影入銃士
三十三話 暗中模索
『――――『砲撃』を受けました!! 潜土砲手です!!』
『こちらもです! 隊員三名が負傷、至急応援を――――』
無線の先。
災害隊員たちの怒声と悲鳴が混ざった音が響く。
首都の埋め立て地の角の海に突き出た埠頭。
消えない灯りと月晶体がひしめく夜。
海風に白いコートをなびかせる男が一人、無線に耳を傾けながら腕を組んで立っていた。
『――――地中の電線が破断!! 電力会社へ連絡を!!』
『停泊中のタンカーへ被弾!! 付近での火気使用を今すぐ停止してください!!』
『オペレーター!! コンビナート側の探知を!!』
『白澄大隊長!! 霞小隊の救援を!!』
無線には第一隊の各小隊の声が殺到し、あまりの音量に男は眉をひそめた。
つかの間の戦場を俯瞰する男は白澄大隊長。
第一隊を束ねており、第二隊大隊長咲田と合わせて災害殲滅隊の中核を成す存在だ。
咲田大隊長が冷静沈着で人命を尊ぶリーダーであるのに対し、
白澄大隊長は合理で動き安定して最高の結果を生む災害隊の命綱だ。
白澄は決して最初は現場に行かない。
視野狭窄の可能性を一パーセントでも削り、予測外の事態に対応できるよう動く。
首都機能停止の危機に晒されている今も、白澄にとっては些細な問題である。
真に恐れるべきは対処不可能というものなのだから。
「全隊へ通達」
『大隊長!』
「潜土砲手を沿岸へ誘引せよ。繰り返す、潜土砲手を沿岸へ誘引せよ」
『了解!』
「タンカー付近の小隊は誘引、援護役を残して撤退せよ」
『了解!』
ヨオスクニを開けば各隊が迅速に移動を開始したのが確認できる。
後は、仕留めるだけ。
「一、二、三、四……」
今、すべての潜土砲手が白澄の砲の射程にいる。
陽炎を纏いながら白く輝く大砲が四門現れた。
ただし、射線上に潜土砲手の姿は見えない。
弾が空気を引き裂いて、轟音が響きわたった。
砲弾は着弾前に姿をくらまし弾道を変化させ、どこかの目標へ直撃した。
各隊から撃破の確認がもたらされる。
オペレーターから消滅の報告をもらい、任務は終了となる。
白澄は成果を見届けると、各隊に後始末を命じて自身は明るい夜の街へ消えていった。
・・・・・
目覚まし音が鳴り響く。
司陰は手で止めようとして、何か障害物に阻まれた。
「なんだ、これ?」
「……ん」
この柔らかい物体は触ると声がでるらしい。
気になるが、目を開けたら負けだ。
その時点で二度寝は許されなくなる。
今日は休日。
いつもの目覚ましの時間はスルーしてもう少し寝たいのが今の司陰の気分だ。
目覚ましのボタンを手探りで捜索するも、謎の障害物がつっかえて手が届かない。
押して退けようとすると、反発してきてむしろ押し込まれる。
「どいてくれー」
「……もうちょっと一緒に」
障害物が喋っているが、なんだか無機物の感じのするので気のせいだろう。
そうして司陰は障害物とベッドでしばらく攻防を繰り広げていた。
ガチャ。
寝室の扉が開かれる音が目覚ましの音に混じった。
「司陰君、朱柚ちゃん知らない? ……って、何してるの」
「……あっ」
「もうちょっと……」
司陰の背筋に悪寒がはしった。
もう二度寝どころではない。
目を開いて跳び起きれば、扉のところに靄、司陰が先ほどまでまさぐっていた場所には朱柚がいた。
ちなみに、司陰の手の位置はアウトだった。
「起きた?」
「はい……」
「眠い……」
リビングで食卓を囲って団らん。
椅子が四人分あったので靄と朱柚が並んで座って、司陰は対岸にいる。
朝、あの後靄は怒っているのか笑っているのかわからない表情で朱柚を抱えてどこかへ行き、司陰の安心もつかの間、戻ってきた靄の鬼の形相に後ずさってベッドから落ちて腰を打った。
靄の手には確かに包丁があったような気がする。
テレビでは、『最近相次ぐ停電は施設の老朽化だった!』や『タンカー破損、隕石衝突か』などと特集が組まれている。
司陰は興味があったが、正面の靄が怖くて料理にひたすら集中していた。
朱柚は何食わぬ顔で朝ごはんの目玉焼きと味噌汁をごはんと一緒に口に流し込んでいて、隣の様子は何も気にしていない。
「司陰君」
「はっ、はい」
「二度寝、やめようか」
「はい!」
何を言われるかと焦りすぎて茶碗を落としそうになった司陰だが、案外靄が怒っていなくて安心した。
ただ、靄は確実にお灸を据えたい様子。
「朱柚ちゃん」
「なっ、なに?」
「人のベッドに潜らない。いい?」
「でも、」
「――――刻むよ」
「なんでもないです!」
靄が実力行使を躊躇わないのは朱柚もすぐに理解した。
彼女の質問には真面目に回答しないと肉片になっても不思議ではない。
食事が終わってすぐに朱柚はリビングにダッシュした。
何か見たいテレビの録画があるらしい。
司陰はさりげなくついていこうとして靄に服の裾を掴まれた。
「ところで、この任務の話なんだけど」
「……Bランク? えっと、面白い冗談ですね」
「違うから。一週間後の潜土砲手討伐任務、私は受けたいと思っているの」
司陰の端末のヨオスクニにも情報が来ていた。
一週間後の夜八時から首都近辺に潜む
参加対象は首都と本部の現役戦闘隊員。
投入人員、範囲ともにはここ数年で最大規模の作戦とのこと。
作戦コードは『影入銃士』。
「この潜土砲手っていう月の情報はあります?」
「えっとね、送るよ」
潜土砲手。
脅威度Bランクの月晶体。『潜行』と『砲撃』をもつ月晶体の総称。魔装使いを視覚外から葬る最大の脅威。
説明は端的だが、最後の一文がすべてを物語っている。
「『潜行』は土中に潜行できる能力で、『砲撃』は『射撃』の上位互換ですね」
「上位互換はちょっと違うけどだいたい合ってるよ。『自爆』を超える脅威って言われる最強の組み合わせだから、かなりしんどい思いをするはず」
「ならやめません?」
「せっかくの機会だよ? これを逃したら潜土砲手との戦闘機会なんて数年はないかも」
靄の目は本気だ。
こう言われると司陰も気持ちが揺らぐ。
靄の大隊長への道のりの圧倒的近道なのだ。司陰だって同じ隊なのだから多少無茶でも協力したっていい。
「……わかりました。俺はいいんで、誰か他の人の意見を聞きましょう」
「真賀丘さん?」
「そのあたりで」
「……わかった。あの人なら賛成するはず」
真賀丘が普段忙しいということを忘れているが、それを除けば何も問題はない。
いや、大きな問題がやはりある。
それは、鏡野小隊の実力が本当に十分なのかだ。
「で、ババ抜きですか」
「そう。二人で協力して朱柚ちゃんを負かします」
「いじめ反対」
ソファで机を囲みながら手に持っているものは伝家の宝刀トランプ。
目的のわりにやっていることがすごく大人げないが、朱柚は司陰と同い年なのでセーフだ。
「いやー、俺勘がいいんで靄さんが朱柚ちゃんに勝てるか心配ですね」
「ふっふっふっ、靄、
「なんで私が弱いみたいになってるの?」
朱柚は二本、司陰と靄は合わせて四本先取で勝利だ。
「時計回りなんで靄さんがババを避け続けて、もし取ったら俺にすぐ渡してくれれば」
「卑怯!」
「チーム戦ですから」
「…………」
試合終了。
靄、四回勝ち抜け。
司陰、四回二抜け。
朱柚、四回最下位。
チーム鏡野小隊の勝ち。
「あ、れ?」
「ひどすぎる……!」
「あー、手ごたえがないなー、勘が冴えすぎてるのかなー」
四回朱柚が負けて、靄のストレート勝ち。
これが賭け事ならとんだ番狂わせである。
「靄さんなにを……」
「実は、水晶体に映るんだよね、カードが」
司陰と朱柚は顔を見合わせた。
お互いの目を見ても映るものが視認できない。
朱柚が
「化け物……」
「刻むよ?」
月晶体に化け物と言われたらもう本当の化け物では、と司陰は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます