閑話 真賀丘、双木、井倉の密談

「――――この衛星写真が例のやつだよ。爆心地付近に無傷の家が確認できる。これが改変後の状態。彼の証言とそのまま一致している」


「加工……ではなさそうだな。ちなみに、これは誰にまで見せれる?」


「昼方、井倉と黒島司令官。あとは……止めたほうがいいか。災害隊以外は論外だけど、大隊長もまずいな」


「てことは、押山本人にも見せられないんだな」


「多分……」




 書類棚が並んで圧迫感のある部屋の中。


 部屋の明かりを暗くして話しているのは真賀丘と双木の二人だ。


 二人は偶然忙しくないのでこうして話せているが、こういう機会は稀な部類に入る。




 二人の立場を考えると、もっと整えられた会議室などで話せばいいのだが、二人ともがあまりそういうことは気にしていなかった。




「『現実改変』、さしずめあの博士の能力の上位互換って?」


「いや違う。そもそも三位一体の能力だから。でも、将来的に単純な戦闘能力で上回るのは確実だよ」


「それを早すぎず遅すぎずで育てろと? どんな無理難題だよ」


「それを言うなら昼片に言え。僕は知らん」


「いや俺の仕事でもないが……」




 二人そろって今ここにいない人物に愚痴をこぼした。


 客観的に見て意味のないことではあるが、日々激務の彼らにとって息抜きは非常に大事なことだ。衣食住の次ぐらいに。




 魔装使いには付くカウンセラーも研究員には付かないし、彼らの会話にカウンセラーはついてこれないだろう。


 気の知れた友人と話す時間は何物にも代えがたい。




「ところで、そろそろ月晶体の代わりにスライムを使うのは止めない?」


「どうして?」


「いやさぁ、この前も不慮の事故があったじゃん。顔面スライムが」


「あれは海瀬が手を滑らせただけで、スライムに非はない」


「いやそうだけど……そうか、うーん」




 真賀丘がさらっと責任転嫁したところで、双木は立ち上がってどこかへ歩いて行った。




 双木は誰もが認める優秀な人材だが、誰もが認める奇人でもある。


 徘徊と偏食はその一部に過ぎない。


 癖とは治らないものなのだなぁ、と真賀丘は学生の頃を思い出して感慨深くなった。




 それはそれとして。


 実際問題、月晶体ルナモルファスを本部で実験に使えないことには困る場面も多い。


 例えば、月晶体を見失わないための染色爆弾の開発には当然本物の月晶体が必要だが、本部ではできないので研究員が出張するしかない。


 そのために国立月晶体研究所月晶研があるのだが、億劫には違いない。




 月晶体を本部に入れられない理由はいくつもあるが、大半はただのカモフラージュで、結局は本部建設開始時から伴う一つの問題に収束する。




「■■■が許せば、か。絶対無理な話だ」






 ・・・・・






 真賀丘が休憩室に戻った時、部屋の中では双木、井倉の二人が話していた。




「おっ、ちょうどいいところに来た。真賀丘、井倉の手伝いとかどう?」


「あれ? そんなに困ってたっけ?」


「いや、手が空いてるなら本当にお願い。今、激務でみんな死にそうで……」


「だってさ」


「ん? ああ、黒島さんが帰って来たからか」




 普段から過重労働の探知業務だが、今は『偽装』を殲滅するためになおさら忙しい。


 井倉の顔が前と比べてゲッソリとして見えるので、よっぽど酷いらしい。




「わかった。後でそっちに行くからよろしく」


「俺も手伝う」


「! 本当にありがとう!」




 探知業務は機械と人で作業をこなすので、多少の心得があれば難しいことではない。


 ただ、それでも要求される能力は多いので、誰にでも手伝えるというわけではない。




 それに、能力があっても他の仕事に忙殺されていれば手伝いはできない。


 井倉がまさにそうだ。




「ごめん。俺は手伝えなくて……」


「まあいいでしょ」


「そうな。俺も真賀丘の仕事とか全く手伝えん」


「そう? 拡張存在強度理論が分かればなんとかなるけど」


「んん、数学以外は無理」


「ごめん、俺もちょっと無理」




 月装研は様々なエキスパートを抱える。代わりに、それぞれの仕事の個人への負担がかなり大きい。


 そして、専門性が高いと融通が利きづらくなる。




 真賀丘も何も本気で手伝ってほしくて言ったわけではないので、すぐに話を変えた。




「仕事のことは置いといて、今度月晶研に行かない? 藤上に送った例の月晶体に、何かしらの進展があったって聞いてるから」


「うーん、行きたいけど……もうすぐヨオスクニのメンテが……」


「俺も、探知が終わらないからちょっとパスで……」


「うーん、海瀬が帰ってきたら聞いてみようか。それか、昼片を誘うか」


「何で日本いないやつを誘うんだよ」


「確かに、勘ぐられたら困るからやめとくか……」




 半分は冗談でできている会話だが、こんな時間でも彼らにとっては値千金だ。


 とはいっても、忙しいことを忘れているわけではない。




 井倉が時計を見て驚いた。




「あっ、俺はそろそろ戻る」


「じゃあ、俺もついていく」


「なら、僕も行こうかな」


「今来るの?」


「後でご飯でも食べに行けばいいよ」




 今日は海瀬はお出かけ中ということで、彼らは外食ができる。




 何も海瀬の飯が美味しくないことはないが、彼らも高給取りなのだからたまには高いものが食べたい。


 本部には商店街や歓楽街こそないものの、飲食店や娯楽施設はあるので楽しみようはいくらでもある。




「本当に、何でお金はあるのに使えないんだろうね?」


「いや、真賀丘はもう引退しても優雅に暮らせるだろ。昼片とタワマン買ったの知ってるからな」


「俺も欲しいなぁ。そのタワーマンションまだ空きはある?」


「ごめん、コネ使って買ったからもう空きはないと思う。それに、今はあの二人に貸してるから」


「押山と鏡野か。てか、俺らは買っても住めないから無駄か」


「酷い話だ。待遇に不満はないけど、マグロ漁師の気分」




 不満はまだまだ止まらない。




「全部が終わったら俺は絶対世界一周する。そしてもう働かない」


「残念。全部が終わったらもう観光地なんて言ってる場合ではなくなるよ」


「本当に、元素計画様様だね。タワーマンションも日本銀行券も全部ゴミになる未来が見えよよ……」


「悲しいこと言わないでくれる? それに、今更裏切りは僕も許さないよ」


「するわけないって」


「約束は守るよ」


「ならいい。そういえばさぁ――――」




 彼らは楽しそうに話しながら、廊下の暗がりに消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る