこしムッとしたようだった。








 司陰も靄もいい年の人間だ。


 咲田が「なんでも好きなものを頼んでいいいよ」と言っても、食べきれないほど頼んだりはしない。


 こういう場合はデザートを多めに頼むパターンもあるが、咲田は彼らにとって立派な上司であって、決して月装研の誰かさんのように若干のストレスの対象ではない。




 その一方で、咲田は明らかに二人前の量を注文していた。


 よく食べるなぁ、と司陰が感心していると、彼女はその様子にすぐに気づいた。




「これは私の分ではありませんよ。……実は、あと一人、来るはずなんですが…………」








 注文を終えた後、あと一人は現れた。




 店の入り口付近で覗くようにしている人間、それは海瀬だった。


 彼女は月装研の人間ではあるが、研究には参加せずに他の隊間での仕事を多く受け持っているので、いうなれば月装研と第二隊の橋渡しのような人物だ。


 性格は、兄弟が数人いる中で末っ子でありながらとても気が弱いという、なんとも珍しい人間でもある。




 そんな彼女は咲田の冷たい笑顔を見て戦慄すると、それでも退路はないと思ったのか、諦めたように震えながら彼らのほうへ近づいてきた。




「あの……咲田さん……」


「……私が誘いましたから、大目に見ますよ。ただし、今回は、ですよ」


「は、はい! もちろんです!」




 咲田も鬼ではないので、すぐに海瀬へ着席するよう促した。


 司陰が海瀬の椅子を引こうと腰を上げようとしたとき、横から服の端を掴まれた。




 ふと見れば、靄ががっちりと司陰の服の袖を握っている。


 何が言いたいのかと、司陰は彼女の顔を見ようとしたが、彼女は彼とは反対を向いて、決して目を合わせず、且つ、その手を放そうとしなかった。












 彼らの食事は楽しく盛り上がって終わった。




 その中で、やはり一番の話題は魔装について。


 靄は同じく剣型の【冷渦の細剣】を持つ咲田から多くのアドバイスをもらって、とても満足そうにしていた。




【熱供の短剣】と【冷渦の細剣】はほとんど真逆のような魔装だ。


 だが、同じエネルギー系の魔装なので靄が学ぶことは多い。


 例えば、今後、咲田のように放射攻撃を無効化する手段を持った月晶体ルナモルファスが現れた時、どう対処するかは靄の課題だ。




 一方、司陰は今後の活動についてを興味深く聞いていた。


 どうも、本部に移動になったのには上の人間が絡んでいるらしい。上というのは災害殲滅隊の司令官ではなく、国の上層部のことだ。


 未成年に戦闘させている状況は世間からすればとんでもない話であるし、また、精神面の具合を心配するのも当然であろう。




 ともかく、そういうわけで鏡野小隊は本部に移動と月日高校への転入を命じられたわけだ。


 靄はどうも未だに納得していないようだが、司陰は妥当な判断だと思って咲田の話に文句は挟まなかった。




 その咲田は、今まさに席を立とうとしている。




「それでは、私も予定が詰まっているので先に行かせてもらいます。支払いは済ませてあるので、ごっゆっくり」


「「「ありがとうございました」」」




 咲田の美しく、そして逞たくましい背中を見送った後、残りの三人もデザートを平らげて店を出た。
















 本部駅前で司陰と靄は見送りの海瀬と別れ、また専用線で地上の駅までしばらく座席で揺られていた。




「靄さん」


「なに?」


「今日、いろいろありましたね」


「うん、それはそれは忙しい一日だったよ。私も、もうくたくた」




 それもそのはず、司陰と靄は今日一日で双木、井倉、海瀬、咲田の四人と出会い、さらにはハードな訓練までこなしたのだ。


 特に靄は短剣を散々振り回した腕に相当きているようで、肩を上下させながら手でほぐしたりして、しきりに調子を確かめている。




 司陰はまだ比較的に肉体的な疲労は少ないほうだったので、彼女に親切心で声をかけた。




「肩でも揉みましょうか?」


「うん、お願い」




 靄はすぐに快諾して、背中を司陰のほうへ向けた。


 司陰は彼女の肩に手を置いて、ゆっくりほぐすように手のひら全体で包んだ。


 よく動いたためか、それとも恒常か、彼女の肩は暖かな熱を持っていた。




 靄は最初はビクッとしたりもしていたが、そのうち司陰に背中を預けるようにもたれかかった状態になった。




「……あの、ここ電車ですよ」


「別に誰もいないよ」




 真実、今の時間にこの電車を使うものはほとんどいない。


 運転手すらいないこの車両には、彼らのどんな行為も咎める人間はいない。




 それにしても、司陰は靄が背中を預けてくれるこの状況が嬉しかった。


 きっと彼女も同じだろう。




 やがて司陰が肩を揉む手を止めた後にも、彼女の熱は彼の手を引き付け、地上につくまでずっと離すことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る