八話 始まりの始まり
地球が回る限り夜は必ずやってくる。
夜は人間には恐怖そのものだが、人間以外には、例えば月晶体には安息の時間かもしれない。
・・・・・
昼間、司陰は溜まっていた学校の勉強を消化した後に魔装の訓練をした。それは【紺黒の銃】の可能性を引き出すものというより、実戦向けの訓練だった。また、他にも戦闘面以外の必須知識も頭に叩き込んだ。
例えば、統合司令システム、ヨオスクニの利用方法など。
「君にもヨオスクニの利用許可が下りたから渡しておくよ」
そう言って真賀丘が司陰に手渡したのは司陰の携帯電話、いわゆるスマホだった。
「……俺のスマホはパスワードをかけてたはずなんですが……」
「ははは、僕の友達に頼んだらすぐだったよ。ヨオスクニのセキュリティに比べたら造作もないってさ」
「なるほど……」
司陰もとっくに真賀丘の非凡さには慣れているため追及はしなかった。気づけば彼はもはや一般人の考えを捨てていた。
司陰が鏡野と向かった先はとあるショッピングモールだった。近くには駅もあって人がたくさん集まる施設で地下駐車場まである。
二人とも白色コートを纏っていることもあってまるで儀式のようだ。
予測出現位置は吹き抜けになっている一回の中央広場。鏡野と司陰はそこに陣取って作戦を立てた。
「今回は私が主に攻撃するからあなたは支援に専念してください。攻撃は出現し終わるまでの間だけで結構です。後は扉に近い位置で逃走を阻止してください。それから、間違っても私を誤射したりはしないでください」
「了解です。もし結晶がショッピングモールの奥に逃げた場合はどうすればいいですか?」
「結晶……まあそっちに逃げたら私が追います。それと、結晶は
「ではなんと呼べば?」
まさか
「月。私たち災害隊は任務中はこう呼びます」
「3、2、1、今!」
空間がうねって歪みをつくり、その歪みを前のDランクの月晶体を貫いた時よりも速くなった弾丸が通過する。
前回の月晶体は脅威度Dランクなので、全体が現れるまで攻撃を待った。
今回の脅威度Cランクの月晶体は稀とはいえ異能を持つことがあるので、こうして出現と同時に攻撃、ゲーム風に言えばリスキルを行うことが推奨されるようになる。
そのリスキルだったが、弾丸は歪みから指数本分離れた位置を通った。
明らかな失敗だ。
練習が短時間なので練度不足ということもあるが、どちらかというと緊張して手元が狂ったということだろう。弾丸は床に埋まってしまった。
「任せて!」
外すことも想定内だったのか、鏡野がすぐにカバーする。手に一瞬で【熱供の短剣】を現わして体勢を低くし、瞬く間に床を這うようにして歪みにたどり着く。
赤く白く輝く短剣が歪みを正確に切り付ける。接触した部分から月晶体を削って散った粉が舞い煌めく。
やがて歪みが大きくなると月晶体の出現速度も上がって火花が散るような激しい様相を呈する。
司陰は戦闘中ながら彼女が一人で戦えた理由に納得した。【熱供の短剣】は確かに万能だが、彼女の戦闘からは常人にはない美しさがあって類まれなる才能が溢れている。
彼女自身がまさに月を引き裂く短剣なのだ。
脅威度Cは兵器相当との評価だったが、災害隊の若い小隊長一人に完封されるようなら弱いのでは、そう司陰は思った。
現に彼が一時間で考えた仮の必殺技も無駄になろうとしている。
その時、警報が鳴った。
ヨオスクニからコートに付けられたスピーカーを通しての警報。マニュアルによれば出現波を観測した際に発せられるもの。
先に鏡野が辺りを素早く見回し、それに司陰もつづく。
ブティック、カフェ、アイスクリーム屋にエレベーター。どこも普通だ。一階の店には異変はない。
「司陰君!」
鏡野は名前しか叫んでいないが司陰はすぐに彼女が何を求めているか分かった。
スマホを出してヨオスクニを開けばすぐに位置は分かる。
出現波の位置はショッピングモール内に見られなかった。
考えうるのは脅威度Bランクにすべてが分類される
それらは兆候波が全くないことがあって事前に出現タイミングを予測することが難しいという。ちょうど今ここの近辺で現れたのかもしれない。
だが、そういう場合は大抵出現波もカモフラージュするため、なかなか考えづらい。
「待ってください! 場所がわかりません!」
「すぐに探して!」
司陰が焦る間も鏡野は歪みを削り続けていて手が離せない。
ここは司陰がヨオスクニを使って見つけるしかない。だが、彼はまだアプリケーションのすべてを理解しているわけではないので、当然なかなかうまくいかない。画面上の地図には一つしか点はなく、それが月晶体の位置を示すなら月晶体は単独のはずだ。
急がば回れ、一度落ち着かねばならない。
彼は焦りつつも最初のことを思い出す。
あの日彼が出会ったのは見た目は女性で実際は月晶体のという化け物だった。
その化け物から司陰は奇跡的に生還した。
なぜか、それはあの災害隊員に助けられたこともそうだが、その月晶体が弱っていたことがやはり最大の要因だろう。
でなければ逃げようとしたところで次の瞬間にはあの世へ旅立っていた。
その月晶体が弱っていた理由、それは司陰の家を潰したあの爆発だったそうだ。
彼はあの時の詳細をいまだに聞かされていない。それはおそらく彼への配慮であろうが、知識が伴えば自ずと真実は見えてくる。
民間人と警官を殺してその後に駆け付けた災害隊員を一度撃退、必殺技を使ったとするなら後者の災害隊員を撃退するためだろう。
『自爆』、そう解説されている異能だ。
日本では、最も昔から月晶体が使い続いている異能。
諸事情で自衛隊を運用できない日本は数少ない魔装使いに月晶体との戦闘を頼らざるを得ない。なら月晶体と災害殲滅隊で削りあいを続ければどうなるのか、その答えは今の月晶体が体現している。
『災害殲滅隊及び関連項目について』の巻末には戦死者が載せられている。近年は『自爆』対策の普及で戦死者は減少傾向にあるが一昔前の隊員は大勢道連れにされている。
今でも『自爆』による被害は後を絶たない。それは死ななかっただけで脱落した人間はもっといるのだろう。彼らの無念はいかほどか。
『自爆』の項目には必ずこの記述がある。
不意打ちに気をつけなさい、と。
「鏡野さん!! 上!!!!」
「……っ!!」
それはヨオスクニの欠点だった。平面図に投射されたマークは重なれば一つに見える。
ホログラムのように立体的に投射すれば解決するのだが、一般の機器にそのような機能はない。汎用性を追求したヨオスクニに専用端末は存在しない。
すぐに目を移せば透明な――氷が目で見えるように空気との屈折率の違いで視認できる――月晶体が鏡野に迫っていた。歪みは吹き抜けのほとんど天井部分にある。見上げなければ視界に入らないわけだ。
すぐに鏡野が短剣を手元に引き戻し、落下による衝撃を受けるために構える。
司陰も援護したいが銃の鉄則で味方が近くにいるため撃てない。
鏡野は固相の月晶体の落下攻撃を短剣で軽くいなして一度距離をとる。
その際に彼女は背に隠した左手から二本目の【熱供の短剣】をまだ出現中の月晶体へ投擲するが、数秒で十分な体積を得た月晶体はそれを固化して弾いた。【熱供の短剣】も投擲した程度では固相の月晶体を破壊できないようだ。
気づけば鏡野と司陰は二体の月晶体によって分断されてしまっていた。
鏡野が奮戦する一方で、司陰は準備を続けていた。一発一発と弾丸を中央広場を囲む柱に撃ち込んでいく。ショッピングモールを支える柱は太く、たかが弾丸を一発撃ち込んだところでびくともしない。
だが、月晶体を囲む位置にある各柱へ撃ち込んでおくことが大事だった。
最後の柱へ弾丸を撃ち込んだ時、司陰は背後から嫌な気配を感じた。
「司陰君、右!!」
鏡野の指示はやはり雑だが今は何も問題はない。
司陰が咄嗟に跳べば、元居た場所に数多の針が刺さるのが見えた。もし回避が遅れていたら針のむしろだ。しかもその針はあの時に司陰の逃走力を奪ったものと同じだろう。今は耐晶コートが着ているためあの時のようにはならないが、万が一貫通して体に刺されば死は免れられない。
司陰がすぐに体を起こして見れば、今異能の針を放った液相の月晶体と鏡野と対峙している固相の月晶体が見える。
正直なところ、鏡野の【熱供の短剣】が万能すぎるがために、彼女にできないことは司陰にもだいたいできない。鏡野の短剣の投擲が防がれたなら、司陰の銃にしては遅い弾丸も防がれる可能性が高いしそもそも撃ちあいを制するような力はない。
だがそんな状況を覆す力を持っているのが人間だ。
「鏡野さん跳んで!!」
どこに跳べともどれくらいとも言ってはいないが彼女はこの仕事に慣れている。すぐに最適な判断をしてくれるだろう。司陰の懸念は足を地面から離す危険性を彼女は避けるのでないかということだったが、それは杞憂だった。
鏡野は吹き抜けの三階部分へと大きく跳躍した。
そしてその瞬間、司陰は仕込んだ弾丸を起爆する。
一瞬フロア全体が凄まじく揺れたかと思うと中央の床が抜ける。二体の月晶体はバランスを崩して床の大穴に吸い込まれるように落ちていく。
司陰は柱と床の支持部分に強い衝撃を与えて壊した。
柱が支えているのはなにも上の階だけではない。上部の建造物の重力はうまく逃がさなければ下の階を簡単に砕く。司陰は地下駐車場を利用して月晶体を落とすことに成功した。
「よし、一体完了。そっちはどう?」
「ちょっと待ってください。瓦礫が重くて……」
崩れた床の残骸から鏡野が一体を見つけ出して葬った。
司陰は見当はつけたものの手間取っている。
「任せて。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
大人一人分ほどの重さの瓦礫をどかせば微かに透明な液体が隙間から見えた。
「どうしましょうか?」
「うーん。……そういえば、まだ使ってないでしょ、腰のナイフ」
「あっ」
司陰は晶化ナイフのことがすっかり頭から抜け落ちていた。液相の月晶体なら晶化ナイフで十分で、わざわざ逃げ回る必要もなかったわけだ。とはいえ、司陰に近接戦闘能力があるかというと微妙なところだが。
「知ってると思うけど在庫はたくさんあるから今ここで使っていいよ」
「無駄遣いしていいんですか?」
「別にいいよ。これでご飯を食べてる人間もいるだろうしね。じゃあ、よろしく」
「わかりました……」
月を冠しながら埃に埋もれる
「チェックメイト……ってね」
落とされたナイフは月を貫き共に砕け散り、ナイフの黒い欠片のみが瓦礫の間に残されていた。
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