二十八話 新入隊員と戦闘訓練

「うーん。久しぶりのお日様の光は最高です!」


「僕らより地上に出てるよね」


「月装研の人間が不健康すぎるんです! 知ってます? 人間は陽の光を浴びると幸せになるらしいですよ?」


「日光は皮膚がんの原因になるよ」


「がんになるほどは、浴びたくても浴びれないですよね!?」




 真賀丘と海瀬は現在国立月晶体研究所の中。




 真賀丘が二人で話す久しぶりの機会について尋ねたら、海瀬から出るのは不満の嵐。


 日光を浴びる機会の少なさは肌を守ることにもなるので、海瀬も本気で不満に思っているわけではない。








 ただ、彼女にはどうしても許せないことがあるらしい。




「私も靄ちゃんとお出かけに行きたい!」


「休日にでも誘えば?」


「そうしたくても、押山君がいるし……。仕事は忙しいし……」


「探知業務を手伝ってくれるなら僕から取り次ぐよ」


「絶対無理! 鬼!」




 真賀丘は笑って歩みを速めた。


 どうやら最初から海瀬を手伝う気はないらしい。




「……いじわる」


「後援企業の社長の愛娘ってだけで月装研に入った人間はどこの誰だったかな?」


「私は……仕事はちゃんとできます。……それに魔装も――――」


「自分を慰める御託を並べても、何も解決しないってわかってるんだろう。なら、行動で示すだけだ。それが月装研のポリシーでもある」








 真賀丘はそもそも海瀬を最初は受け入れなかった。




 何故か?


 それは彼女が努力をしなかったからだ。


 努力もせずに周りの支えだけで昇り、しかもその周りの支えにすら気が付かない愚鈍な人間を、元災害殲滅隊直属第二研究隊所属の真賀丘が許すはずもなかった。




 月装研の全身の第二隊のメンバーは皆優秀だった。


 彼らの支えは、結果的にはヨオスクニや耐晶コートの完成として実を結んだ。


 努力を惜しまない、人類に命を捧げた仲間だった。




 そんな彼らは、もういない。




「……私、頑張ります。なので、」


「見捨てはしないよ。今の海瀬は僕たちの仲間だ。災害隊は人情に厚い組織だからね」




 恵まれてるといっても、海瀬の境遇には同情できるところがある。


 それに、彼女は賢い。








 昔の仲間たちも、決して海瀬のような人間を見捨てないはずだ。






 ・・・・・






「じゃあ、三人が負けたところで、私たちの番ね」


「そうですけど……勝てますか?」


「咲田さんから一本取った私たちならできるよ」


「奇策もいいところでしたけどね」




 城島に特攻攻撃を仕掛けたところで、司陰にはそれが有効とは思えなかった。


 むしろ、実力を低く見積もらせて靄の熱刃か放射攻撃で仕留めるのが確実だろうと考えている。




 一方、靄には違う考えがあるようだ。




「城島先生は、油断させるのは無理だと思う」


「どうして?」


「だって、さっきの試合中、ずっと気が張ってたから。それでいて試合後も緊張がほぐれる様子がないってことは、普段の感覚そのものが人のそれを上回っているってことだよ」


「……つまり?」


「私たちより警戒が強いってこと。しかもずっと。油断なんて、したくてもできないんじゃないかな」




 司陰の目には、倒れた菜小を起こす真面目な先生の姿が映っている。


 しかしどうも、靄の目には違うらしい。


 それは、感性の違いによるものか、それとも事実に基づくのか。




「全力でいくよ。咲田さんの時以上に」


「わかりました。じゃあ、おとり役を頑張りますよ」














 試合の開始は銃声とともに訪れた。




 どうせ靄が先攻しても城島が避けるだろうという判断で、少しでも手の内を明かさせるために司陰が撃って始めることになったのだ。


 司陰も消音しないあたり、当てる気はさらさらない。


 城島は銃声の響く前に動き出し、射線から逃れながら二人へ近づき始めた。




 靄は【熱供の短剣】を構えて応戦する。




「通しませんよ!」


「その意気だ!」












 座り込む湯川未雨、菜小、白川の前では短剣とナイフによる激しいせめぎあいが行われていた。




【熱供の短剣】は明らかに赤熱していて、熱耐性が微妙な晶化ナイフを握る城島は意外にも苦戦している様子だった。




 そんな光景を見て、刀の魔装を握る二人は感嘆が止まらない。




「すごい! なんで先生と切りあえるの!?」


「未雨、声抑えて。靄ちゃんは明らかに私たちより剣が速いから、対処できてるんだと思うよ」


「それだけ? 私はちょっと剣が速くなったからってあんな動きできないよ」


「うーん?」




 菜小は白川に意見を求めようとしたら、彼は違う方向を見ていた。




「継琉? どうしたの?」


「……いや、司陰君の動きが不思議だなって」














 城島の薙ぎも刺突もすべてが受け流されている。


 靄の表情に余裕はなさそうだが、城島とて手は抜いていない。




 それに、城島が意識下で注目しているのは後ろの司陰のほうだ。




(白川と違ってずっとこちらへ銃口を向けているな。牽制か? いや、真賀丘の話では援護も普通にするということだったな。いずれにしても無視はできない。先に落とすのが吉か)




 城島は晶化ナイフを使ったことを僅かに後悔した。


【熱供の短剣】の高温で晶化ナイフが歪み、打ち合いの感触が悪くなっている。


 このまま続けても、千日手になりかねない。


 最悪ナイフが折れて降参だ。




(ここはまず、押山を落とす)












「……来た」




 予想通り、城島は靄の斜め下を潜り抜け、司陰へ迫ろうとした。


 司陰も何発か正確に狙うが、城島の動きが速く当たらない。




 と、城島を十分引き付けたところで弾倉を引き抜いて投げた。




「むっ」




 城島は衝撃を待ったが、その弾倉から出たのは煙幕のみ。


 まぐれでも当たるとまずいので、一刻も早く煙幕から逃れなければならない。




 銃弾が空気を裂く僅かな音を聞き分け城島はしゃがむが、煙幕が気道に入ってせき込んでしまった。




「ぐっ」


「そこ!」




 城島は煙幕の届かない訓練場の天井へ向けて跳んだ。


 先ほどまで城島がいた場所は煙幕を引き裂く弾丸の嵐が席巻して、留まっていたら致命傷になっただろう。




 城島は煙幕を抜けたとき、目の前にあるはずの天井に潜む太陽に驚愕した。








「勝ち」




 収束した光と熱が城島の眼前で敗北を告げようとした。




















「!?」


「……私の負けだ。まさか魔装を使わせられるとは」




 靄の放射攻撃は虚空に消えた。


 少なくとも、観戦中の三人にはそう見えた。


 靄の目にはその瞬間光のない闇がそこに存在したのが見えて、司陰には強力な力が動いたのが感じ取れた。




 城島は魔装については触れずに、咳き込みながらも彼らへ告げた。




「鏡野、押山。お前たちの勝ちだ。よくやった」




 五人はその事実に顔を輝かせて口を開こうとしたが、城島がそれを制止した。




「先に言わせてくれ。鏡野、押山、魔装のことは他言するなよ。個人的なお願いだ。ゴホッ、っぐ、それと押山、あの煙幕は毒とかは入っているか?」


「いえ……」


「ならいい。私は先に戻るから、お前たちは着替えたら教室に戻れ」




 城島は調子が悪そうに戻っていった。




 司陰も靄も、勝てたのにどこか釈然としない気持ちが残った。








「二人ともやばい! なんで勝てたの!?」


「短剣捌きが綺麗だったよ」


「押山君、なんで援護できるの?」




 当然、二人を待っていたのは質問攻めだ。




「司陰君がうまく先生を引き付けてくれたからね」


「靄さんの立ち回りのおかげかな」


「「「仲良し!」」」




 二人で鏡野小隊として活動した期間は短いものだったが、二人の連携は十分な域に達している。


 そもそも、湯川双子と白川は実戦経験がなく、授業を受け続けてもCランクまで戦っている二人に及んでいるはずもなかった。




 魔装レベル理論。


 結局実戦経験なくして魔装は強くならない。


 魔装なしの訓練は死亡率を減らして政治家を納得させても、強い魔装使いを育てることにはならない。




 城島はそれを理解したうえで教鞭をとっているらしいが、それは生徒が知る由もない。




「あれ? なんで先生跳んだんだろう」


「そういえば、あんなに怒ってたのにね」


「煙が辛かったんですかね? 毒はないはずなんですけど」




















 その日、城島は再び教室へ姿を見せることはなかった。

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