三十二話 昇る朝日と沈む影

「……ふぅ、それで則人」


「なんですか、城島先生」


「その呼び方はやめろ。まだ昔をすべて受け入れたわけではないんだ」


「いつかは受け入れる時が来ますよ。というか、呼び方ぐらいでいちいち気になるような人ですか、あなたは」




 城島はベンチに腰掛けて煙草をふかし、真賀丘は風上に立って話していた。




「……なんだ、全部彼女の受け売りか」


「彼女は僕と違って、体が壊れかけているあなたが煙草を吸うことにすら反対しませんからね」


「それに倣って見逃してくれるのか?」


「冗談でしょう? 今すぐやめてください」




 城島は渋々煙草の火を消した。


 真賀丘はもううんざりした様子である。




「後先短い人間の楽しみを奪わないでもらいたいな」


「今あなたに死なれたら困るんです。あなたが果たしている役割はあなたの思う以上に大きいんですよ」


「なに、代わりはいるさ。私が死んだら博士を日本に呼べ」


「……外交問題になりますよ?」


「昼片がうまくやるさ」




 この人がこんなだから昼片の仕事が減らないのでは、と真賀丘は思った。


 信頼が大きすぎて、ただの重荷になっていることに気づかないのか。


 それとも、自分には叶わないことへの当てつけか。




「則人、知ってるか? 人生は蝋燭ろうそくで、慎ましく生きれば長生きして、激しく燃やせば早死にするらしい」


「もしそれが本当なら、彼女はもう廃人になってます」


「……そうか。なら、私もまだまだ生きられるな」




 城島には悪いが、彼が死ぬのは周りが許さない。


 そもそも非現代科学的な魔装というものに頼る以上、個人の力が大事になるのは致し方がない。








 この司令官様だって昔は酒も煙草も一切していなかった。


 どんなストレスが人間をここまで追い詰めるのか。


 それでも城島にはまだ苦しんでもらわなければならない。




 そんな残酷な行為は、心の言い訳がすべて虚空へ流してくれる。






 ・・・・・






「『雷撃』、月晶体ルナモルファスの異能の一つです。高電圧が人体や機械に多大なダメージを与えることから、これを持つと大抵はBランクに指定される異能ですね」


「ここでは『雷撃』を既存の技術を超える、新たなエネルギー源として利用することを目的に開発してるよ。僕は詳しくないから説明できないけど、そこの真賀丘と井倉あたりはかなり詳しいはずだよ」




 藤上と杏西の研究棟までの道のり。


 月晶体を利用した最新研究の一端に司陰も靄もワクワクが止まらない。


 大人たちですら研究の様子に目が釘付けになっている。




「国際月面開発機関のアーカイブにある三万二千四十七種の異能のうち、二十四種がここにあります。立地の都合上そこまで多くの月晶体を収容できてはいませんが、間違いなく日本一の研究機関です」


「二十四種……それって多いんですか?」


「『災害殲滅隊及び関連項目について』で必修となっている異能が十種もないことを考えると、十分だと思います。最多はアメリカのとある地下研究施設の三十七種ですから、大差はないでしょう?」




 杏西の説明は分厚い本を読みこむのと比べるととても楽しいものだった。


 新しい知識は探求心をくすぐって心地よくなる。




「興味があれば、月晶体研究者になるのもいいですよ」


「そのかわり、異能をほぼすべて知らないといけなくなるけどね。僕は覚えるまで一年ちょっとかかった」


「私は二年かかりました」




 杏西の誘いは面白そうだったが、藤上の説明を聞くとみんな後ずさっていった。


 本気で覚えようとすれば一年もかからないらしいが、かかる労力が計り知れない。








 冷静に考えれば、いくら労力がかかろうと命懸けの仕事よりは良いはずだ。


 なのにどうして、みんなその労力をいとうのだろうか。




 司陰は真賀丘に目でそう問いかけようとした。


 ただ、みんな先の月晶体に夢中で気づかれもしなかった。












 急遽見学が決まったのもあって、準備の余裕は十分になかった。


 そのため、今藤上と杏西は研究室を片づけているようだ。




 散らかってはいないらしいが、見せれないものはたくさんあるらしい。




「靄さん」


「なに?」


「こういうところで働くのって、憧れません?」


「そう? 私は研究室でデータとにらめっこするよりも、外で月を狩って回るほうが楽しいし、人のためになると思うかな」


「研究は間接的に大勢の命を救いますよ?」


「直接救うほうがやりがいがあるでしょ」




 ポリシーが違えば議論は平行線を辿る。


 水掛け論になる前に、周りの人間も話に参入してきた。




「私は靄ちゃんに賛成! 高校を出たら、鏡野小隊に入りたい!」


「いいけど……鏡野小隊の管轄って今は存在しないよ? 私も司陰君も宙ぶらりん。たまにDランクの任務を受けるぐらいだよ。それでもいいの、未雨?」


「いいの! とにかく早く経験を積みたいから!」


「未雨さん、その話はほどほどに……」




 司陰が注意したのは、奥の机からの視線が痛いからだ。


 実際に教える立場の城島が今の未雨の話を聞いたら、怒らないほうがおかしい。


 未雨のセリフでは「城島先生の指導はあんまり経験にならない」みたいな言い方に思えてしまう。




「継琉君はどう思う?」


「僕は……まず大学に行きたいな。それから災害隊で働くか決めたい」


「うん、よく言った。俺も同意見。この回答なら真賀丘さんもニッコリだね」




 真賀丘はニッコリはしなかったが、頷いて示してくれた。




「なんだろう、刀剣と銃の差が……」


「待って、私は違うから」


「菜小さん?」


「私も大学に行きたい。選択肢が狭まるのはいや」




 双子でも考え方は違うものらしい。




「そもそも、刀握って夜の街を駆けるって、いつの時代?」


「近世とかじゃないですか? あるいは中世」


「そう、それ。現代人がやることじゃないでしょ! 未雨も靄ちゃんも、正気で言ってるの!?」


「科学が通じないから魔法を使うんだよね!? 別にいいよね!?」


「そうです。街にミサイルを発射されたくなかったら、私たちが戦うしかないんですよ?」




 菜小の一言から議論はヒートアップしていく。


 どう考えても国立月晶体研究所ですることではないが、油を注ぎたくないので大人たちは関わってこない。




 そんな中、話に水を差したのは白川継琉。








「僕たちって、高校生だよね? なら、今考えても無駄じゃないの?」


「でも、進路に関わるんだよ?」


「学業や仕事と任務は両立できるよ?」


「「「確かに」」」


「正論だ……」




 当たり前の話なのだが、根本的なので誰も反論できない。




 そうこうしていると、杏西が研究室から出てきた。




「みなさん、もう入れますよ」




 まだ見ぬ知識の前でみんなドアへ殺到し、結論のでない議論はその場に残されてしまった。
















「『雷撃』の研究は夢があっていいね。「脱炭素社会への強固な布石になるでしょう」だっけ、全くその通りだ」


「でも、その研究は全部、「既得権益を守りたい人間たちの醜い争いの場」になるんだからさ、酷いよね」


「あの純粋な子供たちを見習えばいいのにね。彼らは大人と違って自分たちの将来を明るいものにしようと健気に学んでるんだから」


「大きい子供が一人混じってるけどね」




 スクリーンに映された実験映像に盛り上がる子供たち。


 と、城島先生。




「あの人は研究者だから、あれでいいのか」


「僕もすごく興味があることばかりだから非難できないよ」




 楽しそうな彼らを見ていると、見ている側も楽しくなる。




 でも、現実逃避は決してできない。




















「じゃあ、僕は説明のために戻るから。『寄生』と『同化』の詳しい分析結果は月装研に送っとくよ」


「ああ、待って」




 立ち上がった藤上を真賀丘は制止した。




「この任務、どう思う?」


「えっと、Bランクの大規模任務で……潜土砲手!?」


「これに鏡野小隊を参加させる」


「うわぁ、無茶すぎる……」


「そう、哲学的ゾンビを証明するぐらい無茶だ」


「それはもっと無理なやつだ」




 真賀丘は一つ咳払いして続けた。




「この件はともかく、そろそろ国産の耐晶武器が必要だと思わない?」


「……金がいると。なるほどね」




 真賀丘の誘導で、藤上も結論にたどり着いた。




「支援をいくらか月装研に回すように頼んでおくよ」


「ありがとう。いつか埋め合わせはするよ」


「いいよ。長い付き合いだから」




 持つべきものは友達だ。


 これは真理に違いないと、真賀丘はその時思った。

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