【熱供の短剣】

九話 二人だけの生活

 第四十支部と第三十九支部の間ほどにある公園の前。

 明け方早くから二人の男性が話し込んでいた。


「真賀丘さん、久しぶりだな」

「そうでもないだろう、角正」


 真賀丘が角正へ缶コーヒーを投げ渡す。

 角正はそれをキャッチして一口付けてからまた話し始めた。


「例の少年、あんたのところに行ったらしいな」

「ああ、もともと彼の親を通して様子を見てたしね。全部誰かの計画通りさ」

「もう戦わせてるんだろう。鏡野についていくだけでもすごいのに、それがこの短期間でとはな……全部あの人の計画通りか?」

「そうだよ。むしろ計画通りに行き過ぎてつまらないぐらいだね」


 真賀丘はそう言うが、角正の目には彼は少し楽しそうに見えた。心なしか缶コーヒーを飲むペースも速く見える。

 角正のそんな視線に気づいてか、真賀丘は缶コーヒーを飲み干して言った。


「最近は予想外のことばかりだったからね。例えば君が戦ったあのBランクは「自爆」の後も残っただろう。加えて僕のところでもCランクで「偽装」の異能を持つ月晶体が出たしね」

「それは……大丈夫だったのか? 鏡野小隊長と押山隊員……二人には荷が重そうだが」

「ははは、笹池小隊長、甘く見過ぎだよ。二人とも無傷だ。それに……全部彼の予想通りさ」



 ・・・・・



「出張?」

「出張というか出頭だね。本部からの呼び出しさ」

「また何かやらかしたんですね。早く自首してください」

「なんで犯罪者扱いなのかな」


 災害殲滅隊第四十支部のソファでは真賀丘と司陰と鏡野が談話していた。


 Cランクの月晶体との戦闘から数日が過ぎ、明日からは学校が再開するので長い休みもとうとう最後を迎えたのだった。とはいっても月晶体との戦闘は何回かあり、なおかつ災害隊に入って間もない司陰はやるべきことが多く忙しい日々が続いていた。


「僕のことより、君たちは明日から学校だろう。宿題とかは大丈夫かい?」

「ええ、問題ありません。私は二日前にすべて終わらせました。もちろん司陰君も」

「……あと二時間で終わります」

「いや終わっていないじゃないか。鏡野君もね、部下ができてはしゃぐのはいいけど、新入隊員を連れて回り過ぎるのはよくないよ」

「はしゃいでないです。それに、昔の私でもこれくらいはしてましたよ。彼にもできるはずです」


 司陰も内心はちょっとハード過ぎると感じている。

 だが、鏡野があまりにも堂々とそう言い切るのものだから文句も言いづらい。


 真賀丘はそんな二人の内心を見透かしてか、深くため息をつくとコーヒーを啜ってから言った。


「僕はしばらくこの支部を離れるからね。その間にお互いのことをよく知っておくんだよ。……そうだね、僕の友達に言わせればお互いのパーソナルエリアに踏み込めるぐらい……かな」




「ねえ、ちょっと出かけない?」

「今からですか?」

「別にまだ遅くないでしょ」

「まあそうなんですけど……」


 現在時刻は午後三時。

 朝の会話の後、真賀丘が荷物を持って支部を立ってしまったので司陰と鏡野だけになり、どことなく気まずく話しづらくお互い個人でできることをしていた。司陰は宿題を含む学校の準備を、鏡野はそれに加えて支部の周りを走ったりしていた。

 とはいえ、明日からも二人だけなのにこんな状態ではダメだと二人とも思っている。

 だから二人とも意味もなく大部屋のソファに無駄に礼儀正しく座っていたりする。


 そして先に鏡野が切り出したわけだ。


「真賀丘さんの言ったこと気にしてるんですか?」

「い、いや違うから! なんて言えばいいのかな……ほんとに、ほんとに少しだけ罪悪感を感じてるの。ちょっと戦わせすぎたかなって」


 司陰からすればちょっとどころかだいぶではないかと思うが、当人が申し訳なく思っていそうなので彼は触れないことにした。

 それに彼にとってもこの提案は妙案だ。誰も微妙な雰囲気で他人と過ごしたいだなんて思わない。

 彼女との関係を深めることは百利あって一害なし、といったところだ。


「じゃあ暗くなる前に帰りたいんですぐに出ましょう。どこに行きます?」

「そうね……とりあえず私についてきて」




 しばらくして、彼らがいたのはスーパーマーケットの中だった。


「さ、食材を買い込むよ」

「はあ、このスーパーですか……」

「何か嫌なの?」

「いえ、ちょっとここもトラウマになりそうで」

「ふーん。さあ行きましょ」


 一週間分の食材をカゴに入れていく。真賀丘はいないので二人分だ。

 司陰は遠慮気味に、鏡野はどんどんとカゴに入れていく。


「お会計は?」

「ああ、私が払うよ。司陰君まだ給料出てないでしょ」

「給料? 出るんですか?」

「出るに決まってるでしょ。私たちは命を懸けて働いてるの。金額を見たらたぶん驚くと思うよ」




 買い物が終わってさらに鏡野は店に立ち寄った。

 鏡野が司陰を連れて行ったのは毛染め液のコーナー。


「なぜここに?」

「それはもちろん色を決めるためよ」

「えっと……どうすれば」

「適当に決めて」


 適当に決めろと言われても司陰に髪を染めた経験があるはずもなく、何がいいのかさっぱり分からない。

 そして彼は迷った挙句に至極適当な決め方をした。


「じゃあ、魔装に合わせて紺で」

「よし、紺ね」


 鏡野は色を確かめるとそのまま店の出口へ歩いて行った。


「え、買わないんですか?」

「買わないよ。見に来ただけ。じゃあ、早く次へ行こう」


 司陰は鏡野の行動の意味を図りかねて戸惑いつつもまたついていくことにした。




 鏡野が最後に連れてきたのは地元で有名な「人形桜」という桜の木だった。

 数日前なら薄桃色の花びらが覆っていただろうその木は入学式からだいぶ日がたった今は緑の葉桜となっている。


「あー、もう散ってるか。残念」

「……? 人形桜はかなり有名なんで昔咲いているところを見ましたよ」

「いやいや、なんというか風情がないでしょ。本当は夜に連れてきたかったんだけど」


 葉桜を見に来る人間はいないのか、小高い位置にある「人形桜」の周りに人影はない。

 鏡野は人形桜の足元に近づいてしゃがむと地面を撫で始めた。


「あの……何してるんですか?」

「ちょっとね、思うところがあって。それに、ここに来たら毎回こうするの」


 その後しばらく無言が続く。

「人形桜」の葉と鏡野の髪を風が揺らしている様子しか変わり映えがない。




 その静寂を破ったのはいつもの音だった。

 司陰がスマホを取り出して確認すれば、ヨオスクニからの通知が来ていた


 内容は明日の午後八時頃にDランクの月晶体が出るとのこと。

 Dランクの月晶体の兆候波は約一日前に観測されるので正常だったが、この場にはあまりふさわしくなかった。


「鏡野さん……明日の午後八時頃に……」

「Dランクの月晶体でしょ。……わかったちょうどいいから帰って確認しましょう」

「……そうしましょう」




 帰り道、司陰は真賀丘の言葉を思い出し、天を仰いでこう内心で呟いた。


(踏み込める気がしないな…………)

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