四十七話 世を落とす
「――――はい、咲田です」
『咲田大隊長! 今どこでしょうか!』
「月晶研からの帰りです。今から司令のお見舞いに――」
『その病院へ襲撃です! 急いでください!』
切羽詰まった声で告げられた内容は衝撃的だった。
咲田はルームミラーで後部座席を少し見て検討する。
「二人とも、」
「なんでしょう?」
「ついてきてもらうわ」
アクセル全開。
「捕まりますよ!」
「何とかなるでしょう!」
三人が乗った車は警察に即捕まりそうな速度で走り出した。
・・・・・
『――――こちら現場です。病院は一階部分が激しく燃え、火の手はまさに二階に迫ろうとしています。内部には未だ多くの人が取り残されており、懸命な消火活動が続いております。警察はテロリストの犯行と発表したところですが、詳細は一切明かされておらず、今後記者会見が――――』
テレビの雑な報道を見て霞和斗は嘆息する。
「詳細を明かすも何も、警察は事情を知っているわけないでしょうに」
『和斗、御託はいいから救援に入れ。報道陣のいない病院裏手に霞小隊を展開』
第一隊大隊長白澄の指令を聞いて霞は動き出す。
「大隊長、報道は全面止めさせたほうがいいですよ」
『……月光火薬のことか。どこで聞いた?』
「何人か絞めて吐かせた情報です。魔装革新連団の非合法部門が米国からいくつも国を経由して日本まで月の石を運んで、月光火薬を仕上げたと。それが闇ルートで『吸血鬼』集団に流れたそうです。第二の核兵器の爆発、耐爆コートのある災害隊員はともかく、報道陣は死にますよ」
『わかっているなら早く黒島司令を救出しろ。今、青葉を呼んでいるが、こっちは間に合いそうにない』
「了解です」
霞は二つ返事で通信を切り、自分の部隊を率いに燃え盛る病院の裏を目指した。
司陰が着いた時、病院は既に上階まで一部火の手が回っていた。
「大隊長! 早く助けないと!」
「待ちなさい。無闇に入るとミイラ取りがミイラになりますよ」
咲田が大隊長権限でヨオスクニからデータを取り込む。
「残っているのは、黒島司令、その他十七名、優先救出項目には湯川菜小――」
「菜小!」
「咲田さん!」
「わかった。でも、留意項目に月光火薬。入るなら死を覚悟しなさい。霞小隊が裏にいるから、こちらはマスコミを避けて横から入りましょう」
未成年者へ突入許可。
減給処分は免れないことだが、咲田は二人を止めなかった。
結局【熱供の短剣】で窓ガラスを切断して病院内に侵入した。
火の中を進む方法は一つ。
咲田の【冷渦の細剣】で徹底的に炎の燃焼エネルギーと熱源の熱エネルギーを奪って道を作る。
耐衝撃コートは耐熱性能高めなので火の粉が舞う中でも強引に進める。
問題は上階へのアクセス。
エレベーターは停止、階段では何者かによって撒かれた液体燃料が轟轟と燃えて封鎖している。
火を消して進むしかないが損傷が激しく崩壊の危険は免れない。
咲田は階段を部分的に消化してから検分して言った。
「まだ持つわ。行きましょう」
災害殲滅隊用の階。
司陰がかつてお見舞いに来た時とはすっかり様変わりしてしまった。
白いリノリウムは煤に塗れて薄汚れ、廊下を照らす炎を消せば照明を失って暗闇に覆われる。
咲田は立ち止まり、違和感を二人に伝えた。
「明らかにおかしい。防火壁もスプリンクラーも作動していない。これが計画的な犯行なら、犯人が病院に職員として潜り込んでいた可能性があります」
「どうすれば?」
「慎重に進みましょう。敵がいないと思って油断する頃が不意打ち時です」
そう言った時だった。
横の壁が崩れて、突き破った手が咲田の背後から心臓を狙った。
手が届く頃には咲田の姿はない。
彼女は一瞬で横に回り、伸びた手に【冷渦の細剣】を振り下ろして切断した。
腕の綺麗な切断面から鮮血が飛び散る。
「咲田さん! 人間ですよ!」
「違う!」
「司陰君下がって!」
司陰の顔に付着した血液は仄かな温かみを保持し、かつての【同化】の
だが、状況的には非合理だ。だから靄は司陰のコートを引っ張って無理矢理止めた。
【冷渦の細剣】の周囲に逆の渦が巻き、溜め込まれたエネルギーがそれに沿って光芒を形成する。
収集された熱エネルギーが魔装により転換され、細剣を覆って一時的に体積を増す。
一刺し。
亀裂と熱膨張で壁が割れ、上半身がなくなった人体が顕わになる。
足元には爆弾らしきもの。
咲田は血相を変えてそれに飛びついた。
「……月光火薬。放置できないようです」
「……人が、」
「いや、【吸血鬼】……のなりかけみたい。司陰君行こう」
靄は倒れた死体の下半身から目を逸らして司陰に先に行くよう促す。
咲田は自分の責務を全うしただけ。
司陰は迷惑者でも誘拐犯でも情けをかけるつもりだったが、仲間の命とは天秤にかけられない。
心に広がる闇。
今は無視するしかない。
咲田の許可を得て二人は先へ進んだ。
比較的火の回っていない区域を選んで進むと、なにやら物音のする部屋がある。
この辺りは非常電源が生きていて照明が点いており、開いた扉の隙間から漏れる光は目立って怪しいこと、この上ない。
隠す気はないということはそういうことで、司陰はその病室に心当たりがある。
「……普通に入ろうか」
「そうしましょう」
「――――菜小!」
「城島先生!」
室内にいたのは三人。
担架に載せられた菜小、それを近くで見守る城島、それとおそらくこの病院の看護師。
「おい鏡野、湯川に近づくな。どう見ても死に掛けだろう」
「菜小、しっかりして!」
「無視するな」
司陰が靄のコートを引っ張って止める。
「何があったんですか」
「おそらく月光火薬が混ざった爆弾が上の階での避難中に起爆してな、とっさに耐爆コートをかけたが何人かその爆発でやられた。こいつはその一人で、意識がまだ戻ってないから避難が実質不可能になった。だからそこの看護師とここまで運んできた」
城島が隅の看護師を指す。
その看護師は小さく手を振って返した。
ちなみに、城島は何故か無傷だ。
「ところであの、先生。どうして扉を開けっぱなしに?」
「それは…………あれだ、心配の必要がないからな。これでも私は災害殲滅隊で最強だ」
「不用心を嫌う先生らしくないですよ」
「……まあ、理由はそこの看護師に聞け」
城島は弁解が面倒になって話を放り投げた。
いきなり話を振られたにもかかわらず、その看護師は動じずに話した。
「そうですね、まず襲撃者の目的は患者ではない。あくまで世間の目を引くことがしたいだけ。わざわざ内部をくまなく調べはしない。それに、この患者の容態の悪化が心配です。生命維持装置もない今の状況で、いつ息を引き取ってもおかしくない。救援に来た人が気付くようにしておくのは当然です」
「襲撃者の目的……って、なんであなたが?」
その情報を知っているのか。
この病院に勤務する人間なら災害隊関係者かもしれないが、それより追うべき可能性は……。
正面から見た看護師の顔に司陰は心当たりがあった。
髪色は違うが長髪、座っているだけで周囲の人間の注目を集められる美貌。
彼女は――――。
ズドンッとひと際大きい衝撃が病院全体を揺らす。
天井からパラパラと埃が降ってくる。
四方から軋む音がするが倒壊はしなさそうだ。
着信音がなる。
音の元はまさにその看護師の携帯。
「――――はい、はい? TNT換算で三十トン? そんな量は取引させた覚えが……別の裏ルートかな」
「ちょっと待てよ、そこのなんちゃって看護師。聞き間違いか?」
「いえいえ、司令官。十一番からの連絡なので信憑性は十二分にあります」
「その情報が本当なら、爆発したらここらが更地になるんだぞ」
爆破解体ですらTNT一トン分かそこらで可能なのに、あまりにも多い量だった。
そして、もはや看護師の知り得る情報ではない。
「月光火薬はご存知の通り、エネルギーを圧縮精製した月の石の粉末を配合した爆薬です。火で炙っても爆発しませんが、専用の雷管があれば容易に起爆します。もし、ここ一帯が更地になるのが嫌なら、
城島は唸った。
「いや、しかし、」
「先生、そのレトリビューションってなんですか?」
「ん? 見たことないか? 昼間に
「それなら、」
「だが無理だ。
険しい表情の城島の背にその看護師は手を当て、部屋から出させて二人きりになった。
「先生?」
「すぐ戻る」
看護師は髪色を白色に戻した。
正体はカミナシ。彼女の髪色を変えていたのは浸透染色剤。それは便利な変装道具だった。
カミナシは城島に決断を迫る。
「月晶体の存在を隠ぺいしている現実改変は、押山司陰に起因する。彼が月晶体の存在を受け入れつつある今、そろそろ世間に公表する頃合いだと思わない?」
「
「元素機関が揉み消す」
カミナシの言葉には不思議な凄みがあって、城島は反駁の言葉がでない。
「……あと一年は待ちたかったな。
「元素計画終了後、永遠の楽園で君たちは幸福を享受できる。望みとあらば、記憶も引き継がせよう。だから、」
「わかった」
「……そう」
城島は病室内に戻った。
カミナシはそれを見送った後、回れ右して病室から離れる方向に歩いた。
十数歩したところで、立ち止まってガラスの破片で右の手首に切り込みを入れる。
鮮血が手を通じて零れ、肘から冷たい地面に滴る。
「リストカット、自傷行為による自己存在の確認。……気持ち悪いな。マノに叱られる」
手を下げた時、もう傷の痕跡はない。
もはやカミナシには、身内、友人、自分、あらゆるものへの執着が理解できなくなってしまった。
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