二十話 災害殲滅隊直属対月晶体装備開発研究隊その二

「海瀬さん、一つ聞きたいことが」


「えっ、何でしょうか……」




 司陰は月装研に戻る最中に海瀬に一つ質問をした。




「咲田さんは第二隊? それで、真賀丘さんたちが月装研ですよね」


「そうですが……」


「なんで仲が悪いんですか? 持ちつ持たれつの関係のはずですが」




 月装研の研究結果は災害隊に大いに役立っている。


 その関係を私的感情で崩すのは得策ではない。




「いえ、昔はとても良い仲だったそうです。私は七年前の天災以降に入隊したのでよく知りませんが、それこそ前任の鏡野隊長の時は寝食を共にするぐらいの関係だったそうです」


「鏡野……隊長……?」


「えっ、あっ! すみません、忘れてください! あぅ――、また怒られる……」


「…………」




 前任の鏡野隊長。


 靄はその頃はまだ小学生のはずなので違う。おそらくは、靄の親のどちらか。


 彼女の親は第二隊の大隊長であったのだ。




 彼女が隊長になりたい理由はそこにあったのだ。






 ・・・・・






「…………靄さん」


「おかえり。ちょっと長かったね」




 靄は部屋の外の廊下で待っていた。


 司陰と海瀬が慌ててトイレの洗面台に走ってから、すでに十分以上が経過している。


 想定外の出会いもそうだが、トイレがかなり遠かったのが最大の原因だった。




「すみません。トイレで人と会って」


「いや、私を待たせるのはいいけど…………」


「いいんですか!?」


「意図して待たせたら怒るからね!」




 廊下は暗く、二人以外に海瀬隊員もいる。


 あまりこのまま話を続けるのも好ましくなかったので、茶化しながら真賀丘達の居る部屋に踏み込んだ。








「お――、彼らが噂の」


「確かに雰囲気は似てるかも」




 声の主は部屋の中央にいた二人の男性だった。


 大きな机をソファが取り囲む、第四十支部とほぼ同一の配置。向こうには同じ机まであり、既視感に思はず司陰と靄は顔を見合わせた。




「ほら、立ち話するのもなんだから早く座って」




 真賀丘にせっつかれながら二人はソファの体面に腰掛けた。


 すかさず海瀬がお茶を二人の前に差し出した。




「海瀬も座って。とりあえず自己紹介をするから」


「えっ、はい……」




 まるで普段から立たせているみたいな反応を示すので、真賀丘はさらに急かし、司陰は少し何かへの不安を感じた。








 全員座り終わると、先ほどまでのにぎやかさが消えてしまい、謎の緊張感が部屋を包んだ。




「真賀丘さん……」


「えっと……昼片いないから僕が進行するのか。…………とりあえず、自己紹介しようか…………あっ、そういえばこんな時に役立つものが」




 真賀丘は部屋の隅から穴が開いた謎のメモ帳を持っていて机の上に置いた。


 そのまま一枚めくって最初の文を読み上げた。




「『ステップ一、自己紹介』…………よし、どうぞ!」








「私が鏡野靄で、鏡野小隊の隊長をしてます。それで、」


「俺が同じ隊の押山司陰です」


「うん。じゃあ、次」




 話すことはたくさんありそうだが、とりあえず名前から始める。


 靄が先に名乗ったのは、隊長という立場がこの短期間で染み付いているからだろうか。




「わ、私が海瀬です。月装研でいろんな雑務をしてます。お茶を入れたり、データをまとめたり……ぐらいです」


「えっと、『昼片から海瀬へ:自己紹介、十点満点中三点!』」


「そんな、ひどい!」




 辛辣すぎるコメントで何人かが吹き出した。


 いきなり雑用係宣言する海瀬もおかしいが、メモ帳改め予言書が的確過ぎる。




「まあまあ、評価は間違ってないからね、しょうがない」


「ぐすん、これでも昨日寝る前に十分練習したのに!」


「えっ」


「海瀬さん、十分練習してこれ……?」




 掘れば掘るほど余計なものが溢れてくる。


 真賀丘は即時撤退を決め、さっきからほとんど喋っていない二人組に話を振った。




「どうぞ」


「えと、」


「ん、じゃあ、俺から。名前は双木糸間そうきいとま、災害隊のネットワーク関連の開発と管理をしてる。自分でいいのもなんだが、そこそこ有名だな」


「自分で言うんだね……二人に説明しておくと、ヨオスクニの開発者ね」




 明らかに話に興味なさそうだった靄の目がその一言で変わった。


 あからさま過ぎて司陰が二度見するほどに。




「本当ですか! いつもお世話になってます!」


「お、おう」


「有名人の自覚があるなら食生活にも気を使ってほしいんだけどね」


「本当です! カップラーメンと栄養ドリンクを持ち込まないでください!」




 三者三様に反応があった。


 靄は純粋にすごいと思い、真賀丘は彼の常人より重い体重を気にし、海瀬は折角作った健康手料理が毎回冷めることに憤慨している。




「悪いとは思ってるんだけど仕方ないんだって……」


「昼片のコメントもあるよ。『双木へ:お前の栄養ドリンクは預かった。返してほしければ野菜ジュースを飲み切れ』」


「またか! というか、昼片は今、日本にいないだろ!」


「さあ、知らないね」








 十分双木のことは理解できたということで、最後の紹介へ移る。




「俺が井倉数時いくらかずときです。……えと、月晶体の探知を主に担当しています」


「『井倉へ:声が小さい、やり直し』」


「勘弁して……!?」




 井倉は探知業務を行っている。


 その探知は各地のレーダーと衛星からのデータをもとに月晶体の正確な位置を割り出す作業だ。コンピューターが計算を肩代わりするとはいえ、分析作業には現地の地理情報を考慮しながら解析していく複雑な作業が伴う。


 まして、その作業の速さは人命に直結するので、裏方の災害隊員の中でもかなり重要な立場にいる人間である。




「じゃあ、この眼鏡達の名前は覚えたね?」


「双木さんも井倉さんも眼鏡でしょう。紛らわしいですよ、その呼び方」


「あの……、今はいないですけど昼片さんも眼鏡ですよ。真賀丘さんも普段はコンタクトですけど、たまに眼鏡をしてます」


「俺ら全員眼鏡だぞ。まあ、頭は良さそうに見えるからよし」




 部屋に雰囲気が戻ってきてまた少し賑やかになった。




「真賀丘、次は?」


「次? ああ、『ステップ二、自己紹介の続きは今度考えるので、今日はやめておきます』……終わり!」








 双木と井倉が「俺の栄養ドリンクは結局どこ?」や「知らない」と話し、真賀丘が海瀬へ「この二人を長く捕まえてるとまたあの人が怒るから案内してきてくれる?」と頼んでいる。




 その様子を眺めているとき、司陰は横から肩をたたかれた。




「司陰君、月装研は、なんていうか、思ってたよりはいいところだね」


「そうですね……って、どんな想像してたんですか、靄さん」


「うーんと、」




 気づけばこの部屋の皆が靄を見ている。


 その中、彼女は少し下を向いて考えた後、こう言い切った。




「性格悪くて、性根が腐って、せっせと武器を作る危険集団」


「「「おい」」」


「あの……」


「靄さん、多分言いすぎですよ……」




 多分、と注釈が付くのは、司陰の視界の端で少し頷く海瀬が見えたからだ。


 真賀丘、双木、井倉の三人に見られ、海瀬は慌てて弁明をしている。








「僕は司陰君の感想も聞きたいね」


「おっ、俺も!」




 時間的にもう別れの時間だ。


 楽しい時間はいつだって短い。




「なんか、安心しました。いつも俺らはこんな小さな画面越しで指示を受けて活動して、たまには危険なこともあって、装備だって本当に信用して身を任せていいのかって思って……」


「へぇ、まあ、僕は信用しなくてもいいと思うけど」


「えっ」




 司陰は真賀丘の意外な言葉で目を瞬かせた。




「結局最後に信用するのは自分と自分の魔装だから。正直、装備だっていつまでも月晶体に効く保証があるわけでもないからね。まあ、敢えて信用するなら……」




 真賀丘は司陰の横に目線をずらした。


 司陰の隣の靄は彼の目をまっすぐと見据えている。目が合ったって逸らす様子は微塵もない。




「えっとね……二人とも、そういう時は目を逸らしあうんだよ」


「普通はそうでしょうけど……なんというか」


「今更、だよね」




 すぅーと向かいのソファから双木と井倉が退散していった。


 ある意味で超越した何かに恐れ慄いた様子だった。




「不思議だね、これも縁のうちか。じゃあ海瀬、あとはよろしく」


「えっ、この状況で…………わかりました」








 海瀬はそこそこいい生まれの人間で、なおかつ様々な問題もあって、恋愛的なものはほとんどドラマや小説の中の話だと思い込んでいた。


 そんな彼女がこの状況で思うことは、ただ一つ。




(羨ましいなぁ)




 ただそれだけだった。

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