表裏を接ぐ

四十一話 血を背負う

『前代未聞の経路で首都を直撃し、多くの被害を引き起こした大型台風が過ぎ去ってから一夜。首都の様々なエリアで窓ガラスが割れるなどの被害、そして風雨のもたらした災害の爪痕がはっきりと残っています。また、湾岸の貯蔵倉庫での爆発や、都心の地下鉄トンネル内での爆発事故など、台風が去った今原因究明が急がれています。その鉄道会社の報告では当日の該当時刻に避難のための臨時車両が運行されており――――』




 低気圧が去って東京には眩しい光が降り注いでいる。


 久しぶりの晴天。太陽を待ち焦がれた人間が今大挙して街を歩いている。




 ただ、陽の光を建物の窓からガラス越しに味わうことしかできない人間もいる。


 テレビのニュースを聞き流しながら彼らは医療用のベッドに横たわっていた。








「継琉、菜小の容態、気にならない?」


「…………」


「継琉、」


「聞こえています、未雨さん。僕に聞いてもわからないですよ。確かに未雨さんより先に目が覚めましたけど、僕も何も教えられていないんです。もちろん、城島先生との連絡もさせてもらえません」




 継琉はベッドに寝ころんだままため息をついた。


 未雨は「ふーん」と言うとカーテンを下からくぐって継琉のベッドに腰掛けた。




「……なんでそこに座るんですか」


「いいじゃない。私もちょっと寂しいの。菜小と会わない日なんてここ一年ぐらいなかったし……」


「菜小さんも無事ですよ。司陰君が敵を倒してくれたんですから」


「だーかーらー、なんでそんなに楽観視できるの!?」




 未雨は継琉に飛び掛かった。


 継琉は驚いて抵抗が遅れ、未雨に両手を抑えられる。


 継琉は高一、未雨は高二。


 継琉の魔装は銃、未雨の魔装は刀。


 拘束されたら為すすべがない。




「急に何を……」


「私は! 心配なの! あの時菜小、私より前にいて……すぐに気を失ったからわからないけど、明らかにコートで守るのが間に合ってなかったの! もしかしたら、もしかしたら!」




 未雨の涙が継琉の頬に落ちた。


 継琉は自らの態度に後悔を覚えた。




 彼女たちは先輩であり、それ以前に仲間なのだ。


 司陰と靄の関係と似ているのかもしれない。




 継琉は弱まった拘束を振りほどいて未雨を抱きしめた。


 未雨の嗚咽が二人しかいない病室に響き渡る。






 ・・・・・






 二人しかいないのはそうだが、病室の扉は開いていた。


 司陰は継琉と目が合ってしまった。




「…………」


「…………」


「継琉君、まさか」


「えと、これはただの抱擁なんです」




 司陰を押しのけて靄が扉を開け放ち、ずかずかと入ってきた。


 靄は二人の顔を抱き寄せて呟いた。




「大丈夫、菜小ちゃんは死んでないよ」


「本当に!?」


「本当」


「よかった……」




 二人は安心でその場に崩れ落ちた。


 靄は二人の頭を両手で撫で続ける。




「靄さんはさすがですね…………さす靄」




 司陰はこういうところが靄の器の大きさの現れなんだろうと思った。


 靄は噓を言わずに彼らを安心させた。


「菜小は無事よ」と一言嘘を吐いてしまえば済んだ話なのに。




 未雨も継琉も魔装使いだ。


「死んでない」の意味を理解できないほど馬鹿ではない。


 いずれ彼らは事実に直面しなければならない。


 そして、靄はその時のために彼らに遠回しに伝えたのだ。




 湯川菜小は重体であると。












 さてそれは後に分かる話。


 目下入院中の二人は暇を持て余していた。




 靄が懐からリンゴを取り出した。




「食べさせてもいいって確認してきたから。二人とも欲しい?」


「欲しい!」


「僕も!」




 元気な返事を聞いて靄は表情を緩め、鞄から何か切る物を探り始めた。




「ないなー、切るもの」


「【熱供の短剣】で切ればいいじゃないですか。防犯カメラもないですから、扉閉めてればバレませんよ」


「そんなことしたらせっかく新鮮なリンゴが焼きリンゴになるでしょ」


「どちらかといえば焦げリンゴか炭リンゴですね」




 靄は無言で司陰の腹に肘を決めた。


 司陰が腹を押さえている間、靄は探したが結局見つからず。




「仕方ない」




 そう言って靄は朱色の短剣を赤いリンゴに入刀した。








「授業再開は先生の退院次第です。城島先生、持病が悪化してしばらくは簡単な運動すらできないらしいですね」


「先生そんなにひどいの? 私たちより?」


「腹部貫通、出血多量ですよ。危うく死にかけてます」


「たいへんだ……でも、先生が無事でよかった」


「僕もそう思います。訓練がなくなると思うと残念ですけどね」




 切ったリンゴをみんなで齧りながら話していた。


 司陰には最初リンゴの芯が渡されたが、後でちゃんと切ったものをもらった。


 ただ、入院中の未雨と継琉がリンゴを一生懸命に食べていたので、司陰はほとんど彼らに横流ししていた。




 城島の容態は不思議なほど安定している。


 城島は体はボロボロだが、なかなか生命力が強い。


 どこかの博士には「ゴキブリコックローチ」と揶揄されたほどだ。


 もちろんいい意味で。




「継琉、超真面目じゃん! 私は、授業なくなってラッキーぐらいに考えてるのに」


「あっ、未雨さん。安心してください。元からオンラインなんで授業は病室で受けてもらいます」


「えっ、えっ? 司陰君、嘘だよね」


「授業はあるのか、よかった」


「待って、私も聞いてない」


「もうすぐ夏休みですから我慢してください」




 聞いてないもなにも、普段のオンラインの授業形態が変わるはずもなく。


 授業は普通の高校生が受ける程度かそれより少し早いだけだ。何も学校で受けなければならない内容はない。それは城島の直接訓練だけだ。




 なんだったら、ここは災害殲滅隊の管轄下の病院である。


 城島は本部の病院にいるが、秘匿回線でここまでビデオ通話を繋げられる。


 司陰は良心で、城島がその気になれば訓練までできてしまうことは三人に指摘しないでおいた。






 ・・・・・






 とある企業のオフィス内。


 大きなガラス窓で外に面した応接室の一つで二人が会話していた。




 窓際で外を眺めているのがファスと名乗っていたカミナシ。


 そして、それを数歩下がったところで見ているのがシールと名乗っていたマノ。


 ここでは二人は偽名を使う必要がなかった。




「ふーん、結構いい場所を提供してくれたね」


「カミナシ様の待遇としては不十分ですよ」


「そうかな? 奇怪な客への対応としてはこれが最高に思えるよ」




 マノの不満は元素機関の規模とその代表たるカミナシの立場を考えてのものだった。




 ところで、マノにはもう一つ不満があった。




「そういえば、批判するつもりはないんですが、『吸血鬼』への対応が甘くありませんか? 同系統の『同化』と『寄生』には徹底した対応をしているのに、人真似をして社会に紛れ込むコウモリを野放しにするなんて」


「それは客観というより、君の私怨では? マノ、君の両親を殺したのは確かに『吸血鬼』だが、やつらはファンタジーの存在ではない。同じ異能に憑かれただけの別の存在だ」


「ファンタジーじゃない現実の脅威でしょう! だからこそ、駆逐するべきです!」




 マノは熱くなって語るが、それに対するカミナシの口ぶりは冷たい。




「マノ、私たちの目的は何かな? 今世一回限りの復讐を果たすため? それとも今後苦難の一切を取り去った人類の楽園を築くため?」


「……後者です」


「別に正解はないよ。聞いてみただけ」


「からかわないでください!」




 マノが怒ってもカミナシは笑うばかり。




「からかったつもりはないよ。要は『吸血鬼』を生かしてるのも特別な理由に基づいているわけでないってことだよ」


「特別な理由もなく、ヨーロッパ地域での被害を黙認したんですか?」


「あくまで元素機関は『吸血鬼』に積極的に関わらないだけだよ。被害が出るのは彼らの怠慢。実際、国別に見たら犠牲者の数にはかなりの差がある」




 何を言っても理屈で返されるのでマノは追及を諦めた。








 マノは先に部屋を出る前にカミナシに一つ尋ねた。




「危うく忘れるところでした。カミナシ様、しばらく前に誰か男性と一緒にいましたよね? 災害隊員の」


「それがどうかした?」


「いえ、その……密会のような様子と聞いたので、特別な関係なのかとシャット、ではなくてネイトが気にかけてまして……」


「うーん、まあ、半分はシャットの想像通りだよ」


「そんな!?」




 マノは即座に携帯端末を取り出し、電話をかけながら走り去っていった。


 扉も開けっ放しで遠ざかる足音が聞こえる。








「半分違うってほぼ間違いってことなんだけど……まあ、いいか。勝手に勘違いさせておけば面白い可能性が見られる」




 カミナシに言わせれば、恋ほど虚ろで危険なものはない。


 なにせ少しは鈍感なふりでもしないと現状の関係が次の瞬間には粉々になるのだ。


 ただ、その危険性が面白さの根源でもある。




 カミナシは窓から街を見下ろして言った。




「司陰君、君はどんな可能性を私に示すのかな」
















「ハックシュン!」


「風邪? 急にどうしたの?」


「なんでもないです靄さん」




 ちょうど今、司陰、靄、未雨、継琉でババ抜き大会が開かれようとしていた。




「私が勝つから!」


「強いの?」


「未雨さんこういうゲーム弱いです。いっつも菜小さんに負けてました」


「継琉、個人情報!」




 靄は初手で一ペアも落とせず、かつ引く順番が最後。




「困ったなあ、私負けるかもね」


「よく言いますね……」




 もちろん結果は想像に難くない。


 だが司陰は未雨と継琉の唖然とした顔を見るために黙っておいた。

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