十一話 単独行動

脅威度


 月晶体などを強さごとにランク付けしたもの。基準は国際月面開発機関が設定している。

 Sランク

 現状、時空の天災のみ。世界間で協力してなお討伐には多大な犠牲を伴う。


 Aランク

 年間二桁未満の発生報告がある。発生すると周囲一帯は破壊し尽される。犠牲なしでの討伐は困難。すべて知月晶体である。知月晶体を放置した場合に昇格するため自然発生するランクではない。知月晶体には兆候波なしに出現するものがいるため未然に防ぐのは困難。


 Bランク

 知月晶体と一部の月晶体が位置付けられる。基準は人類への脅威となるかのため強さはまちまち。ただし弱いものでもベテランの魔装使いを殺す力があり、強い月晶体は都市を壊滅させることがあり、それが知月晶体だとAランクに昇格する。一般に一か月以上前には兆候波が観測される。「Bランクは魔装使いだと考えろ」。


 Cランク

 一般兵器でも十分対抗可能。しかし対処が遅れると甚大な被害を起こす。兆候波は平均で三日前に観測される。


 Dランク

 最も発生数の多いランク。人的被害を起こすが物的被害はあまり出さない。兆候波は平均で一日前に観測される。魔装使いがDランクとの戦闘で命を落とすことはほとんどない。


 Eランク

 兆候波も出現波もほとんどないため正確な発生数は不明。存在は確認されているが何を行っているかは不明。人的被害はほとんど出さないと考えられている。


 兆候波 月晶体予測出現地点で発生する空間振動。


 出現波 月晶体出現時に発生する空間振動。



 ・・・・・



「ここが……下水場……?」


 司陰が鏡野の指示でやってきたのは、いくつも四角く広い池を持つ、まさに下水場だった。

 管理がきちんとなされているからか、それとも風が強いからか、匂いはほとんどしないようだ。


 別に、彼も罰ゲームでここに来たわけではない。

 上水道を月晶体が通ったならどこに行くか分からないが、下水道なら水の流れに乗ったと仮定して、行きつく先は下水処理場だ。もし月晶体が下水道の途中で出ていたら、その時は上水を捜索している鏡野が処理する。月晶体が上水を出ているのなら捜索は困難だろう。

 要するに、彼に与えられたのは楽な方というわけだ。


「に、しても……」


 現在時刻は午後八時半過ぎ。

 彼は学生だ、一分一秒が惜しい。


「鏡野さんが早く見つけてくれたら楽なんだけど……」




「司陰君の方へ行ってたら楽なんだけど」


 鏡野はヨオスクニから得た配管図を見て探し回るが、彼女もまだ入隊して一年目。

 いくら小隊長に若くしてなった秀才だとしても、ベテランにありがちな第六感的な勘を持ち合わせてはいない。


「困るな――。こういう時はどうしたらいいんだろう。……第三十九支部から応援を呼ぶか、はたまた真賀丘さんを通して探知を頼むか……いや、本部にいるときのあの人の邪魔はしたくないな――…………」


 うんうんと悩むが、いい打開策は浮かばない。


「一旦、司陰君に連絡して……まずはそれからかな…………うん?」


 避難命令が出て人がいない街、すなわち車もバスも走っていない街にバイクの走行音が響き渡る。

 鏡野が音のする方向を見れば、明るい光が近づいてくるのが見えた。


「バイク……笹池小隊長だ」




 一方そのころ、司陰は全力疾走していた。


「なんで、こんなに、いる……んだ!?」


 司陰を追いかけているのは異能を持たない小さめの月晶体、の大群だった。

 一体一体は雑魚に違いない――魔装使いにとっては――のだが、なにせ数が多い。


 司陰も最初は【紺黒の銃】を勇ましく持って立っていたが、数発撃って全くひるむ様子がないとみるや、すぐに駆けだしていた。


「鏡野さんなら……っ」


 司陰が後ろを見れば、群れる透明な月晶体の山。

 自分の腰元に視線を降ろせば、先ほどからカチャカチャとなっている晶化ナイフ。


 もともと司陰の魔装が両手持ちの銃なので、片手を埋める晶化ナイフとは相性が悪い。

 それに、彼の先輩である鏡野も使うのは自身の短剣ばかりで、ナイフを滅多に使わなかった。

 ナイフの予備は支部にたくさんあるが、使う機会はほとんどない。そういうわけで、彼に近接戦闘を挑む勇気は著しく不足していた。


「……っ、ごめん!」


 ナイフを腰の鞘から抜き取り、刃が刺さるように後ろの月晶体にむけて放る。

 ナイフは緩やかな放物線を描いて飛んだ。

 晶化ナイフが刺さった月晶体は無理矢理固化されたことで弾けるように崩れた。透明な破片と黒い破片が飛び散り、やがて晶化ナイフの黒い破片のみが地に落ちた。




 月晶体ルナモルファスの勢いは止まらない。

 司陰は走りながら片手でなんとか背後を撃つが、一発二発が掠ったところで月晶体は死なず、歩みも止まらない。


 彼が走っている時、耳元で雑音の後、通信が入った。


『司陰君? 今そっちはどんなかんじ?』

「後ろにっ、月がたくさんいてっ……死にかけてますっ……!」


 司陰を学校で襲った月晶体はゆっくりと動いていたのに対し、今彼を追いかけている月晶体は彼の走る速さとほぼ同じ速さで動いている。月晶体の運動原理は不明だが、このまま走れば先に司陰がバテてしまう。


「すぐに来てください……!」

『わ、わかった。ちょっと耐えてて』


 司陰がよほど切羽詰まっていると気づいてか、無線越しの声にも緊張が混じる。

 が、耐えきれば助けは来る。




 と、その時。


 司陰は道の段差につまずいた。


「あっ、ぐっ」


 転んだいつかの時とは違い、司陰は受け身をとって一回転してその場で態勢を持ち直した。

 彼はいつかの無力な自分とは異なっていた。


 月晶体はもう彼の目の前だ。

 今からまた走り出しても追いつかれる。


「……っ! 来るなっ!」


 司陰は【紺黒の銃】を音も威力も制御せずに乱射した。

 一瞬の間に月晶体の透明な壁にいくつも穴ができ、砕け散っては壁が他の月晶体に埋められる。

 月晶体の壁はまさしく司陰を飲み込もうとした。


「こうなったら!」


 魔装の銃は所詮は弾を放つための台座にすぎず、中身は適当だ。

 逆に言えば、本物の銃の構造にこだわる必要はない。


 司陰はそのことを利用し、本来弾倉のある場所にありったけの爆薬のみがあるように創造していた。

 そして、【紺黒の銃】を右手で持って振りかぶり、月晶体に向けて思い切り投げつけた。




「ぐっ……!」


 一瞬辺りを静寂が包み、それを吹き飛ばして赤い炎が舞う。

 道の舗装や火の粉とともに、月晶体の砕けた欠片がパラパラと舞い落ちる。


 爆発の直前に司陰は耐衝撃コートで身を守ったが、それでも防ぎきれない衝撃が彼を十メートルも吹き飛ばした。

 だが、彼の身体は無事だ。手は擦りむいて痛むが、手足は思うように動かせて立ち上がることができる。


「…………」


 月晶体は、倒せたのだろうか。

 硝煙が風で流されると、爆発の跡が見えてくる。

 そこにいた月晶体は、半分が液相のまま過剰な衝撃を受けて吹き飛び消滅し、もう半分は固相になったものの魔装の爆発に耐え切れずに砕け散った。




 魔装は魔の装備だ。

 その爆発は銃の無煙火薬が起こすものとは少し違う。


 そもそも月晶体ルナモルファスの異常な硬さが非晶質アモルファスだからという理由だけで説明がつくはずもない。

 無数の鹵獲された月晶体を調べ、各国の研究者が必死に調べ、最後にそれらをまとめて国際月面開発機関で出された結論。

 それは、月晶体の力は魔装と同一というものだった。


 故に魔装は月晶体をよく破壊できる。


 そして、もう一つ大事な魔装研究における発見がある。

 それは、精神の魔装との独立性。

 どんなに魔装が壊れようと欠けようと砕けようと、決して魔装保持者の精神に直接的な影響は出ないというものだ。


 ただ、精神は魔装に深く影響を及ぼす。

 例えば、仲間の死で精神的なショックを受けて魔装を失うことはそう珍しくない。


 結局のところ最後にものを言うのは、自分の分身が粉々になっても挫けない強い精神だった。

 彼は九死に一生を得た。




 司陰が強く感じたのは、勝利に対する達成感や高揚感ではなく、魔装が砕けた悲しみだった。魔装には愛着が湧く。例えるなら可愛い我が子とでもいったところだ。

 なので、失った時の悲しみは、いくら魔装がしばらく経てば再生するといっても耐え難い。


「はぁ――。……まぁ、時間が経てば」


 彼はなかなか強靭な精神を持ち合わせていた。

 彼にとって大事なのは、魔装の存在より魔装の有用性だった。


「――鏡野さん」

『――ん? どうしたの? もしかしてまずい? 後三分待ってくれれば――――』

「いや、倒しました」

『ん? は? いや、どうやって?』

「それは……ドーン、って」

『ドーン?』

「ドーン……です……」


 スピーカーの向こうからは緊張感の抜けた声がうるさいエンジン音とともに聞こえた。


『なんだ……やるじゃん。心配して損した』

「心配してたんですか、ありがとうございます」

『可愛い後輩だからね! それに、たいして強くもないから心配もするでしょ』


 司陰には鏡野のつっけんどんな態度がだんだん照れ隠しのためになっているような気がした。

 とはいえ今はまだ任務中、そこには触れずにすぐにこの後について話し合おうとした。


「まだ下水処理場付近に月晶体はいますか?」

『えっ、全部倒したんでしょ』

「はい、でも魔装を爆弾に使ってしまって――――」


 司陰の報告の最中にノイズとともに異なる回線が会話に割り込んできた。


『――――司陰とか言ったか、そこの隊員』

「えっと……誰でしょうか」

『久しぶりだな、俺は笹池だ。それより、今すぐヨオスクニを開け』


 司陰がヨオスクニを開いて見ると、月晶体を示すマークが彼に高速で近づいていた。


『逃げろ!!!!』




 咄嗟に見回しても何も見えず、でも確かに司陰と重なる位置に月晶体が……。


「……っ、上!!」


 魔装が使えなくなっている無防備な彼に振ってきたのは月あかりを身に纏う透明の怪物だった。

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