四十話 台風一過
災害殲滅隊の司令官で、魔装【黒の結線】を扱う隊で最強の魔装使いだ。
と、いうことになっている。
司令官と現場で戦う仕事を兼任するのは無理がある。
司令職は司令室の少数精鋭が代行しており、現場で戦うのが城島安吾の仕事だ。
十一年のキャリアで内部はボロボロ。魔装も全盛期のようには扱えず、討伐数は白澄大隊長に抜かされもはや表に出ることはめっきり減ってしまった。
国際月面開発機関が不定期に開く特会だけが彼を必ず必要とするのみ。
だが、生きながらえて得るものはあった。
朱柚。
妻は精神療養のために病院へ送られて会うことはできなくなったが、最後に言葉を残してくれた。
「守って」
車両に押し寄せるエネルギーの砲弾の二発は消し去って、残り一発は魔装での対処は間に合わない。
城島は隣でうずくまる朱柚に覆いかぶさって自身の体を盾とした。
「お父さん!」
「私は逃げない!」
・・・・・
司陰が顔を上げた時、風景は様変わりしていた。
トンネル内に充満した熱は逃げ場を失い車両の屋根は融解、消滅し、直にコンクリートの天井が見えている。融ける物は融け、焼ける物は焼け、所々見える動く黒い塊がみんなだ。
コートは焦げても直撃でないならきっと生きているだろう。
「――――押山」
「っ!」
車両前方側から声がした。
城島だ。朱柚もその下にいる。
焦げたコートは彼らを守ったのだろう。
「見つからないようにこちらまで来い」
「はい」
城島の声に覇気はなかった。
司陰は態勢を低くして近づき、城島を仰向けにしようとして、そこで視界の異物と床の液体に気づいた。
「お父さん!!」
「先生っ、血が!!」
苦しそうに呻く城島を起こすと、鋭利なガラスの破片が深々と彼の腹を貫いていた。
「大丈夫だ。魔装を無理に使ったから強度が下がっただけだ……」
「今はそんなことはいいです!」
司陰は朱柚と止血を試みるが、無理に動かすと余計に傷口が広がるので何もできない。
城島は必至な二人を手を掴んで言った。
「……いいか、私より他の人間の安否を確認しろ。特に双子と白川のコートは耐爆だ、耐衝撃コートではない。だから耐えられたか怪しい。それに、
「でもお父さんが!」
「朱柚!! 私は司令官だ!! お前に掛けられる情けなどいらぬわ!!」
「でも、でも、」
「友達が死んでもいいのか!?」
城島の強い言葉に気圧され朱柚はよろめいて尻餅をつくと、そのまま涙を堪えたまま這いつくばって後方へ動き始めた。
城島はそれを見て一瞬悲しそうな表情をし、それを司陰に見られる前に取り繕った。
そして、司陰は城島の言葉と朱柚の様子で確信を得た。
「先生、やっぱり黒島司令官だったんですね」
「……気づいていたのか?」
「まあ、何回か魔装を見てますし……【黒の結線】、本部の射撃訓練の教官が教えてくれました」
「その口が軽いやつは後でお仕置きだな」
張り詰めた雰囲気が少しは柔らかくなった。
城島も会話で痛みを紛らわせている。
「それにしても、言い過ぎです。朱柚ちゃんトラウマになりますよ」
「これで私が死んだら本当にそうなるな。その時は娘を頼む」
「やめてくださいよ。縁起でもない」
「だが、実際月晶体になった人間を受け入れてくれそうなのはお前ぐらいだな」
その時、風が吹き荒れて何かが上を通過した。
重音が響き辺りが揺れ、一拍おいて崩落の音が聞こえる。
城島は咳き込み、それを塞ごうとした手には血が付いた。
「先生!」
「……出口が塞がれたな。白澄か咲田の救援も間に合うかどうか……」
「倒しましょう」
「当然だ。それしかない。そして、それをするのはお前だ」
城島は自身の腰に手を回し、何かを司陰へ押し付けた。
『災害殲滅隊及び関連項目について』の装備欄に乗せられていた晶化銃。
それの旧式タイプ。
銃身は磨かれているがグリップは劣化してボロボロだ。ところどころに焦げ目があって、昔の激戦を物語っている。
「持っていっていいんですか? この銃は戦友でしょう?」
「私はもうしばらく使っていないからな。使うやつが持っているほうがいい」
「……わかりました」
司陰は城島の手を握って決心した。
「任せてください」
「冷静さを失うなよ」
司陰は足場の悪い車両から飛び降りて、身をかがめながら線路脇を全力で駆けた。
そして先頭車両を抜かした時、前方から砲弾が迫ってきた。
「押山!! 駆け抜けろ!!」
「はい!」
城島の声とともに砲弾は突然現れた黒い虚空に吸い込まれて消滅する。
司陰は一切速度を落とさずに疾走する。
眼前では三体の
司陰はそのうち先ほど砲撃してきたもの以外を晶化銃で撃った。
弾丸は逃げ場のない月晶体に高速で飛んだが、潜土砲手は部分的に固化して弾丸を弾いた。
司陰は「ずるい」と内心思うが、今更だ。むしろ砲撃を止めれただけでも重畳。
走りながら【紺黒の銃】で貫通を試みるが、それも少し傷をつける程度。
鋼鉄を貫通する弾を跳ね返すとは、いかほどの堅さなのか。
司陰は少し疲れを感じた。
体力は十分あった状態で走り出したのに、潜土砲手にたどり着く前に足の動きが鈍り始める。
嵌められた。
潜土砲手は徐々に後退して司陰を奥に誘い込んでいた。
そして、誘い込んだら罠が当然発動する。
「上か!」
司陰の頭上からコンクリートを突き破って四体目の潜土砲手が現れる。
それは瓦礫と共に司陰を押しつぶすように降ってきた。
「司陰君!」
靄が叫ぶときは避ける時だ。
それが敵の攻撃であっても、味方の攻撃であっても。
司陰の背後から莫大なエネルギーの兆候。
即座に伏せると、収束した光と熱がトンネル限界まで広がってその空間を席巻した。
瓦礫もろとも四体目の潜土砲手は蒸発する。
靄の今までで一番の威力の攻撃。
全てを司陰に託す一撃。
光と熱の束は司陰の前に道を開いた。
本気で走る。
潜土砲手は慌てて小さな砲撃を繰り返すが、今の司陰の超感覚はそのすべてを避けることを可能にした。
線路とコンクリート片が飛び交うが、どれも司陰にかすりもしない。
「くたばれ!」
右手に【紺黒の銃】を。
左手に晶化銃を。
同時に放たれた弾丸は一番近くの潜土砲手を固化し、そして粉砕した。
別の潜土砲手は撤退をしようと剥がれた壁面から『潜行』を始めるが、撃ち込まれた破裂する弾丸で土から強制的に分離され、その無防備を二丁の銃が貫く。
最後の潜土砲手は逃走を諦めて司陰へ砲身を向けた。
装甲車両のような体に現代兵器にも劣らない重砲を積んだ潜土砲手は正面から戦えば大半の魔装使いは苦戦する。
潜土砲手は砲身を止めたところで、対象が消えていることに気づいた。
まさか分の悪い戦いを避けて逃げたのか。
「近接戦がしたいなら『自爆』を持ってこい」
潜土砲手の横っ面が突きつけられた銃の火力に吹き飛ばされた。
これで四体の潜土砲手が殲滅された。
・・・・・
「皆さん! 無事ですか! 白澄、早く負傷者の介護を」
「待ってろ、もうすぐ第一隊の救護班が来る。それより、先に敵性体の撃破の確認だ」
白澄が瓦礫をどかし、咲田がこもった熱を奪って皆の元に駆け付けた。
報告では二名が軽傷、二名が重傷。
緊急手当てを完了しないと命に関わる。
白澄は先頭車両の運転席を見て、一度手を合わせてから先に進んだ。
咲田に報告はしなかった。
少し足を速めて進むと満身創痍の人間が地面にうずくまっていた。
「お前が押山か」
「……そうです。あなたは?」
「白澄陽介、第一隊の大隊長といえばわかるだろう」
「先生が話に出していた人ですね」
白澄は司陰に肩を貸して起こし、来た道を戻り始めた。
「よくやったな。潜土砲手を四体撃破、五体満足で魔装も無事。小隊長はおろか、大隊長でもできる人間は限られる。まさに偉業だな」
「……でも、俺はみんなに助けられました。一体は靄さんの手柄で、先生の助けがなければ接近できませんでした」
「だが三体倒したのはお前だ。紛れもないお前の功績だ」
白澄は司陰の手を強く掴んだ。
「いいか、私だって、仲間を見殺しにしたことなんて何度もある。小隊長に上がるまでの二年間、私の隊は三度全滅し、皆が遠くの私を恨みながら死んでいった。銃型の魔装使いは非力だ。もし彼らがその場で息絶えてなかったら私を殺しに来て、私は抵抗できずに死んでいたはずだ」
「仲間を恨むなんて……」
「魔装使いなんてものはみんな少なからず精神異常者だ。魔装が敵を殺せるなら、それは自己の排他性が表出したに過ぎない。敵は月晶体に限らないからな。人間は互いに生まれた時から潜在的な敵だ」
司陰が黙り込んだのを見て、白澄は話を止めた。
皆の所へたどり着く直前、司陰は白澄に尋ねた。
「……これから戦う中で、周りの人間が傷つくことはたくさんありますよね。もちろん自分も」
「そうだな。それが魔装使いにしろ、一般人にしろ、被害は完全にはなくせない」
白澄は赤い運転席の方を横目で見た。
司陰はそれに気づかず話を続けた。
「もし俺がもっと早く待ち伏せに気づけていたら、みんなも怪我しないで済んだはずです」
「無意味な仮定だな。ヨオスクニが探知できないものを人間が探知できるものか」
「もしできたら?」
「人間ではないだろうな」
白澄は司陰を肩から降ろし、分かれる前に最後の会話をした。
「押山、いいか、我々は影に入って月を撃つ。目の前のことに向き合え。雑念を捨てろ。それがもっとも敵を殺し、味方を守る手段だ」
「……まだ迷いが捨てられません」
「なら、また話に来い。手の空いているときは相談にのろう。だが、第一隊大隊長の職は忙しい。死者の弔いもできないぐらいにな」
司陰はそれを聞いて体を震わせた。
どうやら勘違いをしたらしい。
「お前の仲間は死んではいない。気になるなら、ここでお別れだ」
司陰が振り向いた時、白澄は既に去った後だった。
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