四十三話 世を繋ぐ

 面倒な会議は終わったというのに日本の集団の空気は重苦しい。


 扉を出てからずっとこのような調子だ。




 かろうじて白澄が羽賀に話しかけた。




「本当に申し訳ない、まさかこのような結果になるとは」


「いえいえ、白澄殿、……実はこの結果は大方の予想通りです。城島、いえ黒島殿なしにあちらの要求を突っぱねるのは無理なことですよ」




 羽賀の言葉に白澄は特に反応はしなかった。


 白澄とてこの結果を予期していなかったわけではない。




 その時、一人が別の方向へ進み集団から離れた。


 白澄は羽賀に目で問うが、羽賀が首を振ったので気にせず先に進んだ。








「城島さん、ちょうど今、会議が終わりました」


『どうだった、と聞くまでもないな。交換人数は何人だ? あちらから五人、こちらから五人ぐらいか「残念、日本に十二人です。戦力不足の日本には願ったり叶ったりですね」


『皮肉のつもりか? 昼片、その冗談は面白くないぞ』




 車内で通話する男の相手は城島だ。


 そして、このやり取りは不正なものではない。なぜならどちらも災害殲滅隊の人間だからだ。


 理由はそれだけ。




「これは会議の内容ではありませんが、俺の予想ではその十二人はヴァンパイアですね。体よく厄介払いでしょう。さっさと処理すればいいのに迷惑なことです。やっぱり変な集団に圧力でもかけられてるんでしょう、ふっ」


『他人事みたいに話すな。その変な集団のせいで苦労しているんだ。もう日本国内でヴァンパイアは既に確認済みなのに、これ以上面倒ごとが起きたらお前の負担が増えるだけだぞ』


「問題ありません。十一番と十二番がそちらにいるので。それに、俺はもう一週間は寝てませんから。これ以上仕事は増えません」


『冗談きついぞ』


「試してみます? カフェイン摂ればなんとかなったり」


『もう切るぞ!』




 宣言通り、通話は向こうから切られた。


 電話はしまい、車のハンドルを握る。




「あの人の監視に行って、それから博士のところへ、後は……って予定詰まってるな。まあ、たまにはすっぽかしもありかな」




 この先の道のりはまだまだ長い。






 ・・・・・






 八月下旬。


 月日高校では絶賛夏休み中。ただしこの特別クラスを除いて。


 訓練が日々の授業に割り込むので夏休み返上で彼らは勉強。同級生は部活動や趣味に勤しんでいるのに彼らの境遇たるや哀れなものだった。


 夏休みは実質最後の一週間だけ。




 未雨も継琉も既に退院して学校で授業を受けている。希望ではなく強制だ。


 昼食前にお喋りでもして気持ちを晴らさねばやってられない。




「――――で、菜小が怒ったの。「戦うつもりはないのに訓練なんかいらない!」って。そしたら城島先生が真面目な顔で、「戦う意思がなくても敵は向こうからやって来る。魔装は手にくっついたナイフだ。せめて扱い方を覚えないと、自分が死ぬか、周りが死ぬぞ」って脅したの。あの時は菜小、かなり抵抗してたよ」


「やっぱり最初は戸惑うんですよね」


「当たり前だよ。未だに私は怖い。正直、司陰君も靄ちゃんもどうかしてる。なんで平気なの?」


「未雨さんと同感です。僕も気になってました」




 靄へ視線が集まるが、すぐには答えなかった。




 だがみんな答えを待っていたので、靄はやがて渋々口を開いた。




「……私にとって、月晶体を倒すことこそが使命なの。他の目的のためじゃない。月を倒せるならそれでいい。だから、それが私の普通」


「「つまり?」」


「戦いは私の一部ってこと」




 靄の目は本気だ。


 司陰はなんとなく察して、補足した。




「靄さんの真似はしない方がいいですよ。実力あってこその無茶です」


「私だって戦えるよ!」


「靄さんに敵います?」


「うっ」


「そういうことですよ。魔装が千差万別なら、相応ってものがあるんじゃないですか」












 トントン、と誰かが教室の扉を叩いた。


 特別クラス内には菜小以外の全員が揃っている。


 城島先生はまだ来る予定がない。


 つまり。




「菜小!」




 未雨が駆けて勢いよく扉を開いた。




 見知らぬ女生徒が驚いて硬直している。




「あの……菜小先輩を――――」


「菜小がどうかしたの!? なに!? なに!? なんでもいいから教えて!」


「いや、私も探しに来たんです!」




 未雨を司陰と継琉が引き離し、皆でその女生徒から話を聞くことになった。




 なんでも彼女は菜小の後輩らしい。


 顔に表れるほど心配そうな様子からしてただの部活仲間というわけではなさそうだ。




「私、菜小先輩と部活が同じで。あっ、バスケ部です」


「なんだそういうことか」


「えっ、菜小さん部活入ってたんですか」


「そういえば二人にはまだ言ってないかも」




 ほー、と司陰が関心していたら、靄が後ろから背中をつついた。




「それで、用事があるの?」


「はい、菜小先輩はチームの中心核ですから早く練習に連れて来いって、他の先輩に言われて。もしいないなら、理由を教えてください。個人的にもお願いします!」




 緊張している様子なのに彼女は早口でそう言い切った。


 どう理由を話せばいいか、双子である未雨に注目が集まる。




「ごめん! 菜小にはね、ちょっといろいろあって、」


「事故、なんですか?」


「まあ、そんなところ。だから、部活には当面行けないと思う」


「わかりました。ご飯前にありがとうございました……」




 彼女が肩を落としてしょげるのを見て、未雨は彼女の肩を掴んで顔を見つめて言った。




「一緒にご飯食べよう!」












「――――菜小って、真面目なのにちょっと抜けてるよね。買い物で頼み忘れたものを買って来てくれるのに、頼んだものは忘れるの。先生に跳ぶなって言われてもたまに忘れて跳ぶし」


「わかります! 試合中はすごく強くて格好いいのに、普段はよくユニフォーム持って帰ったまま家に忘れて来るんですよ。おかげで予備のユニフォームがもう三着になりました」


「なんで二着持って帰って来るのかと思ったらそういうことか!」


「そうなんです!」




 未雨は彼女と意気投合した。




 そして、司陰は菜小が戦闘でよく跳ぶ理由を知れて納得した。




「菜小さんの癖の起源がわかりましたね」


「それはあんまり関係ないと思うよ、わからないけど」


「ちなみに靄さん知ってました?」


「うん」


「教えてくれてもいいのに……」








 昼食後、菜小の後輩は皆に別れを告げて教室を出た。




「ありがとうございました。あの、皆さんいい人なんですね」


「うん? 菜小からなにか言われたの?」


「いえその、特別クラスって有名ですから……もちろんいい意味で!」


「あー、偏見持ってたんだ。菜小に言っちゃおう」


「やめてください!」




 よほど菜小に嫌われたくないのだろう、彼女は未雨に縋り付いて懇願した。


 未雨はいい噂を流すことを約束させて彼女を帰した。




 おずおずと継琉が未雨に話しかけた。




「彼女、菜小さんが好きなんでしょうね。悔しかったりしないんですか?」


「身内だよ? それも血の繋がった。菜小がどうするかは勝手だし、私もしたいようにする。そう、お見舞いとかどうかな。今度あの子も誘って行ってみよう。きっと菜小も喜ぶから」

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