十四話 彼と彼女の仲直り
第四十支部の担当小隊に関する告知
現在、第四十支部担当の災害殲滅隊第二隊鏡野小隊には、特殊な事情により継続的な任務遂行が困難であるとみられる。今後、小隊再編が選択されない場合、新たに第四十支部担当の小隊が決定され、鏡野小隊は一時的に本部へ移動する。
決定は後日、該当の小隊に対して直接連絡する。
・・・・・
夕方、第四十支部の大部屋には今日は人がいない。
司陰は自室で学校の勉強、鏡野は実験室で訓練中だからだ。
駅地下戦以降、ほぼ毎日
お互いに話しかけ辛く、そして相手が話してこないことで余計に話しかけ辛いという負のスパイラルだ。
もちろん、改善の努力は二人とも行っているが、どうも事務的な会話の感じが否めなくなり、やがて任務中や食事中など必要な時以外は話さなくなった。
とはいえ、話す楽しさを知っている人間は話さなくなることに恐れを抱く。
二人ともが元々あまり話す人間ではないが、一つ屋根の下で会話をしないというのは流石に無理がある。
先に耐えられなくなったのは鏡野だった。
基本的に料理は鏡野が、後片付けは司陰という分担がなされている。
第四十支部は実験室が訓練室を兼ねたり、スピーカー含め様々な設備が老朽化しているが、キッチンは一般家庭の何倍もの広さがある。
だから、鏡野の料理中に司陰は器具を洗っていた。
「…………ふぅ。……司陰君」
「何でしょうか、鏡野さん」
いまだに彼らが敬語なのは距離を取ろうとしているからではない。
単に二人ともが上手な人付き合いの方法を知らないだけだ。
「あの……その……ごめんなさい」
「……? 謝るようなことは何も――――」
「私、が、距離を取ったんだよね。真賀丘さんにも仲良くしろって言われたのに」
鏡野がキャベツを切る手を止めたので、司陰もスポンジを置いて彼女を見た。
確かに今の二人は真賀丘の言う『パーソナルエリアに踏み込めるぐらい』には程遠い。
「とりあえず、後で私の部屋に来て。そこでお互いのことについて話そう」
「わかりました。……あの、鏡野さん、無理してませんか?」
「えっ?」
人の心情に機敏というわけではない司陰にすらわかるほど、鏡野の顔色は良くなかった。
料理は芸術で、芸術なら心がこもる。
鏡野の料理が気分一つで味が変わるとは司陰には思えなかったが、ここは任せるべきではないと判断した。
「鏡野さん、俺が変わります。ちょっとソファで休憩しててください」
「そう……ありがと」
鏡野は料理が好きではないというのは既知だったが、それでも彼女が途中で投げ出すのは珍しかった。
「今日のハンバーグ、おいしかったよ」
「いやいや、鏡野さんの下準備あってこそですよ」
「…………」
司陰は鏡野の部屋に来てから妙に落ち着かないでいた。
性格的に殺風景かと思っていたら、いわゆる女の子らしい小物や棚の本、カラフルな置物があって、司陰の部屋よりよっぽど生活感があった。
けれど、司陰を落ち着かせないのは女の子らしい部屋でも、彼が鏡野のベッドに腰掛けていることでもなくて、彼女の態度だった。
疲れが溜まっているからか、やけにしおらしい様子ではあるが、司陰が口を開くたびに不機嫌になっている。
「あの……鏡野さん。何か言いたいことが……」
「別に」
尋ねようとすると逆に悪化していく。
自分の部屋に唾を飛ばされたくないとか、自分の部屋の空気を汚されたくないとか、そんな理由なのかなと司陰は想像して、ますます口を開き辛くなる。
司陰は突破口を探して目を動かし、それらしいものを見つけた。
「鏡野さん、あれは何ですか?」
「…………どれ?」
また不機嫌になっているが、彼女も高校二年生。そこはぐっとこらえて司陰の指さす方を見た。
司陰が気になったのは黄緑色の透明なグラスだった。
確かにカラフルな置物が多いとはいえ、部屋に食器はそのグラス一つしかない。
「……興味あるの?」
「はい」
司陰が頷けば、鏡野は立ち上がってそのコップの後ろを探すと、何か小さな円筒状のものを持ってきた。
「はい、どうぞ」
「えっと、ありがとうございます?」
そのまま彼女は座らずに歩いて、部屋の扉わきの照明のスイッチの前で立ち止まった。
彼女の指がスイッチを押し、部屋から明かりが消える。
「じゃあ、点けて」
「ふむ……なるほど」
彼に手渡されたのは小型の懐中電灯だった。
そして点けると、青い光が天井に映る。
「これは、紫外線ランプってやつですね」
「そう。ブラックライトを出すやつ。で、それをあの黄緑のグラスに向けると……」
青い光がグラスを透過する。
すると、黄緑のグラスは淡く輝き始めた。
「すごい! 光ってますよ! これも魔装とか
「いや。これはウランガラスっていって、十一年前の
「なるほど。これはいわゆる人類の叡智ってことですね。ちなみに、どこで買ったんですか?」
「どこで? …………私もよく知らないや。これは父親が私にくれたの。二つ一組で、もう一つは母親が持ってる」
「家族を繋ぐ大事なものなんですね」
「……そう…………だね」
司陰も表面上は楽しそうに話しているが、この話を始めてから鏡野の歯切れがどんどん悪くなっていることに気づき、続けることを止めた。
このグラスは二つ一組で、おそらく鏡野に渡される前は彼女の両親が持っていたもの。家族の絆以前に彼女の父親と母親を結ぶものだ。そんな大事なものをいくら娘とはいえ渡せるのだろうか。
それに、彼女は第三十九支部で暮らしていて家族とは離れ離れ。司陰の両親は多少、いやだいぶクレイジーなので、息子に一人暮らしをさせることに何の躊躇もないが、彼女の両親もまともではないのだろうか。
彼女の口振りからして母親は存命だろう。
だが、彼女の父親はどうだろうか。彼女が災害殲滅隊に入ったのは身内に関係者、例えば彼女の父親が隊員だったりするのではないか。
『災害殲滅隊及び関連項目について』の戦死者名簿には…………。
「司陰君? し・い・ん君? なに考えてるの?」
「えっと、いや、あの、俺の両親は今どこにいるのかなって」
司陰はすっかり思考の渦に囚われていたようで、ハッと顔を上げると鏡野の顔があった。
思はず仰け反ってしまった司陰を尻目に、彼女は共感の様子を見せた。
「そういえばそうだね。私と同じか。どうせ司陰君の親も同意書だけ残して去ったんでしょ?」
「同意書? 何ですかそれ?」
「えっと……聞いてないの? 私たちは未成年。災害隊で働くなら一応親の同意がいるの」
「すみません、初耳です。なんか流れで入るものだと思ってました」
「まあ、私も同意書はタンスの中に入ってたのを勝手に提出しただけだし、真賀丘さんのことだから君には知らせずにコッソリ連絡したんじゃないかな」
同意書は必須なので、どちらかと言えばありがたいが、なんでも秘密にされるとなかなか腹が立つものだ。
実は、鏡野の真賀丘に対する態度の理由は半分以上それである。
「正直、私はあんまり親の話はしたくないんだ。なんとなくわかったでしょ?」
「ええ、少しは」
司陰の推測は少しどころか全貌を明らかにしそうだが、言わないことも優しさである。
「そんなことより、私が不機嫌な理由、わかった? 鈍感ってわけでもないんだから、そろそろ気づいてるよね、し・い・ん」
「はい! 部屋の内装、素敵だと思いますよ! グラスも、壁紙も!」
「…………」
司陰の元気な声で鏡野の顔に冷たい笑顔が浮かぶ。
彼女はすっと立ち上がり、右手に【熱供の短剣】、左手にどこからか取り出した晶化ナイフを持って司陰に詰め寄った。
司陰は慌てて壁際に逃げる。
ちなみに正答は
「冗談です! 冗談! アメリカンジョーク!
「ふふっ。ふふふっ。なんでだろう、真賀丘さんにも覚えたことないぐらいの殺意を覚えたの。私はメンヘラでもヤンデレでもないと思ってるんだけど、この場で絞めたほうがいいような気がしてきた」
「あ……え……あの……」
ちゃっかり鏡野靄は扉の前に寄ったときに扉に鍵をかけていた。
彼女の油断はしない、という信条は司陰にとっていいことばかりではないらしい。
翌日、彼は一日中何かに怯えている様子だったが、外傷はなかったので無事に自室に帰れたのだろう。
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