第九章 ファイヤースター

第1話 波との競演

「よーし、ついに来たーーーっ。やっと辿り着いたぜ」


 騎士は、月明かりの中に、遥か遠く太平洋に浮かぶ小島を見つけると、島に向かって大きく手を振りながら飛び上がった。


「喜ぶのはまだ早いでち」


 シエルは騎士をチラッと見ると、フンというような口調で言った。


「シエルの言う通りだよ。ここからあの島まではかなり距離がある。泳いで渡れるとは思えないし、周りには人っ子一人いない。かと言って、船なんてものも見当たらない」


 ラルフも、喜んで浮かれている騎士に向かって、諭すように言った。


 しかしそう言いながらも、その言葉とは裏腹に、みんなの心は、つい浮き立つのを抑えることはできなかった。


 ステラたちは、やっと最終目的地まであと少しというところまで来たのだ。


 リオンが風に溶けて消滅した後、その余韻に浸る暇もなく、ステラたちは最終目的地である太平洋の小島を目指して走り続けて来たのだった。


 ステラたちが海の向こうに見ているのは、太平洋に浮かぶ名もない小さな島だ。


 そこにファイヤースターの種がある。


 ステラたちは期待に大きく胸をふくらませていたのだった。


「もうすぐ父さんに会える、ね、ステラ、そうだよね?」


 ブランも声を弾ませた。


「そうよ、ブラン」


 ステラは、月明かりに照らされた夜の海を見ながら、感慨深げに頷いた。


 ―やっとここまで来たわ。あとはファイヤースターを咲かせれば、地球は愛と癒しの星に生まれ変わるのよ。そうすれば、わたしもお父さんに会える。


 ステラは、地球に転移する時に、ブナの木のファントームであるブーヴァによって見せられた、父チュリオンの最期の姿を思い出していた。


 ドス黒い炎に、一瞬で飲み込まれていった、父チュリオンの姿を。


 ステラの胸には、その時の父チュリオンの驚愕の表情が刻み込まれていた。


 ―絶対にファイヤースターの花を咲かせて見せるわ。


 ステラは、海の向こうの小さな島を見ながら、改めてそう誓ったのだった。


「さあ、これで仕上げだ。紫のオッサンもいなくなったことだし、ファイヤースターの種さえ見つければ、あとは7日間、花が咲くのをゆっくり見物といこうぜ」


 騎士は自分とみんなを鼓舞するように、島に向かって「おーっ」と声を上げながら拳を空に向かって突き上げた。




「よーし、じゃあさっそく島に渡ろうぜ」


 騎士が海岸から先陣を切って、威勢よく沖に向かって、ジャブジャブと駆け出した。


「騎士、無茶をするんじゃない。そう簡単に泳げるような距離じゃないって、さっき言ったばかり、、、」


 ラルフの言葉が終わらないうちに、騎士はすぐに深みに足を取られ、波を被って溺れそうになった。


「うぐっ、げぼっ、おぼっ、おぼっ、おぼれるーっ」


「騎士、大丈夫?」


 すぐにステラが騎士の手を引っ張って砂浜へと引き上げた。


「騎士、ラルフお兄ちゃんの言うこと聞かないからだよ」


「ホント、世話が焼けるでち」


 シエルは呆れ顔だ。


 ブランとシエルにたしなめられて、騎士は慌てて言い訳をした。


「だってオレは山育ちだからな。海があーんなにすぐに深くなって、波があーんなに寄せてくるなんて、知らなかったんだよ」


 騎士が大袈裟に、身振り手振りで必死に訴えた。


「大丈夫よ、騎士。そんなこと、誰にでもあることよ。だって、、、ねえ、ラルフ?」


 ステラが、ラルフに肩をすくめて笑い掛けた。


「ああ、確かに」


 ラルフは、すぐにステラの笑顔の意味を察した。


 ステラは、予言に従って、ラルフと一緒に紫の洞窟に行った、あの帰り道のことを思い出していたのだ。


「ファルコンがいればなあ」


 そう、ラルフとステラはあの時、二人して溺れそうになっているところを、鷹のファルコンに助けられて、なんとか岸まで帰り着くことが出来たのだ。


「そうね。あの時溺れずに済んだのは、ファルコンのお陰ねね。残念だけど、ここにはファルコンはいない。でもきっと大丈夫。なんとかなるわ」


 ステラは夜空を見上げて、月を指差した。

 

「月が綺麗ね。ほら見て、満月よ」


 黄色くぼうっと輝く満月が、澄み切った夜空をやわらかく照らしている。


 海面に映し出されたその黄色い満月は、波と一緒にゆらゆら揺れて、見つめているうちに、別世界へとワープして行きそうな錯覚を覚えた。


「ねえ、ラルフ。出会った日もこんな満月の夜だったわね」


「“満月の夜にステラが降ってきて、この森を救う”、その予言通り、キミが空から降ってきた」


「そう。わたしは予言に導かれてこの地球にやって来たのよ。地球を救うために」


 ステラは感慨深げにそう言うと、さらに言葉を続けた。


「わたしはあの島に行かなくちゃいけないわ、どうしても。いいえ、行くことにのよ」


「ねえ、ラルフ、そうでしょ?」


「ああ、そうだね。ステラはあの島に行がなくちゃいけない、何があっても。いや、行くことになっているんだよ」


 ステラは心地よい夜風に吹かれながら、満月に向かって、久しぶりに、愛と癒しの歌を口にした。


「ルラララルラララチュリティブチュリティブ、、、」


 故郷『ブルームハート』で、チューリップのファントームだった頃、いつも口ずさんでいた歌だ。


 ステラがこの歌を唄うと、大地にはいつも愛と癒しの風が吹き渡った。


 ステラは唄いながら、愛や癒しや喜びしか知らなかったブルームハートでの日々を思いだしていた。



 夜の海にステラの澄み切った歌声が響き渡り、海を愛と癒しの風がやさしく吹き渡った。


 ステラの歌に誘われて、波が飛沫しぶきを上げて踊り出す。


「うっひょー、すっげえ波だな」


 波は上空に大きく舞い上がったかと思うと、次の瞬間、強く海面に打ちつけられて、飛沫しぶきが飛び散って、キラキラと月明かりに煌めいた。


 ステラたち以外誰もいない夜の海を、波は大胆に舞い踊った。


「ルラララルラララチュリティブチュリティブ、ルラララルラララチュリティブチュリティブ、、、」


 ステラの澄んだ声が海に響いて、ますます波はリズムに乗って、はるか上空までキラキラと散り飛んだ。


 異次元にでもいるかのような錯覚の中で、ステラたちはただただ波が踊るのを見つめていた。



 、、、とその時。


「あれっ、見て見て、何かがやってくるよ」


 ブランが叫んだ。


「あれはもしかして、、、噂に聞いた、、、」


「イルカでちわ」


「そうそう、それだよそれ」


「ボクも本物を見るのはこれが初めてだ」


 ラルフも、初めて見るイルカの姿を物珍しそうに眺めている。


 イルカは、舞い踊る波の間で、大きく半円を描いて、空中に飛んではまた海に潜ってを繰り返しながら近づいてくる。


「こっちに来るでち」


 イルカが海岸近くまでやってきて、ステラに向かってキューキューと鳴いた。


「なあに?えっ、もしかして、、、乗っていいって言ってるの?」


 イルカたちは、ステラの言葉を肯定するように、キューキューと鳴いた。


 ちょうど五頭のイルカが、背びれを海面から覗かせて、海に漂っている。


「おおっ、サンキュー」


「、、、よっと」


 さっき溺れかけたのも忘れて、騎士が一番にジャブジャブと駆け寄ると、イルカにすがりついて背中に乗って、その背に立ち上がった。


「うわっ、うわっ、うわわわわっ」


 イルカが急発進した途端に、騎士は振り落とされて、あっけなく海にボチャンと投げ出された。


「何やってるんだよ、騎士。ププププッ」


 ブランが思わず笑い声を立てた。


「まったく。ちゃんとまたがってつかまるでちよ」


 シエルは背びれの上にちょこんと、澄まし顔で乗っかっている。


「さあ、行こう」


 ラルフも犬かきの要領でイルカに辿り着くと、背中にしっかりと四本足で立った。


「ラルフお兄ちゃん、カッコいいなあ。よーし、ボクだって」


 ブランもラルフの真似をして、手足をしっかりとイルカの背中につけて乗った。

 

 ステラは、背びれを手で持ちながら、イルカの背に跨っている。


 騎士は凝りもせず、またイルカの背中に立ち上がろうとしていた。


「騎士、また振り落とされるぞ」


「なに、大丈夫さ。オレは二度もヘマなんかしないよ」


 騎士は今度は少し足を曲げて、うまくバランスをとった。

 



「さあ、出発よ。あの小島まで、イルカさん、お願いね」


 ステラがイルカの頭を優しく撫でると、五島のイルカは一斉にキューキューと鳴きながら、泳ぎ出したのだった。


「うわっ、よせ、ゴボッ、ゴボボボッ」


「ゴボッ、波に飲まれるっ」


「羽がびしょ濡れでちわっ」


「ゴボッ、怖いよう」


波飛沫なみしぶきで、、、前が見えないわ」


 波はさっきよりもますます空高くうねり、吹き渡る風と共に縦横無尽に、自由に踊っている。


 イルカはその波の間を弧を描いて大きく跳ねたかと思うと、今度は吸い込まれるように潜り、波との競演を楽しむかのようにキューキューと鳴きながら、跳ねては潜り、跳ねては潜り、島に向かって進んだ。


「うひゃー」


「ピロッピロッピロッ」


「うあああああっ」


「おおおおっ、ゴボッ」


「わあああああっ」


 こうして、夜の海に叫び声を響かせながら、ステラたちは、月明かりの中をイルカと共に跳ね飛びながら、ついに最終目的地の小島へと向かった。


 

 

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