第5話 増幅

「ステラ、残念ながら、見ての通り、お前の風はワシにはもう通用せぬわ。愛の力も所詮はその程度。邪悪な力にはかなわぬのだ。今日という今日は、これまでの分、しっかりとお返しさせてもらわねばならん。ハーハッハッハ」


 目を見開き、口を歪めてひとしきり笑うと、リオンはまた言葉を続けた。


「この地球を支配するのは、邪悪な力だ。残念ながら愛の力などというものは、この地球、いや宇宙のどの星にも必要などない。邪悪こそが正義。邪悪な力による支配こそが秩序を産むのだ」


 銀色の風を受けながら、リオンの黒いマントははためき、紫の毛髪は天に向かってメラメラと揺らめいた。


「くそっ、何が邪悪な力だ。そんなもんに支配されてたまるかよっ。オレが相手だ、覚悟しろよ」


 騎士が、ついさっき瀕死であったとは思えぬ跳躍力で飛び上がり、リオンの肩からバッサリと剣を振り下ろした。


「くたばれぇぇぇーーーっ」


 剣がリオンの体を斬り裂き、ポッカリと開いた傷口からは紫の液体が染み出した。


「へっへー、どうだ、紫のおっさん。思い知ったか」


 騎士は今度は体勢を低くして、リオンの胸のあたりに向かって下から剣を振り上げた。


「とどめだぁぁぁぁーーーーっ」


 騎士の剣は、腰から胸のあたりに向かって、リオンの体を深く鋭く斬り裂き、そこからもまた、紫の液体が染み出してきた。


 騎士の剣によって、上からと下からと体を大きく斬り裂かれたリオンは、しかし、得体の知れない不気味な笑みを浮かべて騎士を見たまま動かない。


「な、なんだよ」


 ジュルジュルジュルジュル、、、。


 リオンを取り囲んで、騎士たちが見守るその目の前で、リオンのその斬り裂かれた傷は、染み出した紫の液体によってふさがれ、そしてやがて傷を塞いだその紫の液体も体内に吸収されていった。


「フッフッフッフ」


 リオンが低く笑った。


 傷は跡形もなく消え、それどころか、紫の液体が吸収されると同時に、リオンの体は一回り大きくなり、それによって身につけていた服は引き千切れて、はち切れんばかりの筋肉に満ち満ちたその体が露わになったのだ。


「うおおおぉぉぉぉーーー」


 リオンが拳を握りしめて、天に向かって叫んだ。


 姿形は人間と変わらず、しかし紫色の肌には、肌よりも更に濃い紫の液体の通る管が浮き上がって見える。


 全身にめぐらされているその管を通って、紫の液体は、体の隅々まで行き渡り、浸透していったのだ。


「こ、このバケモノ野郎」


 騎士は、もう一度剣を構えた。


「わからぬのか?お前は今、ワシに対して、、その剣でワシを斬りつけた、そうだな?」


 リオンは、含み笑いをしながら騎士にそう語りかけた。


「ああ、そうだ。オレの頭は怒りで気が狂いそうなくらいさ。それがどうしたって言うんだよ?」


「馬鹿なヤツだ。ワシを誰だと思っておるのだ?」


「誰って、、、。どういう意味だよ?お前は、邪悪の星から来た悪魔、サタンさ」


 リオンはその答えを聞くと、もう一度、フフフフ、と含み笑いをした。


「悪魔、サタン、、、。フッフッフッフ。その通り。ワシは邪悪の星『ブルゼ』の王だ。よく目を開いて見るが良い。ワシを包むこの邪のオーラは、ワシがこれまで闇に葬り去ってきた動物たちの憎しみや怒りでできておるのだ。ワシがこの体に取り込んだ怒りや憎しみを、邪悪な力として、ヴォルデュー様がワシに授けて下さったのだ」


 リオンはそう言うと、胸を張って、拳に力を込めて、隆々と筋肉の発達した肉体を騎士に向かって誇示した。


「そんなもんに負けたらなんかするもんか。オレは正義の味方、騎士ナイトだ!」


 騎士は黄金の剣を天に向かって突き上げた。


「さあ、リオン、オレが怒りを込めて斬りつけたから、だからなんだって言うんだ?」


 騎士は、剣を胸の前に握り直した。


「頭の悪いヤツだ。まだわからぬのか?つまり、怒りや憎しみこそワシの力の源。お前たちがワシに怒りや憎しみをぶつければぶつけるほど、ワシは強くなるのだ」


 リオンはそう言うと、騎士に向かって杖を振り下ろした。


 大きな稲光と爆音と共に、稲妻が騎士の体を直撃し、け損なった騎士は、腹のあたりを押さえて転げ回った。


「うっ、、、なんで、こんな、、、」


 騎士は、血の流れる腹を押さえながら、稲妻の威力に驚いて目を見張った。


 明らかに、リオンの稲妻の威力は大きくなっている。


 お陰で避けきれずに、騎士は稲妻の衝撃をまともに受けることになってしまったのだ。


「お前の怒りや憎しみのお陰で、力が倍増したわい」


 リオンは、満足そうに口元を歪めてニヤリと笑った。


 と、その時、、、


「騎士に何するんだよっ」


 騎士が血を流して転げ回る姿を見て、怒りと憎しみを抑えきれなくなったブランが、リオンに向かって突進した。


「やめろ、ブランっ」


 騎士はなんとか起きあがろうとしたが、よろけてその場に倒れた。


「くそっ」


 騎士は自分の不甲斐なさに、剣を地面に突き立てて悔しがった。


 騎士がそうする間にも、ブランはリオンに飛びかかり、爪で引き裂き、リオンの腹のあたりに噛み付いた。


「おおっ、小僧、そんなにワシが憎いか?」


 リオンは噛み付かれていかるどころか、ブランの怒りや憎しみをもてあそぶかのように、顔に笑みを浮かべた。


「わからぬヤツだ。お前のその怒りが、憎しみが、ワシの大好物だと、何度言えばわかるのだ。さあ、見るが良い」


 ブランが噛み付いた顎を離すと、すぐに紫の液体が染み出してきた。


「おおおおっ」


 リオンは、紫の液体が傷を塞ぐ快感に震えた。


 そして次に、傷を塞いだ紫の液体は、肌に浮き上がった紫の管に吸収された。


 怒りや憎しみのエキスが溶け込んだ紫の液体は、管を通ってリオンの全身に行き渡り、それと同時に、リオンの全身の筋肉は膨れて、また一回り大きくなったのだった。


「ば、バケモノ」


 ブランが目を見開いて2、3歩後ずさると同時に、リオンは、


「うおおおおおおーっ」


 と、天に向かって叫んで、勢い良く、ブランに向かって杖を振り下ろした。


 ドドドドドドドドッッッ。


 さっきよりも更に大きな稲妻が、ブランを襲う。


 たまらずラルフがブランに飛びつき、ラルフとブランは抱き合って地面を転がった。


 しかし、大きな爆音とともに、ラルフとブランを襲った稲妻は、更に広い範囲で地面を破壊し、同時に、ラルフとブランの骨を砕き、肉を削ぎ取ったのだった。


「グゥゥゥ、、、ウグッ」


 ラルフのうめき声が響いた。


 ブランはうめき声どころか、地面に転がったまま微動だにしない。


「ラルフッ、ブランッ」


 騎士は、ラルフとブランに向かって駆け寄ろうとするが、血にまみれた手足は言うことを利かず、体を引きずることしかできない。


「チクショーッ」


 騎士はもう一度、体の側に転がっている剣を拾って、不甲斐なさと苛立ちをぶつけるように、悔しそうに地面に突き立てた。



 



 

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