災害殲滅隊本部

十七話 時速だいたい飛行機超え

 第四十支部の荷物はいつぞやの時と同じ引っ越し業者に運び出され、残るは備え付けの家具と人が二人のみになった。

 その二人も今まさに玄関の外で支部に別れを告げようとしている。


「オンボロ支部だけど、いざ離れるとなると寂しいね」

「本当に。なんだったら前の家より愛着がありますよ。たった一か月過ごしただけなのに」

「それだけ重要だったってことなんじゃない? 帰る場所がなければどこにもいけないってどこかで聞いたよ」

「確かに、帰る家がなければ戦う気は起きなかったかもですね」


 改めて支部を見上げれば、外装の塗装は薄汚れ、とても重要施設には見えない。

 だが、間違いなく彼らにとっての家はここだ。


 そして、司陰は隣の靄を見た。

 彼女も支部を見上げながら感慨にふけっているようで、司陰より一年以上過ごした彼女の思いはそれ相応にあるのだろう。


「……何? なんでこっち見てるの?」

「いや、自分の戦う理由は何だろうなって」

「今さら? ……えと、私は一応大隊長になることが目標だよ」

「そうなんですか? 結構夢が大きいんですね」

「夢は大きくて損はしないからね」


 司陰は靄を見ていると時々こう思う。

 彼女の前向きさの一ミリでも自分にあるだろうかと。

 自分で考えたようなつもりで結局は周りに流されている自分には、彼女と比較できるほどの積極性があるのかと。




「おーい。また自分の世界に入ってる」

「すみません。やっぱりまだなんだか決心がつきませんね」

「そう? 少なくとも戦ったのは自分の意志なんだからそれでいいと思うけど」


 靄はもう支部への別れは済ませたらしい。

 立ち尽くす司陰の手を取り、晴れやかな笑顔で彼に言った。


「一緒に進もう。そうすれば、私の夢の半分は君のものだからね」



 ・・・・・



 すっかり慣れた第四十支部を離れ、バスで司陰と靄が向かった先は地下で月晶体ルナモルファスと戦ったビルだった。


「ここですか」

「そう。ここは災害隊と提携してる会社のビルだから、今回はここを使わせてもらうの」

「なるほど」


 エレベーターに乗り、屋上に上がれば街の景色がよく見える。

 周囲のビルのせいですべては見えないが、高校、駅、支部、人形桜などだいたいの方角は分かる。


「いい景色ですね。この街を自分たちが守ってるって考えると悪い気はしません」

「そうだね。それこそ兵隊が命を懸けて戦うのは自分の故郷を守るためだもんね」


 月晶体について知っている人間は少ない。

 それこそ、災害殲滅隊のような戦闘組織や国を動かすお偉いさんたち、あるいは関係者のみに限られる。

 多くの民衆はその存在すら知らぬまま生き、戦う者たちを知らぬまま死んでいく。


 確かに給料はいい。

 だが、人間が働くのは本質的には感謝を求めているからであって、金さえあれば彼らは働くのかというとそれは絶対に違う。


「さて、それで、どうやってここから移動するんですか?」

「もちろんヘリだよ。さっき見たかんじ、あと一分ぐらいかな」


 それから二人は景色を眺めていた。

 災害殲滅隊としての自分たちの故郷を。




 急に爆音が近づいてきて、司陰が振り向けば空中にはヘリが浮いていた。近づけば分かると思っていたら、いきなり現れたものだから驚愕を隠せなかった。

 ヘリはそのまま降り、決して広くはないビルの屋上へ綺麗に着地した。


 エンジンをが止まり、爆音が収まるとヘリから一人の男性が下りてきた。身なりはまさしく操縦士といったところだ。


「初めまして。私は補給部隊の空挺部隊隊長の青葉航貴あおばこうきです。真賀丘さんに頼まれてあなたたちを本部に運ぶために来ました」

「こちらこそ。私は第二隊の鏡野小隊隊長の鏡野靄です」

「同じく隊員の押山司陰です」


 青葉は爆音鳴らしてヘリを操縦するとは思えないほど優しそうで、二人から少しだけ緊張感が抜けた。

 彼は時間を気にしているようで、腕時計を確認するとすぐに二人にヘリを乗るよう促してきた。


「どうやら時間がなさそうなのでヘリの後部に乗ってください。話は乗ってからしましょう」

「わかりました」




 全員ヘリに乗り込むと、エンジンが作動してローターが回り出し、屋上はまた暴風に見舞われる。


 ヘリ内は小型とはいえ輸送機ということでかなりゴツゴツしていて、二人そろって落ち着かない様子。

 青葉は操縦席で何かを思い出したようで、シートベルトを着け終わった司陰と靄へ振り返って言った。


「舌を噛まないように気を付けてください。それと、急加速するので呼吸はなるべく楽にしてください」

「急加速? ヘリですよね?」

「飛んだらすぐにわかりますよ」


 青葉が操縦桿を倒すとヘリが浮上し、その高度を一定の高さまで上げると、ヘリは旋回してから一度その場でホバリングを始めた。

 何かと見れば、青葉は手元でゴソゴソしたかと思うと、どこからともなく若葉色の旗を取り出して足元の台に付けた。


「何ですかそれ?」

「ちょっと待っててください」


 内部の気圧を保つためにヘリは密閉されており、風は吹かない。

 だというのに、若葉色の旗は激しくはためきだした。


「すごい……手品?」

「これが噂の……」

「小隊長殿は知っているようですね。これは私の魔装の【空繰りの旗】。自分の周りの気体を制御して操ることができるんです。そしてこれを取り付ければ、取り付けたものも効果の対象になります。だから私はこうしてヘリの操縦士をしています」


 ヘリの出せる速度に限界はあっても、周りの空気ごと前進させれば地上との相対速度は限りなく速くなる。


「ちなみに速度はどれほど?」

「機体のスペックは時速200キロと少々、魔装を使えば1000キロ前後ですね。では、口を閉じてください」


「はい……」と司陰は言いかけた瞬間に急加速が始まり、司陰は危うく舌を噛みそうになった。尋常ではない加速度を受けて誰一人喋るものはおらず、気を抜けば呼吸すら怪しくなる。


 そういえば、と司陰はあまり言葉を発していない靄を見た。

 彼の目線の先には外の景色に夢中の小隊長がいた。


【空繰りの旗】を使う時、衝突のリスクを軽減するためにヘリは通常よりも高高度で飛行する。

 街を上空から眺める景色には、靄にとっても心弾むものがあったらしい。




「二人、今なら質問も受け付けますよ。私もあなた達とは一度話がしたいもので、真賀丘さんが頼んできたときには要人輸送の依頼も断って飛びつきましたからね。まったく、高速ヘリをタクシーの代わりと考える方々には鏡野小隊長の心を見習って欲しいものです」

「いえ、私は空の景色を見ていたのではなく、どこかに月晶体ルナモルファスが潜んでいないかと思い……」

「靄さん、無理に誤魔化さなくても……」


 加速フェーズ終了とともにヘリ内は和やかな雰囲気になる。

 初対面なので堅さはあるが、青葉の醸す雰囲気はどこまでも和やかだった。


「せっかくサブのパイロットも置いて来たのですから、多少はプライバシーに抵触しても見逃しますよ」

「うーん……なにか……」

「あっ、じゃあ私が。真賀丘さんの仕事の様子を教えてください」

「いきなりすごいのを尋ねるんですね。……私は補給部隊の隊員なので、研究部隊のことはあまり知りません。ですが、私の知る限りでは、彼は常識人です。それも超が付くほどの。いや、言い方が悪いですね……彼以外の頭がおかしいのです。あんな窓もない景色も見えない研究室で寝泊まりするなど…………考えるだけで怖気がします」


 若干偏見が混じっているようではあるが、確かに地下で暮らす人間よりは地上で暮らす人間の方がまともに思われる。

 ただ、こうまで言われると、司陰は逆に真賀丘以外のメンバーが気になってくる。


「そんなに頭が……じゃなくて、奇抜な人たちなんですか?」

「それはもう。まあ、まともな人なら災害殲滅隊なんて入りませんからね。そういう意味では私も似たようなものです。一応言っておきますが、研究隊員だろうと魔装使いだろうと、あまり信用しすぎないことです。世界も国も、これから行く災害隊本部ですら一枚岩ではないですから」

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