第六章 『ブルゼ』の王リオン

第1話 騎士(ナイト)あらわる

 グラフがブルゼに帰った一方で、ステラたちはファイヤースターを目指して、ひたすら山を下って行った。

 花の咲き乱れる山を下ると、眼下には人間の暮らす集落が見えてきた。


「町を突っ切って行くと早いでちけど、どうするでちかねえ?ステラはまだいいとしまちても、ラルフとブランは、、、人間の敵でちのよ」


 シエルは、木の枝をトコトコと、行ったり来たりしながら言った。


「ボクが町をウロウロしたら、たちまち町は大騒ぎさ。〝オオカミが出たー”ってね」


「そうだよ。ボクだって鉄砲で撃たれちゃうかもしれないよ。ボクのお母さんみたいに」


 ブランは、母親が人間に鉄砲で撃たれた時のことを思い出して、身震いした。


 町を突っ切って行きたいのは山々だが、かろうじて人間の容姿をしているのはステラだけだ。

 しかしそのステラでさえ、赤い髪に透き通るような白い肌、少女のような顔立ちには不似合いな、筋骨隆々とした肉体なのだから、目立つことこの上ない。

 そこにオオカミとクマを連れていたら、、、。


 ステラはラルフとブランに目を遣りながら、


「そうねえ。人間のいない山奥を通るとなると、かなりな回り道になるし、、、」


 と思案顔になった。


 ステラたちが、みんなで眼下の町を見下ろしていると、町の様子がどうもおかしい。

 人々が家から飛び出して、ドヤドヤと集まっている。

 何か騒ぎが起きているようだった。


「何かしら?あれは、、、馬車ね。引いているのは、ライオン?」


 ステラの言う通り、ライオンの引く二頭立ての馬車と町人との間で、いざこざが起きているようだ。


「気になるわね。わたし、ちょっと様子を見てくるわ」


「ステラ、あたちもいくでちわ。ラルフ、ブラン、何かあったらすぐに知らせに戻って来るでちからね。待ってるでちよ」


 シエルは、まるで母親が子供に言い聞かせるように言った。


「わかったよ。ボクはブランとここで休んでるから、シエル、頼んだよ」


「もちろんでちわ。ステラにはあたちがついてるでちよ」


 シエルは頼られたことが嬉しかったのか、ツンとクチバシを上に上げて、誇らしげに応えた。


「ステラ、気をつけて」


 ラルフは今度はステラに向かってそう言うと、ブランと並んで、ドカッと斜面の上に体を横たえた。




 ステラはシエルを肩に乗せて、ジャンプしながら山を駆け降りると、馬車が見える辺りまで近づいて行った。


 やはり馬車は二頭立てで、引いているのはライオンだ。

 手綱を持って御者台に座っているのは、黒髪に黒マントという黒尽くめの男。

 そしてその後ろの座席はほろがかかっていてよく見えないが、紫色の髪の毛をした男が乗っているようだ。


「紫色の髪の毛、、、。でも、グラフじゃあないわね」


 紫色の髪の毛といえばグラフだが、、、。


 ステラの言う通り、ほろの中の男は、一見してグラフとは別人だとわかる、グラフよりかなり年上の男だった。

 そしてその男の頭には、王冠のようなものが載っていた。


「どこかの国の王様でちかね?」


 シエルが言った。



 その時、町人の一人が馬車に向かって叫ぶのが聞こえた。


 「どうしてくれるんだっ、オレの馬を。オレの大切な馬が、、、こんなことになっちまって。このっ、、、ライオンめっ」


 町人は憎憎し気に言うと、ライオンの手綱を引いている御者台の男を睨みつけた。


 町人のそばには、馬が腹を噛みちぎられて、血を流して倒れていた。

 時折、馬は体を痙攣させている。


「どうしてくれるんだっ」


 町人は、御者台の男に向かって訴えた。


「大体、お前さん、車をライオンに引かせるなんて、頭がおかしいんじゃねえのか」


 またもうひとりの町人が、同じく御者台の男に向かって怒りをぶつけた。


「そうだ」

「そうだ」


 あちこちから同調する声が沸き起こる。


「見かけねえ顔だな。一体どこのどいつだ?」


 興奮したひとりの町人が、馬車に近寄ると、


「ガルルルルルゥゥゥ」


 とライオンが唸り声を上げた。


 驚いた町人が、思わず手に持った棒切れでライオンを叩くと、逆にその手をライオンに噛みつかれてしまった。

 なんとかして振りほどこうとするが、ライオンは放さない。  

 ライオンの牙は深く喰い込み、とうとう肉が噛みちぎられた。


「うわぁーーっ、やめろっ、やめてくれぇーっ」


 ちょうど肘のところがえぐられて、骨が砕けて手がブラブラしている。


「オレの手がっ、オレの、、、手がっ、、、」


 周りの町人たちは、目の前の光景に驚き、一斉に後ずさった。


「人喰いライオンだぁーっ、みんな、離れろーっ」


 誰かの叫び声で、みんな一斉に馬車から背を向けて走り出し、手を負傷した者と、馬の腹をえぐられた者だけが、腰を抜かして、その場から動けなくなっていた。


「やあ、このライオンは何をするかわからないんでね。ついこの間も、人間を二人ほど、、、」


 御者台の男は、嘘か誠か、そう言うと、腰を抜かして動けなくなっている男たちに向かって、ニヤリと笑った。


「悪いが、そこを退いてもらえませんかね。先を急ぐんでね」


 御者台の男は動じることなく、尻餅をついて動けなくなっている二人の男を見ながら、淡々と言い放ったのだった。


 二人の男たちの顔は、御者台の男とは逆に、恐怖で歪み、何か言おうとしても、アワワワとしか声を発することが出来なかった。

 四つん這いになりながら、なんとか逃げ出そうとするのだが、足に力が入らず、前に進むことができない。


 ウーッ、グァオオォォ。


 ライオンが、男たちに向かって吠えた。


「ひぃーっ、ひぃぃぃぃぃーーーっ」


 男たちはもはや、ブルブルと体を震わせて、自力では這うことすら出来ず、頭を抱えてうずくまっていた。



「シエル、行かなくちゃ」


 少し離れて見ていたステラはそう言うと、たまらず馬車の前に飛び出そうとした。

 

 が、その時、ステラより一瞬早く、男たちの前に飛び出して来た者がいた。


 金髪の長い髪の毛。

 顔には、鼻から目の上あたりまでを隠す、目出しのマスクを被っている。

 盗賊が被っていそうなその目出しのマスクは、片方の目の周りは銀、もう一方の目の周りには金の縁飾りが施してある。

 服装は、さながら中世ヨーロッパの騎士ナイト風。

 腰には剣を携えており、町人たちとはかけ離れた場違いな雰囲気を醸し出している。


 ―あの男は一体、、、。


 ステラは飛び出すタイミングを逸して、その金髪の男を見つめた。

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