第2話 種はどこへ

「海って最高ーーー」


 騎士は、まるでサーフィンでもしているかのように、上手くイルカを乗りこなしている。


「たっのしーーーい、わああああっ」


 ステラも、時々振り落とされそうになりながらも、イルカと一緒に波と戯れるのを存分に楽しんでいた。


「ボクだって、ほら、上手いでしょ、ゴボボボッ」


「ハハハハ、無理するんじゃないぞ、ちゃんと捕まっとくんだぞ、ブラン」


 ラルフはそう言うと、月に向かって、ワォーンと吠えた。


「シエル、大丈夫?」


「もちろんでち。ピロッ、ピロッ、おぼっ、おぼれ、、、」


 アハハハハハ。


 ステラたちは、夜の海にすっかり気持ちを開放して、久しぶりに緊張のないリラックスしたひと時を楽しんだ。


 そしてやがて、踊り疲れた海がやっと静かになった頃、イルカはステラたちを乗せて、島に泳ぎ着いたのだった。



「イルカさん、ありがとー」


 ステラたちを島に下ろして去って行くイルカに向かって、ステラたちは大きく手を振りながら見送った。


 イルカたちは、月明かりに照らされた、今はすっかり穏やかになった海を、今度はゆっくりと泳いで帰って行った。


 イルカたちが去ると、ステラたちは急に現実に引き戻された。


「うわぁー、びっしょ濡れだぁ」


 騎士が、やれやれというように言うと、


「あたちも羽の奥まで濡れてしまったでちよ」


 と、シエルもクチバシで羽を繕っている。


 シエルは、羽がぐっしょりと濡れてしまったおかげで、見窄みすぼらしく萎んだように見えるのを気にして、なんとか早く元に戻そうと必死になっているのだ。


「なんだ、シエル、本当は小っちゃいんだな」


 騎士がそう言うと、シエルは頬をぷぅっと膨らませて、騎士の顔のあたりで、濡れた羽をバサッと大きく羽ばたかせた。


「うわっ、冷たいっ。や、やめてくれよぅ」


「レディに向かって失礼なことを言うからでちわ」


 シエルはそう言うと、続けてまたバサッと羽を羽ばたかせた。


「うわっ、わかったよ。ごめんごめん」


 騎士がシエルに謝ると、今度はすぐそばでラルフがびしょ濡れの体をブルブルッと震わせた。


「うわっ、なんだよ、ラルフまで。水がかかって冷たいじゃねえか」


「ああ、騎士、悪かったな。羽や毛はどうしても水を含むものだからね」


 ラルフは涼しい顔をして、そう言った。


「絶対わざとだよ、ブツブツ、、、」


 騎士は一人でブツブツと文句を言っている。


 ステラはその様子を見てクスッと笑うと、体が濡れていることなど構うことなく、弾んだ声でみんなに声を掛けた。


「さあ、ここが最後の目的地よ。わたしたち、とうとうここまで来たのよ。後はファイヤースターの種を見つけて、咲かせるだけね」


「よし、今晩のうちにファイヤースターの種を見つけよう」


 ラルフも、気持ちの高ぶりを抑えきれないように言った。


「シエル、種子はどこなんだい?どっちの方角に行けばいいんだい?」


 ラルフは興奮から、つい早口になっている。


「それが、、、アレでちわね、、、」


 しかし、シエルの返事はどうもはっきりしない。


「ん?どうかしたのか?」


 騎士は、シエルの反応を不思議に思って、シエルの顔を覗き込むように見た。


「それが、、、でちね、、、」


 シエルにしては、どうにも歯切れの悪い返事だ。 


「シエル、どうしちゃったの?」


 ブランも不思議そうに尋ねた。


「それが、、、どうしたのか、あたちにもわからないでちよ。さっきまで働いてたレーダーが、、、壊れちゃったでちかね、、、」


 シエルがどうしていいのか、モジモジとした様子で答えた。


 シエルの答えを聞いて、不安になったステラたちは、シエルの元に、取り囲むように集まった。


 とその時だった。


 ステラの首にかかったペンダントが、急に光を発し出したのだ。


 月の形をしたそのペンダントは、予言者オラコがステラにくれたものだ。


 予言者オラコは、ペンダントをステラに渡しながら、『これは私とあなたを繋ぐ扉』だと言った。


 ステラはオラコのその言葉を思い出しながら、胸元で強い光を放っているペンダントに手を触れた。


「オラコ、、、」


 と、その瞬間、目の前の景色がグワングワンと回りだし、ステラたちは、何かに吸い込まれるような感覚に襲われた。


 ―この感覚は、あの時と同じ。

 

「うわーっ!」


 目眩のような感覚に、みんな思わず叫び声を上げた。


 と同時に、急に視界がまばゆい光で見えなくなり、意識が遠のいていくのを感じた。


 遠のいた意識が戻って、次に見たのは、真っ白な四角い部屋の中だった。


 ―やっぱり、、、あの時と同じ。


 壁も天井も、すべて真っ白なガランとした部屋に、テーブルがひとつと椅子が6つ。

 

 椅子の一つには、老婆が座っている。


 そして、、、。


「オラコ!」


 ステラとラルフとシエルが、同時に叫び声を上げた。


 ステラたちの向かいの椅子に座っている老婆は、さっきステラが予感した通り、ステラをこの地球に導いた、あの予言者のオラコだった。


「オラコ、どうして、、、?」


 ステラは何と言えばいいのか、何から聞けばいいのか、頭が混乱して言葉が出てこなかった。

 

 オラコは、ステラの問いには答えずに、向かいにある5つの椅子に掛けるようにと、静かにみんなを促した。


 騎士とブランはオラコに会うのは初めてだ。


 物珍しそうに部屋の中を見回している。



「ステラ、ようこそ。ここまで辿り着いてくれて嬉しいわ。ラルフも、素晴らしい勇気だったわね」


 オラコは、ステラとラルフに向かってやさしく微笑んだ。


「あなたが騎士ね、初めまして、オラコよ。ブラン、初めまして、よろしくね」


 続いてオラコは、騎士とブランにも、温かい微笑みを投げかけた。


「オラコ、実はあたち、、、」


 ここでシエルが、種のりかを感知するレーダーが働かなくなったことを伝えようとした。


 そのことでここに呼ばれたのかと、シエルはそう考えたからだった。


「いいのよ、シエル。わかっているわ。お役目ご苦労様。あなたはとても勇敢に使命を果たしてくれたわ。素晴らしかったわ、シエル」


 オラコは、シエルを見つめると、手を伸ばしてやさしく羽を撫でた。



「さあ、あなたたちに伝えておかなければならないことがあるわ。それはもちろん、ファイヤースターのことよ」


 オラコは、ステラたちを順番に見つめると、静かに話し出した。

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