三十六話 胸中成竹
目覚ましの音が部屋に響き渡る。
司陰は手を伸ばし、それを止めた。
間に障害物はなかった。
「司陰君、朝だよ。二度寝せずに起きて」
靄が優しい声音で司陰を起こそうとする。
「あと……五分」
「ダメです」
靄にキッパリ二度寝を禁止され、司陰は渋々体を起こした。
「目、開いて」
「はい……」
つくづく容赦がないな、と思いながら司陰は眠い目をこすって開けると、そこには朝っぱらから信じられない景色があった。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
「靄……さん。髪が、見間違いでなければ、色が変わってるんですが……」
「すごいでしょ。ヴァーミリオンってやつ」
「す、すごい……? どうして急に?」
「心配しないで。魔装をしまったら戻るから」
靄の言葉通り、すぐに色は戻った。
それでも、朱色の髪のインパクトは司陰をまだ硬直させる。
「何か感想ないの?」
「……ああ、綺麗ですよ。それより、学校どうするんですか?」
「学校? 魔装出さなきゃいいよね?」
「訓練でも?」
「あっ……」
靄の思い切りの良さは紛れもない長所だろう。
ただ、せめて自分に一回相談してほしいというのが司陰の意見だった。
・・・・・
「鏡野。お前、髪をどうした?」
「例の染色剤を使いました」
「浸透染色剤だろう。それは知っている。だが、なぜ使った?」
「司陰君へのサプライズのつもりで……全然先生に反抗しようとかではないんです」
「……もういい。私は教室へ戻るから、これから来る人の指示に従え」
城島は靄の髪についての追及はせず、さっさと朱柚が一人寂しく待つ教室へ戻っていった。
髪色については今更だ。
少なくとも大隊長クラスなら皆が使用している。
元々は兼業している隊員の身分を隠すために開発されたものだが、魔装の展開で髪色が変更できるのは非常に便利だった。
除去剤を使わないと落ちないので、一回で済み髪が痛まないのも利点だ。
靄の髪を未雨と菜小がベタベタ触っていると、訓練場へ誰かが入ってきた。
「皆さんおはようございます。城島さんから任されて、今日一日教官をすることになった、咲田です」
「「おはようございます」」
咲田のあいさつに返答したのは司陰と靄だけだった。
想像以上の大物の登場に他の三人は言葉がでなかった。
お手並み拝見と、全員が一度マンツーマンで咲田から指導を受けた。
咲田はどうやら手加減をしてくれているらしい。
靄はともかく、未雨と菜小が鍔迫り合いができるのは力を抑えてくれている証拠だ。
アドバイスを交えて粘り強く指導を続けている。
近接組の後は遠距離組だ。
といっても、やることは城島の訓練とそんなに変わらない。
司陰が物足りないと思っていると、それを感じ取ったのか、咲田はすぐに訓練を切り上げた。
「あなたたちの改善点は理解しました。気になる点はいくつもありますが、概ね大丈夫でしょう。さすが先生の生徒です」
「ありがとうございます!」と、司陰以外が口をそろえて言った。
思案して咲田の声が聞こえていない司陰へ、咲田は一瞬で詰め寄った。
「暇ですか?」
「あっ、いえ……」
「退屈でしょう? 私も理解していますから。白川、あなたもでしょう?」
司陰も白川も内心を読まれて焦った。
咲田の意図は分からないが、状況がまずいのは分かる。
咲田は司陰と白川を招き寄せて言った。
「城島さんに頼まれた時から疑問でした。どうして銃型の魔装使いの訓練に同じ銃型の魔装使いがつかないのかと。あの人は天才に違いありませんが、そういう肝心なところには目が向きませんから。彼の娘の件がいい例です」
確かに、と二人は思った。
「それで提案があります。放課後に二人で本部の訓練施設を訪れてみてはどうでしょうか」
「いいんですか!? お願いします!」
「僕もお願いします! あっ、その、本部に行ったことがないんですけど……」
「押山は場所を知っています。案内してもらいなさい。許可なら私が出すので心配はいりません」
白川は感無量といった様子だった。
「それから……皆さん、集まってください」
咲田は向こうに残した三人も集めて話し始めた。
「鏡野小隊長と押山隊員には既に伝えたことですが、次の日曜日にある作戦が行われます。それに月日高校の特別クラス全員を参加させる運びになりました」
この話、この場では咲田以外の全員が初耳だ。
皆唖然としている。
咲田は『影入銃士』の詳細を未雨、菜小、白川の三人に説明しなおし、その上で続けた。
「第一隊の白澄大隊長とも相談しましたが、そもそも私たちは主作戦部隊に加わるべきでないという結論になりました。よって、私は鏡野小隊を伴って潜土砲手以外の月を相手します。なので、非正規隊員も訓練の一貫として参加してもらいます。一応強制はできないので任意の参加ですが、安全は私が保証します」
作戦のことを今聞いた三人は司陰と靄を見た。
作戦のことは当然秘匿するべきものなので教えることは絶対になかったが、それでも少し文句は言いたくなる。
咲田は五人の話がまとまるまで待ってから言った。
「それで、参加しますか?」
「「「参加します!」」」
城島と咲田は生徒から離れて会話していた。
「で、私には事後報告か。最終的な許可を出すのは私なのだが」
「司令には話が通っているでしょう? 私以外の人間を通して」
「そうだな。生徒の初陣になるかもしれないんだ。私が知らないわけにはいかない。ただ、許可を出すかは別だ」
「私がつくんですよ? 大隊長が初任務に同行することなんて滅多にないことです。それに彼女がいますから」
「鏡野か?」
「そうです」
教室内。
戻ってきた五人に朱柚が合流して咲田との訓練の反省会を開いている。
城島が朱柚の役割を尋ねたら、なにやら彼女はオブザーバーらしい。
その反省会を尻目に城島と咲田は話していた。
「咲田、それは前大隊長のことを踏まえた『えこひいき』ではないんだな」
「私は公私は分ける人間です」
「月装研との不仲はお前の私情だろう?」
「彼らへの不信の結果です。決して私情ではありません」
城島はそれ以上は聞かなかった。
前大隊長の鏡野と咲田の関係は今の咲田を語るうえで欠かせない要素だ。
そこに触れる話題には彼女は決して譲らない。
月装研の連中に非はないが、それでも彼女は折れない。
城島は手を叩いて反省会を中断させ、訓練を切り上げて余った時間で講義を始めた。
「――――潜土砲手は『潜行』と『砲撃』を持つ、というのは少し昔の考え方だ。今は『偽装』を必ず持っていて、兆候波も出現波も出さない。故に災害殲滅隊の手から逃れて密かに活動を続ける。それがこの現状をつくっている」
『偽装』は既に『自爆』を超えたという見方まであるのだ。
もはや灰色の耐爆コートは過去の産物になりつつある。
「警戒するべきは三つだ。一つ、常に殺意に敏感になれ。体験したらわかるが、潜土砲手の砲撃直前には魔装使いなら絶対に気づける本能的恐怖を覚える。それを無視するな」
「――――二つ、砲撃された方向を仲間に伝えろ。奴らの射程は長くとも500メートルほどだ。二回報告があればオペレーターが場所を特定してくれる」
「――――三つ、周りを見ろ。敵は潜土砲手だけではない。気を取られて『自爆』にあったら全部水の泡だ」
全員が真面目に話を聞いている。
朱柚まで真面目に聞いているので、城島はなるべく優しい口調で話した。
城島は最後に一つ付け加えた。
「お前たちが今回の作戦で潜土砲手に遭遇する確率はほとんどない。だが、ゼロではない。それに敵は月に限らないからな」
「司令!」
「咲田、黙って聞いていろ」
城島は咲田の言葉を遮って続けた。
「怪しい集団がいても決して関わらないでくれ。彼らは私にも手出しができないからな」
「先生、それって……」
「気にするな。関わらなければいいだけだ。そうすればお前たちに危害は加えまい」
城島はそう言い残すと咲田を連れて教室外へ出た。
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