十二話 避難区域の内側で

「鏡野、新入隊員との相性はどうだ?」

「足も引っ張らなくて、もういろいろ任せらるぐらい早く成長してて、正直、文句のつけようがないです」

「ふむ、まあ歳も近いからな。やりやすくはあるか」


 鏡野は元々第三十九支部の笹池小隊に属していた。

 笹池小隊は、所属する第二隊の中でも優秀な小隊として知られていた。

 そこに十五歳にして入隊した鏡野も間違いなく優秀であった。


 だが、若すぎることと、その圧倒的な才能で、嫉妬は日を追うごとに増えていった。

 彼女は他人の悪感情ごときで折れる人間ではなかったが、味方に背を預けられない状況は彼女も無視できなかった。


 結局、笹池角正が友人の真賀丘則人にそのことを伝えた。

 そして真賀丘は、当時まだ日本にいて災害隊の人事の権限を持っていた昼片に頼み、彼女は最年少の小隊長になった。




「まだ彼に背中は預けれません。……ですが、彼なら私の望みも叶えてくれそうな気がします」



 ・・・・・



 司陰は目を閉じずに目の前の月晶体を見つめた。

 彼は元より死ぬつもりはないが、いざその時が来たなら潔く死のうと覚悟していた。


 彼は生に対する執着は人一倍あるが、死ぬときに痛い思いをすることだけは嫌だった。

 それは一種の安楽死的な考えだった。



 死ぬときに気を付けることは何か?、その答えは迷惑をかけないことだろう。彼もそのことには気を付けたいと思っていた。

 もっとも、今彼が死ねば、困る人間はたくさんいるのは誰にでもわかる。


 なら、最後に目の前の月晶体を葬ってから死ねばいいわけだが……。


「魔装なしならどうにもならないか……」


 彼に残された武器は、月晶体より能力が格段に劣る己の体のみ。

 どれだけ考えても、死からは逃れられない。


 彼はゆっくり目をつぶった。




「…………?」


 いつまでたっても司陰に死は訪れなかった。


 彼が恐る恐る目を開けると、目の前には光の柱が刺さるのみだった。

 目線を下げれば、光の剣に地面に磔にされた月晶体が見える。


 月晶体は既に崩壊が始まっていた。

 普通の魔装で、例えば鏡野の【熱供の短剣】で真ん中を貫いたとしても、体積がごっそりと削られるだけでそう簡単にやられはしない。そもそも光は剣の形を作れない。


 その摩訶不思議な光の剣に司陰は手を伸ばした。




「触ったら手が蒸発するよ」


 その声はどこからか降ってきた。

 辺りを見回しても、どこにも人影がない。


 しばらく探していると、急に彼の背後から気配がした。


 振り向けば、後ろにいたのは髪が真っ白の女性。

 若そうな見た目なので、おそらく髪の色は生まれつきなのだろう。

 あまりにも普通ではない雰囲気を纏っていて、すぐに司陰を危機から救ったのはその女性だと分かった。


 そして、彼女の顔に対して司陰は妙な親近感を覚えた。

 もちろん彼は彼女との面識はない。


 しばらく、まじまじと見つめていると、その白髪の女性の方が先に耐え切れなくなって口を開いた。


「そんなに見つめられても困るんだけど。ほら、人に助けられたら言う言葉があるんじゃない」

「あっ、ありがとうございます――――」

「そうそう、礼儀正しくね。それじゃ、またね!」

「はい……いやいや、ちょっと待ってください!」


 その女性があまりにも自然に去ろうとしたので司陰は引き留めた。

 そうすると、彼女は若干煩わしそうに振り向いた。


「何か?」

「あの……名前を教えてもらってもいいですか。俺の名前は押山司陰っていいます」


 ここは月晶体との戦闘区域だ。出会った人間は災害隊の人間だろうと一般人だろうと身元を確認する必要がある。

 自分の名前を明かしておけば警戒心も軽減できるだろうと考えて司陰は自分の名前を明かした。


「……っ!? 君が!? 司陰!? 本当に?」

「生まれてからずっと司陰ですがなにか」


 その女性は二度見ならぬ三度見を決めてから、司陰にずいっと近づいて彼の肩を掴んでそう確かめた。

 さっきまでの興味がなさそうな様子が一転して楽しそうになる。


「は、ははは、本当に似てるな、死を受け入れるところを含めてすべてが。よし! 私についてきなさい!」

「行きませんよ! それより名前を教えてください」

「ただで教えるわけにはね……何か対価をもらわないと」

「いや、俺の名前を教えたでしょう」


 あれ、この人性格かなり悪いぞ、と彼の中で最初の神秘的なイメージが崩れ去っていく。

 それ以上に奇妙なのは、初対面なのになぜか長年の親友のように感じられること。

 そう、例えば魔装みたいな。


「もしかして……【紺黒の銃】みたいな名前だったり」

「あはははははは。私が魔装の擬人化ってこと? それも面白そうだけど、真賀丘のネーミングセンスは無理! 受け入れられない!」


 彼女はよほど笑いのツボにはまったのか、笑い転げだした。

 なにげに真賀丘の名前を出しているので、災害隊関連の人だと彼は当たりを付けた。


「じゃあ……」

「カミナシだよ」

「…………はい?」

「だ・か・ら、カミナシ。それが名前。ただの物知りな一般人だよ」


 ただの物知りな一般人は真賀丘のことなど知るはずもないが、彼の友人ならありえなくもないか、と司陰は一旦納得した。


 実際は、災害隊の人間は家族にすら自分の仕事を明かさないことが普通なのだが、彼はまだ交流が少ないので知る由もなかった。




「それで……カミナシさんはここで何を?」

「うん? たまたま歩いてたら君が死にそうなところに出くわしただけだよ。特段目的を持ってたわけでもない。まあ、司陰君、君がここにいたわけはだいたいわかるよ。君は災害殲滅隊の人間だろう?」


 カミナシの推測は完全に司陰にとって図星だが、災害隊は秘密機関だ、素性の分からない人間の前で認められるはずがない。司陰は黙り込んだ。

 事情は彼女もなんとなく理解しているのか、彼女は顎に手を当ててしばらく考えた後に口を開いた。


「まあ、私も関係者みたいなものだし……あっ、私と合ったことは内緒にしてね。命を助けてあげたんだし、これくらいはいいよね?」

「まあ、そうですね。いいですけど……何か事情が?」

「いや――実は仕事をサボっててね、バレたら後が怖い!!」

「いやなんですかその理由!!」




 その後、カミナシは去っていった。

 手を大きく振りながら去っていったが、白い髪がサラサラと揺れる様子が特に印象づいた。


 結局、彼女のことは司陰の胸の内に秘められることになった。

 本当は隠し事は良くないが、司陰のモットーとして、一度した約束は破らない、というものがある。


 人の心を開くのは信用だ、そう信じて疑わない彼の心はまだ摩耗していないままだった。

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