二十一話 第二隊大隊長

来た時と変わらず暗い通路を三人が歩いていく。


 海瀬が先頭で、司陰と靄がそれに追随する。




 広い、暗い、静かと三拍子が揃っており、無言でいると怖気がするため、司陰は海瀬へ質問を山ほどぶつけていた。




「海瀬さん、月装研ってこんな暗い地下にあって……労働環境としてどうなんですか?」


「えっ、いや、月装研は上のビルだから……さっきの部屋はただの談話室。それに、ここら辺は一応一部の月装研メンバーの寝泊りする場所だから……」


「私からも質問いいですか? 司陰君から人に会ったと聞いたんですけど、寝泊り場所の近くをほかの人が通るってどうなんでしょうか?」


「えっと、それは――――」




 災害殲滅隊直属対月晶体装備開発研究隊ビル直下の部分には、元々は倉庫兼資料室を作る予定だった。それが、保管物質の危険性と資料の機密性を考えて別に移され、残った場所には機密を扱える隊員のみのための居住施設と資料室が作られた。


 なお、住んでいるのは現在、真賀丘、双木、井倉、海瀬の四人だけで、わざわざ紙の資料を取りに来る隊員は滅多にいない。トイレで咲田と出くわしたのは完全に予想外。




 言葉が詰まって聞きづらい海瀬の言葉を要約するとこうだ。




「なるほど、それは警戒できませんね」


「ええ……海瀬さん、一人の女性として私から言わせてもらうと、隣人は選んだほうがいいですよ」


「あの人たちはそんなヤバい人たちじゃないです!」




 です――と声が響き渡る。


 海瀬は思い直して、やっぱりあの人たちは少しヤバい人たちだと思ったのか、下手な咳をして誤魔化した。




「ほら、出口はそこですよ。行きましょう」




 海瀬は案内役ながら一人で出口へと駆けていった。






 ・・・・・






 三人が歩くのは地下の地上。


 いくら照明が明るく照らしても、陽光の赤外線のもたらす温かみは人工照明にはない。


 司陰と靄が本部に来て少しは時間が経っているが、照明は均質な光を降らすだけなので時間の流れを非常に感じにくい。




 海瀬が腕時計を確認して、なにやらため息を一つため息をついた。




「思ったより時間が過ぎてる……これは、まずいかも……」


「咲田さんってそんなにせっかちなんですか?」


「はい、前に約束に十分遅れたときは、それはそれは怖くて…………。だって、あの人身長高いのに、私の目の前まで詰め寄ってきて、『知っていますか? 災害殲滅隊には公にはできないような拷問施設があるそうですよ?』とか呟くんですよ! あの人絶対拷問の経験あります!」




 思っていたより怖いエピソードを聞いて、うわぁ、と司陰も内心思って、横の靄を見れば、平然としている。


 彼女は剛胆なのか、興味がないのか、司陰が見ていることに気づいても首を傾げるだけで、何も言わない。




「靄さん、今の話、平気なんですか……?」


「まあ、ありそうだと思ってね。私もそれくらいはする覚悟はあるよ」


「それくらい……?」




 彼女の夢はゆくゆくは咲田隊長のようになることだとして、司陰は、彼女は少しどころか随分災害隊に毒されているのではと思った。




 彼女の言葉には海瀬も思うところがあったようで、足を止めて振り返って熱弁を始めた。




「ダメですよ! 鏡野さん! 隊長たるもの部下の言動を厳しく指摘するのではなく、やんわり示すぐらいでないと!」


「あの、海瀬さん、」


「あの人のように、脅迫や拷問に手を染めてはいけません!」


「そう。覚えておくわ」


「そうです、かが――――さ、ささっ、咲田さん…………」




 海瀬の背後には気づけば水色の華麗なコートを纏った女性が立っていた。


 トイレの時と同じく青筋がこめかみに浮かんでいる。




 咲田は無言で弁明を待つが、海瀬は驚きと恐怖で口をパクパクと動かすのみ。咲田の足は動いていないのに、海瀬は錯乱して彼女の顔がどんどん迫っているように感じた。




「それで?」


「あっ、えっ、その、すみませんでした!!」




 海瀬は腰が抜けながらも全力で今まで来た方向へ走り出した。




「すごい怯えようだ……」


「ちょっと可哀想かな……」


「情けは無用です。彼女には定期的にお灸を据えるぐらいがちょうどいいもの」




 海瀬の背中は、「案内ありがとうございました……」という司陰の言葉よりも速くこの地下の街のどこかへ消えていった。
















「改めて、私が災害殲滅隊第二隊大隊長咲田美明さきたみめいです。ちなみに、あなたたちのことは以前から聞いているので知っていますよ、鏡野、押山隊員。その年齢で既に脅威度Cランクを難なく倒すとか。正直、私は誇張だと思っていますが」


「いえ、誇張はありません」


「靄さん……」




 司陰には、咲田の目には冷徹があるように見えた。


 そんな彼女の目から逃れるため、あるいは靄の無謀な大胆さを咎めるために司陰は靄に耳打ちした。




「何?」


「第二隊の大隊長なら俺たちの一番上の上司でしょう? よく考えてしゃべったほうが……」


「私が考えてないって?」


「そうでなくて……」


「不安なのはわかるけど、まあ見てて。どうせいつかは通る道だよ」




 靄がいずれ大隊長を目指すなら、鏡野小隊が属する第二隊の大隊長との関係は持っておいて損はない。


 それに、彼女は自分が咲田の跡を継ぐに足る資質があると信じており、それならなおさら関わりは深いほうがいい。








「鏡野隊・員・、最年少の小隊長、入隊してから一年と少しながら豊富な戦闘経験。確かに一般的な隊員とは一線を画すものがあります。ですが、同僚との不仲、長期間の単独任務従事、とても人をまとめられる人間の器だとは思えません」


「お言葉ですが、本当に人をまとめる能力が求められるのですか? 確かに、隊員を管理することは大切かもしれませんが、大隊長に求められるのは脅威度Bランク以上の月晶体ルナモルファスとの戦闘能力のはずです」


「なるほど、よく勉強しているようで」




 靄の言った、脅威度Bランク以上との戦闘能力が必要というのはどこかに明記されたものではない。


『災害殲滅隊及び関連項目について』では、咲田の言う通り統率能力が必要とされている。




 ただ、実際には隊の管理は小隊長や大隊長下で働く隊員の仕事であり、大隊長には権限はあっても義務はないというのが正しい。


 結局のところ、戦闘における純粋な実力のみが彼らに求められている。




「【熱供の短剣】については聞き及んでいます。かなり万能な魔装であると。もうしばらく戦っていけば、やがては私に及ぶでしょう。……正直に言うと、私の後継に相応しい人間というのは今のところ現れていません。あなたも所詮は親の七光に支えられた人間かと思いましたが……どうやら違うようで」




 そう言うと、咲田は二人に背を向けてどこか遠くを見つめた。


 直接的な会話に、司陰は横でずっとハラハラしている一方で、靄はよい手ごたえを感じていた。




 やがて咲田は一つの結論にたどり着いたのか、二人に振り向いてこう告げた。




「いいでしょう。鏡野靄、あなたを私の次の第二隊大隊長に指名します。私が大隊長を辞める時には、あなたへ権限を速やかに委譲するよう手配しておきます」


「っ! ありがとうございます!」


「ですが、一つ条件があります」


「条件……?」




 咲田は司陰を見つめ、さらに厳かに告げた。




「押山司陰、彼と最大限協力することです」

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