七話 反省と自覚

 From:昼片

 To:真賀丘


 件名:俺の仕事は雪遊びでも送迎係でもない


 緊急の用件は既に目を通してある。

「自爆」を耐えれそうな異能はいくつか心当たりがあるが、今回のは「寄生」が原因で間違いなさそうだ。


 渡米して博士とあの人の様子を確かめるついでに、国連に寄って非公開データのある国際月面開発機関のデータベースにアクセスしようと思う。


 それから、例の月晶体の移送先は月晶研にしておいた。本部には入らせないから安心していい。

 ただ、その月晶体はいつか彼に接触させてくれ。


 これは俺の推測だが、例の月晶体は彼の役に立つ。



 ・・・・・



「反省点はわかる?」

「そうですね……早く撃ちすぎたことですかね」

「それも一つだけど……もっと大きなことが一つあるよ」

「うーん……」


 司陰と鏡野は支部に帰還した後、大部屋のソファで戦闘の反省会を開いていた。


 なお、今夜の晩ご飯の担当は真賀丘なので、さきほどからジャガイモの皮を剥くのに四苦八苦している声が台所から聞こえている。


「あなたが撃った弾丸は月晶体を抜けてどこに行ったのかな?」

「それは……どこかに」

「民家の窓ガラスを砕いているかもよ」

「……? 高校の廊下は消し飛ばしていいのに窓ガラスは駄目なんですか?」

「…………さて、他に気づいたことは?」


 鏡野があまりにも露骨に話題転換したものだから、次は玉ねぎに目がやられた人間の「僕に負担がかかるからやめてね!」という声が台所から聞こえてくる。

 もちろん鏡野は露骨にその声を無視する。

 長い付き合いだからか、あるいは彼女の面の皮が厚すぎるのか。


 司陰が一日過ごして気づいたことは、鏡野と真賀丘の関係は娘と父親の関係に似ているということだ。


「なんで最後にわざわざ足で踏み抜いたんですか?」

「たいした意味はないよ。そう……八つ当たりみたいな」




 司陰は夕食後にソファでくつろいでいた。

 もはや大部屋のソファが彼の定位置になりつつある。

 鏡野は風呂に入り、それを見送ると真賀丘は司陰の対面へ座った。真賀丘はちょくちょく鏡野の居ないときに司陰へ内緒話をする。


「夕飯おいしかったかい?」

「ええ。おいしいカレーライスでしたよ」

「それはよかった」


 彼らは当たり障りのない会話から始めた。


「君は自分をどう思う? 慎重かい? それとも普通かい?」

「自分をですか…………まあ、普通の人よりは慎重なんじゃないんですかね」

「確かに、鏡野君と比べれば君は百倍は慎重だからね」


 真賀丘があまりにもサラッと悪口のようなことをいうものだから、司陰は大抵言葉を続け辛くて困る。


「一歩間違えれば死ぬ仕事ですよね、それを高校生が続けられているなら慎重さは人一倍あるんじゃないんですか」

「そうかい? 無謀な人間でも運がついてれば続くものだと僕は思うけどね」

「……たとえそうでも、無謀さと運を兼ね備えるなら十分では?」


 真賀丘は司陰の言葉を聞いてうーむと唸った。

 考えさせられた、というよりは司陰の考え方に異論があるような。


「……司陰君、君は鏡野君を完璧な人間か何かだと思っていないか?」

「実際そうでは?」

「いやいや、彼女はまだまだ未熟だよ。ほとんどすべてがね」

「それはどういう……」

「これ以上は話せないよ。後は彼女から教えてもらえばいい。……なんだか話が逸れてしまったね。とにかく僕が言いたいのは、君には彼女の足りない部分を補ってほしいということさ」


 真賀丘はおもむろに立ち上がって自分の仕事机に戻っていった。

 彼は戻り際に司陰に一言掛けた。


「そうだ、忘れるところだったよ」

「なんですか?」

「君の家を見に行くといい。そろそろ気になっているだろう」

「……そうですね、わかりました。明日行ってみます」


 何気に司陰の帰る家は瓦礫の山のままだ。

 それは確かにショックなのだが、非現実的なことの連続がその衝撃を洪水のように流してしまっていた。


 司陰にとって現場を見ることは辛いことかもしれない。

 だが、真賀丘は逃避より成長することを彼に望んだ。




 翌日、早朝から第四十支部の実験室では爆発音が響いていた。


「ちょっと、うるさ……何やってるの?」

「あははは…………自主練を少し……」


 鏡野が部屋を覗けば、訓練用の的が無数に穴が開いた状態で立てられていた。

 いくら実験室が防音仕様でも金属製の的を射抜く音は完全に抑えられるものではない。


「なるほど、自主練とはいい心がけね。でも、何回も言ってるけど音は抑えたほうがいいよ」

「そうなんですけど……無音だと威力の調整がうまくできなくて。音の調整は後回しで今は威力の調整をと思って」

「ふーん」


 鏡野は司陰の横を通り抜けて、的の横まで歩いた。そしておもむろに【熱供の短剣】を現わすと、引き絞るようにそれを持つ手を体の横に引いた。

 すると【熱供の短剣】が急に輝いて、勢いよく振るわれたそれが金属製の的を両断した。

 半分に分かれた的は地面に転がってまだ赤熱している表面を見せている。


 司陰が穴一つ開けるのにも苦労した的を、鏡野は数秒とかけずに真っ二つにして見せた。


「…………」

「銃型だと難しいかもしれないけど、こういう技術も必要だから練習してね」


 鏡野はすぐに魔装を虚空に消した。特になんとも思っていないのか、得意げな様子もない。

 司陰は絶句して言葉が出ないが、心の中ではこう思った。


 レベルが違う、と。




 すっかり日が昇ったころ、司陰は元々自分の家があった場所へ徒歩で向かった。

 朝に鏡野との力量差を見せつけられたせいで心がもやもやしており、それを解消する意味も兼ねてのことだった。


 現場に近づけばクレーンやショベルカーが見えてくる。

 だが、まだ早朝のためか人の気配はない。


 あの日もこんな雰囲気だったな。


 司陰は心の中でそう独り言つが、すぐにその雰囲気は薄れた。




「やあ。君もかい?」

「え……ええと」


 背後から司陰を尋ねたのは一人の男性だった。

 顔から判断するに中年ほどだが、彼はとても目立つものを手に抱えていた。

 それは花束だ。


「ああ違ったか、すまない。何気に私も気分が沈んでいるもので、通りすがる人全員が暗いようにしか見えないんだ」


 気分が沈んでいる、三日前、司陰はすぐに目の前の瓦礫の山と関係することだと気づいた。


「合っていますよ。俺も花は持っていませんが同じです」

「おお、そうかい。君みたいな若い子まで……」


 その男性の向いているほうへ目を向ければ、既にいくつかの花が供えられている。


「実は私は警察の人間なんだよ」

「そうなんですか」

「ああ。この事件で六人も私の部下が死んでしまったんだ! どうしてこんなことになってしまったのか……彼らにも彼らの帰りを待つ家族がいたのに……」


 司陰が見るに、警察の人間だというその男性は相当に打ちひしがれて傷心状態にあるようだった。別に司陰以外の第三者が見てもそう思うだろうが。

 彼はしばらく男性の話を聞いた。


「彼らの家族は言葉にできないほど悲しんでいてね、私はせめてもと真相を調べようとしたんだ。そしたらどうだ、全く調査が進まない。何も進展がないままもう三日も過ぎてしまった。このままでは彼らの家族に示しがつかない。それなのに、いつまでたっても上からの返事はよくない。これだけ大規模な爆発が住宅街で起きておいて真相が不明? その前に起こった殺人事件の犯人も不明? ふざけるな! 一体全体何が起こっているというんだ…………」


 司陰が見たニュースではガス爆発ではと言われていたが、警察でも結局真相は不明とされているらしい。

 いまの司陰なら何が起こったかはわかる。大方、月晶体が全員殺害した挙句に災害隊と戦った後にすべて吹き飛ばしたのだろ。そしてそれをこれ幸いと隠ぺいの口実にしたのだろう。


 災害隊が悪いとも言えない。すべての元凶は月晶体で、隠ぺいした災害隊に非はない。真実を知る人間をむやみやたらに増やせば混乱を招き、被害はもっと拡大する。

 ただ、隠ぺいで困るのは遺族だろう。家族に関係者がいない人間は一生真相を知ることができない。

 今、目の前の男性のように。


「真相がわかるといいですね」

「そうだね。私の一生をかけて暴いてみせるよ」


 そう男性は言っているが、おそらく一生真相にたどり着けないだろう。

「災害殲滅隊及び関連項目について」で魔装の発現は頭の柔らかい若い時期に起こりやすいという記述がある。中年の彼が魔装を発現させるのは難しい。研究部隊に入ることや真相を知るための権力を得ることはもっと難しい。すなわち、彼は真相にたどり着く資格を得られないのだ。


 残酷すぎる、と司陰は思った。

 なんで自分に魔装が発現して彼に発現しないのだろうか。答えは単純だが、それは理不尽の一言に尽きる。




 そして彼はやっと気づいた。


 自分の体験したものすべては夢や幻などではないのだと。

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