二十六話 同級生と同業者

 国立月晶体研究所。


 それは、実質的に災害殲滅隊の管轄下のため、月晶研と呼称されている組織である。


 事情により災害殲滅隊の本部には捕獲した月晶体ルナモルファスを搬入できないので、国立月晶体研究所はその受け入れ先になっている。




 月晶体を扱う危険性を鑑みて、この施設は人里から程よく離れた場所に位置しているが、今までに月晶体が逃げ出したことはない。


 今までは。












「昨日、クアッガに乗ってたら、ラブカが床から飛び出してきて、驚いてたら蛇とサソリが配達されてきて。夢でね」


「へぇー、すごいですね。クアッガは確か……ウマみたいなので……」


「ラブカは深海のサメ。いい夢だったなぁ」




 国立月晶体研究所の一画では夢についての会話が行われていた。


 夢について嬉々として話すのが藤上ふじかみ研究員で、それをノートパソコンを胸に抱いて聞いているのが杏西あんざい研究員である。




「それで、先輩。夢の話はいいんですが、例の月晶体についてどうしましょうか」


「例の? ああ、そういえば、真賀丘から見たいって話が来てた。海瀬さんも来るってさ」


「それは楽しみです! ではなくてですね、その月晶体が……実は逃げ出している可能性がありまして……」


「本当? もし本当なら、前代未聞だよ」


「おそらくは本当です。マウスに『同化』してたので、別個体と間違えて廃棄されたようです。回収時には既に『同化』は解けていました。この前の停電時に何らかの方法で入れ替わったのかもしれません」




 久しぶりに友達に会えると思ったら、まさかのその対象が消えたという。


 藤上は天を仰いで呻きながらその先に起こるであろうことを嘆いた。




「最悪だ。まだ『寄生』の解析が終わってないのにこれ以上仕事が増えるのか……はぁぁ、早くあの人が帰って来てくれれば」


「そういえば、あの人の代わりに黒島司令官が帰って来たらしいですよ。それにしても、随分長く海外にいましたよね」


「あの人はもう体がいい状態じゃないから、多分療養してたのかな。Aランク未満の戦闘にあの人が出る理由もないし。聞くところによると今は教職もしてるらしいけど、あの人から学ぶのは贅沢だよね。何回か話をしたんだけど、あの人はやっぱり研究者だよ」






 ・・・・・






「お前ら、新しいクラスメイトを紹介する。さっさと座れ」




 扉の向こうから城島の声が聞こえる。


 その声に対して扉の向こうで反応がある。




「先生! 転校生って何年生ですか!?」


「静かにしろ。昨日それは言ったばかりだろう。二年と一年でそれぞれ女と男だ、何を聞いていたんだ」


「任務で学校を休んでました!」


「堂々と嘘をつくな。お前らに任せられる任務などないわ」




 何やら向こうは騒がしい様子だった。


 話によれば生徒は三人しかいないというのに。








「靄さん、これは楽しくなりそうですよ」


「そう? うるさいのはわずらわしいだけでしょ」


「そうですか? ……そういえば、前の学校ではよく一緒に登下校してましたけど、友達とかは……?」


「……聞かないで」




 靄はすぐにそっぽを向いた。


 これは触れたらまずい地雷だと、司陰はすぐに理解して、すぐに話を止めた。




「おい、入ってきていいぞ」




 扉の向こうから城島の呼ぶ声がする。




「行こう、司陰君」


「はい。自己紹介をバシッと決めましょう」


「気張らなくていいって。たった三人でしょ」


「だからこそ、仲良くしたいじゃないですか。『高校の友達は一生の友達になる』って言いますし」




 靄は司陰の言葉を聞いて、扉を開けかけた手を一旦止めた。




「一生ね……それは自分じゃなくて、相手にとってはかもよ」


「……不吉ですよ」


「冗談よ」
















「初めまして。鏡野靄です」


「はい! 質問!」


「なんですか?」


「魔装は――――」


「おい、初対面でそれを聞くな。前に教えただろう」


「えへへー。……すいませんでした」




 司陰は靄をチラッと横目で見ると、見た目はあまり動じていないようだった。


 もちろん、外から見ればというだけで、司陰の経験則ではこういう時の靄は戸惑いすぎて硬直しているだけである。




 それはそれとして、間が空いたので今度は司陰の番だ。




「じゃあ、初めまして。押山司陰です」


「質問!」


「知ってました。どうぞ」


「二人はどういう関係?」


「「えっ」」




 司陰と靄はお互いに顔を見合わせた。


 次に困って城島を見たが、頷くだけで助け船は出してくれなかった。




「……同僚?」


「それは答えとしてどうなんでしょうか?」




 三人のクラスメイトはとても興味深そうに二人の返事を待っている。


 城島は教室の端から無言で微妙な圧をかけている。




 靄が司陰を引っ張って、一旦皆に背を向けて小声で話し始めた。




「友達でいいんじゃない?」


「これだけ時間をかけて普通の答えはマズイですよ。余計に勘ぐられます」


「じゃあどうするの」


「うーん……じゃあ、事実を言いましょう。内容は靄さんに任せます」


「うん、了解」




 靄は教卓に手をついて、まるで何もやましいこともなければ気負うこともないという風に宣言した。




「私たちは、一緒に住むぐらいの仲、です!」


「あっ」


「そうなのか」


「「「!? え――――っ!?」」」




 司陰は靄を悪い意味で見誤った。
















「というのは冗談で、」


湯川未雨ゆかわみう湯川菜小ゆかわなこ白川継琉しらかわつぐるね、覚えた」


「もう一回言ってみて」


「湯川……双子と、白川……さん」


「ちゃんと覚えて!」




 靄は仲良くなりたい二人組に絡まれて大変そうだった。




 司陰の目線から言わせれば、


 やたらとうるさいのが湯川未雨ゆかわみうのほうで、至極まともそうなほうが湯川菜小ゆかわなこという印象だった。


 それと、あまり喋ってないのがその白川継琉しらかわつぐるである。




 聞いたところでは、湯川は双子なのでともに高二で、白川は高一ということだった。


 四十人用の教室で三人きり。


 その上、二人は双子で異性。


 白川の苦労は押して図るべしだろう。








 その彼は今まさに司陰に何か話そうと口をパクパクさせていた。


 白川は司陰より身長も体格も一回り小さいので、なんだか後輩と対面しているような感じである。




「あっ、あの!」


「落ち着いて。向こうは気にしなくていいから」




 司陰は横を一瞥して言った。


 向こうの女子三人組はさっそく楽しそうだが、向こうに無理に合わせる必要はない。


 そう、言外に伝えたつもりだった。




「なんだか嬉しくて。今まであの二人は、菜小さんはともかく未雨さんとは関わりづらくて……」


「ああー……」




 性格不一致は如何ともしがたい。


 魔装使い用の特別クラスであればなおさら校内に友達もつくりづらいだろう。




「俺でいいなら、友達になる?」


「はい! お願いします」


「…………」




 弱気な雰囲気、


 からの上目遣い・はにかみ・上擦った声友達承諾。




 そういえば昨日こんなことあったなぁ、と、司陰は既視感と感慨とともに後頭部を打った。
















「司陰君大丈夫? いい音が鳴ったけど」


「なんとか。まだちょっと痛いんですけど……冷やさなくてもよさそうです」


「無理するなよ。新入生が初日から怪我したら私が笑われる。後で痛くなったら言え」


「ありがとうございます」




 みんな本気で司陰を心配してくれるようだった。


 司陰は申し訳なく思いつつも、安心感が湧き上がるのを感じた。




「それでな、痛がってるところ悪いが、そろそろ移動するぞ。場所は体育館裏。中の更衣室であらかじめ渡しておいた体操服に着替えてこい」


「体育館裏で何をするんですか?」


「それは言うまでもないだろう。地下に造る施設など、そんなに数はない」




 司陰の頭の中の地下施設は、地下街、地下鉄、それと本部だった。




「なんだかわかってなさそうだな。訓練場だよ。詳しい位置はそこの三人に聞け。私も着替えてくるからな」


「案内するよー!」


「じゃあ、俺は継琉君についていくんで、行ってらっしゃい」


「私、信用を失うことはまだ押山君の前でしてないよ! まだ!」


「未雨の言うことはともかく、訓練室までは一緒に行かない?」


「菜小さんが言うならそうしましょう」


「ちょっと!」




 司陰はこの短時間で上手な付き合い方を覚えた。


 湯川の未雨のほうは、ちょっとからかうと場が和むらしい。








 ところで、司陰は靄が何も言わないことを気にしていたら、彼女から耳打ちをされた。




「どう? 白川君とは友達になれた?」




 小声で尋ねられたので、司陰は小さく頷いて答えた。


 すると、彼女はもう一度耳打ちをしてきた。




「じゃあ、最初にわざと口を滑らせたかいもあったかな」


「えっ、あれ、わざとで――――」




 司陰の言葉の続きは靄の人差し指で封じられた。


 彼女は早足で前の双子の横に並んだ。








(全部靄さんのてのひらの上か! ってね)




 格好つけた靄には悪いが、彼女は絶対そこまで考えていなかったと司陰は断言できる。




 なぜなら、任務の時がそうなのだが、彼女は勢いで動く、例えるならマグロみたいなものだからだ。


 マグロは止まったら死ぬので適切ではないが、靄が止まって「息がー!」とかやってるところが想像つかなくて笑ってしまった。




 司陰がちょっと笑いを堪えられずに噴き出したら、何故か靄からすごく睨まれたのは、一種の以心伝心なのかもしれない。

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