高校生と月の人
二十五話 豪華な新居と不思議な学校
司陰と靄が真賀丘から借り受けたマンションは、都心で駅近で新築でセキュリティも万全の、これでもかというほど好条件が詰め込まれた物件だった。
管理費も真賀丘が払っており、高層階特有の多少の不便さに目をつむれば最高の家に違いない。
あまりにも雰囲気が荘厳で、司陰はともかく靄でさえエントランスをくぐってから緊張しっぱなしである。
それでも、エレベーターで昇り、部屋の前まで来てカードキーで扉を開けるところまでやってきた。
「開けますよ」
「楽しみだね」
電子ロックの外れる音とともに扉を開く。
そして、二人は中の様子を覗いて思わず感嘆の声を上げた。
・・・・・
司陰と靄の私物は既に運び込まれ、段ボールの山としてうずたかく積まれている。
必要最低限を超えた量のため、今日中には荷解きは終わらないだろう。
とりあえず彼らは自身の寝床を確保して、重要なものから開封を続けた。
今は二人とも、部屋に備え付けのソファ――第四十支部のとは比較にならないほど高級そうな――に座って休憩している。
「ふー、景色がいいですね。ヘリに乗った時のことを思い出します」
「そうね」
「そういえば、青葉さん、元気にしてますかね?」
「青葉さんはずっと忙しいから、元気はあんまりないでしょ。でも、空の上が好きなら苦しくはないのかな。魔装もそんなかんじだから」
「『空繰りの旗』ですか。揺れもなくて快適ですから、またいつか乗せてもらいたいですね」
「いつか、ね」
司陰と靄が今日すべきことは、荷解きではなくて月日高校の入学準備だ。
物品や教科書は既に手配されており、制服もあらかじめ測っておいたサイズで作られて部屋に運ばれていた。
二人とも心を弾ませながら制服を取り出して、すぐに顔を見合わせた。
「……いいですね」
「……うん」
これは微妙さに起因する反応ではなく、想像が膨らんだことで言葉が出なくなっているのである。
「なんて言うんですかね、こういうの。前の学生服と違って」
「ブレザーね。私のも司陰君のと大差ないから、いわゆるユニセックス仕様ってところかな」
「いやいや、同じような制服でも靄さんが着たら、俺のより綺麗になりますよ」
「そう? じゃ、着替えてくる」
靄が着替えるならということで、司陰も着替えてくることにした。
大抵長い女子の着替えを待つ間に、司陰は元の制服のベルトを探すのに手間取って、リビングの司陰を覗く人間に気づかなかった。
その人間はいつもは堂々としているくせに、今は落ち着かないような様子である。
「…………司陰、くん」
「はい? って」
そこにいたのは、無愛想な表情を今だけ捨て、恥じらいの混じった表情で現れた鏡野靄。
前のセーラー服とは打って変わった制服も相まって、司陰は、目が焼けた!、と錯覚した。
「それで、新入生気分はどう?」
「ついこの間までそうでしたから、新鮮味とかはないですね」
「そうなの? 私は新鮮だけどなぁ。それに、こうやってまた二人で通学できるから。昨日みたいに、私を見て目を抑えて倒れる、とかはやめてよ」
「あれは不可抗力……」
翌日になり、司陰と靄の徒歩通学が始まった。
月日高校は徒歩圏内のため、二人は満員電車に乗らずともよいのが幸いだ。
今年は例年にない暑さが街を覆っている。
そのため、二人ともがもう夏服で登校している。
いつもの耐晶コートとは違い、肌の露出がある夏服。
司陰はその肌色に気をとられないようにして進むが、靄は普段よりむしろリラックスした様子で、司陰にとっては羨ましい限りだった。
「そういえば司陰君」
「なんでしょう」
「私たち、歳がちがうよね?」
「はい。俺が一つ下ですね。それがどうかしましたか?」
「いや……二人とも同じ教室を指定されてるんだよね……」
二人が着いた学校は、どちらかというとオフィスビルのような外見だった。
前の学校との差異に、司陰は驚きを隠せない。
靄はスタスタと気にせず入っていくので、司陰は急いで彼女の背中を追った。
「フロント……ですか? ここは……本当に学校ですか?」
「間違いないはずだけど――――」
「――――あの!!」
「「!?」」
司陰と靄の背後から、一瞬、音響兵器か何かと錯覚するほど大きな声が聞こえた。
驚いて振り返れば、そこにいるのは全く面識のない少女。
ただ、服装が二人と同じ制服で、どうやら同じ学校の生徒らしい。
これで意図せずここが間違いなく件の月日高校であると分かったが、司陰はまた何か問題ごとがやって来たなと直感的に思った。
「……えっと、誰ですか?」
「
元気よく声をかけてきた割に、いざ対面すると言葉数が減った、須波という少女はあからさまに何かを言いたそうにしていた。
「……な、なんですか?」
「…………」
「二人とも……?」
司陰は悪寒を感じて一歩下がった。
間違いなく、関わらないほうがいいような気がした。
一方、須波は司陰が下がるのに合わせて前進して、その二人の様子を靄は不審を覚えながら見ていた。
「えっと、本当になに――――」
「須波!!」
須波の音量を上回る大声が響き、その場の全員が肩をビクッと震わせた。
その声の主は、いかにも屈強な男性で、悠々と彼らのほうへ歩んできた。
「「あっ」」
「おい、待て!!」
司陰と靄がその声に気を取られた隙に、須波は脱兎のごとく逃げ出していった。
「いや、誠にすまない。須波は問題児として有名でな、一週間ほど前から休んでいたが、登校したかと思ったらあんな調子だ。彼女には教師を通してキツく叱ってもらうので、このことは忘れてもらいたい」
「いえいえ、大丈夫ですよ、ええ」
「司陰君、本当に大丈夫? 冷や汗すごいよ?」
妙に嫌な予感がする。
それが偽りない司陰の本心だった。
「私は
「「お願いします」」
城島の話し声は柔らかいのだが、彼と対面していると妙な圧迫感を感じる。
教室へ向かいながら司陰と靄は彼の話を聞いていた。
「うむ。……それで、私は元災害隊員でな。君たちのクラスメイトも含め、戦闘面での指導もさせてもらう。他にも、学業と任務の両立のようなことでも私に相談しなさい」
「はい。それなら、一つ聞きたいことがありまして」
「なんだ?」
「どうして学年が違う自分と靄さんが同じクラスになっているんですか?」
「真っ当な質問だな」
城島はどう話そうか悩んでいる様子だった。
「……そもそも災害隊に入っている未成年はそういない。その珍しいケースは、だいたいが魔装を発現させてしまったという、半ば事故だからな。過去に、魔装を発現させた高校生が感情に流されて、同級生を殺害したという事件もある」
司陰も靄も絶句した。
「聞けば、真面目な人間だったらしいがな。まあ、暴走みたいなものか。そんなことまず起こらないから気にしなくてもいい。……話が逸れたな。結局、一番の理由は管理統制のためだ。職業選択の自由がある手前、決して災害殲滅隊への入隊を強制はされないが、それでも魔装使いは歩く爆弾みたいなものだからな。自由にはできない。鏡野小隊の移動もその一貫だ」
城島の話は、要は司陰と靄も存在そのものが危ないということだ。
不快な気分にはならない。
もし自分が魔装使いでないなら、魔装使いの近くに進んでいようとは思わない。
当然だ。
「司陰君」
「靄さん、なんですか?」
「私たちは人間だよ」
「……そうですね」
「いい? 魔装使いって言葉は暗に人間でないみたいな意味を含むからね。そうですよね、城島さん」
「先生と呼べ。……そうだな、そういう意味もある。だが、細かく気にする必要はない。考えすぎだ」
城島は靄の話を取り合わなかったが、確かに城島の顔は仄かな苦汁を含んでいた。
司陰の目には、城島の眼底には深淵とも言うべき、何か深いものが
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