二十七話 仮隊員と基礎訓練
「城島先生、ちょっといいでしょうか」
「何か?」
城島は訓練用の道具を取りに行っている最中だったが、偶然出くわした教師に呼び止められた。
「お電話がありまして。隊からです」
「なるほど、後ほど折り返す」
「それと、須波に関してですが――――」
「注意するに留めるよう。くれぐれも、刺激することがあってはならない」
「……わかりました。なるべく早い対処をお願いします。月日高校に子供を通わせているお偉いさん方も気が気でならないようで」
「善処しよう。だが、我々の実績を信用できないというのなら、他の団体でも頼ればよろしい。海外の怪しい集団がこぞって接触してくるに違いない」
「……伝えておきます」
何もこの教師はお偉いさんの手下ではないのだが、城島も甘い態度は決してとれない。
災害殲滅隊は非常に奇妙な組織だ。
書類上は内閣総理大臣に最高指揮権はあるが、実際は国内の事案ならすべて司令官以下が指揮する。そして、
されているといっても、
結局のところ、災害殲滅隊の城島が権力に膝を曲げる必要はないというわけだ。
「……真に怖いものは人間だなどというつもりはないが、偉そうにふんぞり返る彼らも、いつかは椅子から転げ落ちることになるというのに。無知は恐ろしいものだ。自分の想像力の不足にすら何一つ疑問を呈さず、そして死ぬ。…………いっそ元素機関にでもすがればいいものを」
・・・・・
「全員揃ったな。じゃあ、今日はまず練習に慣れてる三人が私と模擬戦、その後に転校生二人と戦う」
月日高校地下の訓練場は小さめの体育館といった様子で、壁面のタイルに数多の傷がついているのが生々しい。
床はそれなりに硬そうで、こけたらなかなかの痛みを味わうことになるだろう。
「条件はいつも通り。私は魔装を使わず、お前達は魔装を使っていいが、訓練場の破壊は禁止。
「「「了解!」」」
城島一人と、湯川の双子と白川の三人の戦い。
練習ということは、実力差が人数差を大きく上回っているのだろう。元隊員を名乗る城島が正式な隊員でない学生に負けるのは常識的に考えられない。
「そこの二人は流れ弾に気を付けてしっかり見ておけ」
「あの、非戦闘員役の位置が近すぎますよ」
「そういう状況もある」
白川が銃型の魔装を保持しているので流れ弾の可能性は拭えない。
疑うわけではなくとも、一日で信用するのは流石に無理がある。
「大丈夫です。僕も基本ぐらいは叩き込まれてますから」
「いや、気にしなくていいよ。頑張って」
「はい!」
白川の威勢のいい声に司陰は少し不安を覚えたものの、すぐに彼が無駄に力んでいないと気づいて、ただの杞憂だったと払拭された。
司陰もなめていた覚えはないが、彼らの練度は想定よりもずっと高いらしい。
これも、城島先生という存在故のものなのか、司陰も靄も見極めようとしていた。
試合の始まりは唐突だった。
湯川菜小の持つ蒼い刀が少しブレた次の瞬間、その刀の刀身が前方に斜め上に向けて伸びていき、そのまま城島の頭上へ振り下ろされた。
それを城島は横に滑って
地面へ食い込んだ【瞬延の刀】とともに使い手は大きな隙を晒すが、それを城島が咎める前に湯川未雨が走り出す。
「やられてください!」
「馬鹿を言うな」
振るわれた【残裂の刀】を城島は右手の晶化ナイフ一本で受け止める。
晶化ナイフは本来は魔装と打ち合えるほど強くないのだが、城島はまるでそれができて当たり前かのように攻撃を受け止めて見せた。
力比べでは
目的はそう、射線を通すためである。
城島の視界の端で白川が銃を構えていた。
司陰の大型の【紺黒の銃】と違い、拳銃型なのが白川の【融刻の銃】である。
そこから放たれた弾丸は見かけ上、全く初速から減速せずに城島へ進んだ。
そして、射線上の障害物に弾かれた。
「あっ」
「速いだけでは当たらないぞ」
城島の左手の晶化ナイフが弾丸の進路にあった。
そして、三人からの攻撃が止まった瞬間から城島の反転攻勢が始まった。
刀身を戻した湯川菜小が白川の前で城島からの道を塞いでいたのだが、その横を城島が猛烈な速さと急減速で通り抜け――――。
「靄さん、なんだが既視感がありますね」
「……いい後衛は自分の身は自分で守れるはず」
「いやぁ、咲田美明第二隊大隊長相手でそれは無理でしょう」
「ああっ、次は守るから! そのことは水に流して!」
こうして司陰と靄は談笑しているが、その目線の先ではまさに三人の連携が瓦解しているところだった。
遠慮なく白川の首を狙って振るわれた晶化ナイフを湯川菜小は刀で止めたが、力で押し込まれて白川ごと吹っ飛ばされる。
そのまま城島は前に詰めるかと思ったら、大きく迂回して支援のなくなった湯川未雨を狙った。
「ちょっと先生! 残裂避けるのは卑怯ですよ!」
「試合開始前に仕掛けてるところを見たからな。卑怯者は先に倒す」
湯川未雨は闇雲に【残裂の刀】を振るいながら訓練場の端へ後退するが、城島は迂回や態勢を低くした走りで急接近してみせた。
「っ!」
「まず一人」
足元が覚束ない状態で振るわれた刀を城島は横から素通りして、【残裂の刀】の
城島が振り返れば大きく跳び、長く伸ばした【瞬延の刀】を振り下ろす湯川菜小がいたが、城島は余裕をもって告げた。
「跳ぶな」
「えっ」
「魔装?」
それは動体視力の良い靄にすらうまく視認できないような出来事だった。
上と下にいた菜小と城島は、今は城島が地面に伏す彼女を見下ろす状態になった。
司陰も靄も、そして戦闘中の誰もが動きを止めて唾を飲み込んだ。
「魔装は使っていない。ただ、指導の結果を示さなかったから教えなおしたまでだ。白川、まだ戦うか」
「……っ!」
「その意気だ」
白川は降参を受け入れなかった。
諦めた奴から死ぬ、それが城島の教えだったからだ。
菜小が破ってしまった、むやみに足を地面から離さないのも、その一つだった。
唯一まだ戦闘可能な扱いになる白川は手中の【融刻の銃】をいろんな方向へ向けて発砲して答えた。
煌めく弾丸はどれも空中に留まって進もうとしない。
「これで……」
「お前の負けだ白川。私が晶化ナイフを投げたらお前は死ぬ」
白川は愕然とするが、城島の言うことはもっともだ。
おそらく不意打ちを防ごうとしたのだろうが、そもそも前衛の湯川未雨と菜小が脱落した時点でもう負けだったのだろう。
教えを覚えているか確かめただけ。
なかなか酷いことをするな、と司陰は思った。
だが、一見合理的でない行動は
城島は、晶化ナイフの扱いといい、おそらくは咲田大隊長に匹敵する身体能力といい、常人のそれとは比較にもならないほど異なる。
どうやらこの元災害殲滅隊員は規格外らしい。
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