第6話 邪神ヴォルデュー

 リオンは満足そうに騎士とラルフとブランを眺めた後、ゆっくりとステラに目をやった。


「さあ、ステラ、次はお前の番だ。どうした?怖気付おじけづいたのか?」


 リオンがニヤリと笑った。


 うつむいて目を瞑ったステラの姿が、リオンには、まるで何かに怯え、耐えているように見えたのだ。 



 この時ステラは、自分の胸の奥に意識を集中して、胸の中に光を集めようとしていた。


 ―愛の風は効かなくても、光の球を使って、リオンの体に光を入れることができれば、きっとリオンの中にある愛を呼び覚ますことができるはず。


 ステラはそう信じて、胸の奥にある愛の光を集めようとしていたのだ。


 しかし、騎士が稲妻に吹っ飛ばされて、次はラルフとブランまで、、、。


 ステラは、怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか、それともその全てなのか、ステラ自身にもわからないに邪魔されて、どうしても胸の奥にあるはずの愛の光を見つけることができなかった。


 ―わたしは愛と癒しのファントーム。


 ステラは何度も自分の胸に言い聞かせた。



 しかしどれだけ言い聞かせても、人間の体を持って初めて知った、怒りや悲しみや憎しみというものが邪魔をして、ステラは、愛の光を集めることができない。


 ―わたしは愛を、見失ってしまった。


 


「ほほう、なるほど。『光の球』、、、か」


 ステラが拳を握りしめながら、意識を集中させている様子を見て、リオンは、ステラが愛の光を集めようとしていることを察した。


 そしてリオンは、まるでステラの胸の内を見透かしたようにこう続けたのだ。


「おおおお、感じるぞ、ステラ。お前の憎しみを。さあ、もっと憎むがいい。憎しみをワシに向かって放つがいい」


 リオンはそう言うと、ハッハッハッハ、と、声を上げて笑った。


 ―わたしの胸の中は、リオンへの憎しみでいっぱい、、、。


 ステラはガックリと地面に膝をついた。


「愛ほど無意味で、そして愚かなものはない。そのことにやっと気づいたようだな。しかし残念ながら、今更気づいてももう遅い。さあ、ステラ、ついにお前も終わりだ」


 リオンはそう言い終わると、杖を大きく上に振り上げた。


 目と口を上に吊り上げて、まさにとどめの一撃を振り下ろそうというところで、シエルが羽をバタつかせてリオンの顔の前を飛び回った。


「ギーッ、ギーッ、ステラ、やるでちよっ、光の球を放つでちっ」


 しかしステラは目に涙を光らせてじっとしたままだ。


「ええいっ、小賢こざかしい鳥めっ」


 リオンは振り上げた杖を、シエルに向かって振った。


 ズドーーーーンッ。


 稲妻がシエルを掠めて地面に落ち、大きくバランスを崩したところに、今度は飛んできた石や土の直撃を受けて、シエルは傷だらけになって地面に落下した。


「シエルッ」


 ステラはシエルに駆け寄って、羽をなでてやりながら、何も言えずに呆然とシエルを見つめた。


 ―今度はシエルまでが、こんな目にあって、、、。


 〝愛ほど無意味で愚かなものはない”、、、リオンの言葉がステラの耳にこだました。



 しかしシエルは目を開けると、どうにか口を開いて、ステラを見つめてはっきりと言った。

 

「ステラ、、、やるでちよ」


「シエル、、、」


 その時、ステラの背後からラルフの声も聞こえてきた。


「ボクは、、、ステラを、、、信じているよ」


「そうさ、ステラ、、、早く愛の力を見せてやれよ」


 騎士の声も聞こえてきた。


 みんなの声を聞いて、ステラの胸はいっぱいになった。


 騎士やラルフやシエルや、そして意識を失って口も聞けないブランへの愛しさが、ステラの胸の奥に光を灯した。


 ―そうだ。わたしはこんなにも、みんなを愛している。




 しかしここで、リオンがしびれを切らして大声を出した。


「何をグダグダと。もはやワシには、愛の力など通用せぬわ。やれるものならやってみるが良い」


 リオンは、ステラを正面から見つめて仁王立ちした。


「どうした?できぬのか?愛が尽きたか。口ほどにもない。ならば、今こそ邪悪の力を思い知るがいい」


 リオンが杖を振り下ろそうとしたその時、


 ステラは、胸の中から大きく輝く光の球を取り出し、リオンに向かって放ったのだった。


 シュルルルルルッ。


 ステラの両手から放たれた光の球が、万華鏡のように煌めきながら、リオンの胸に真っ直ぐに吸い込まれていった。


「うぐぐぐぐぐ、、、うっ、、、」


 リオンの体内に入った光は、少しづつ全身に広がっていった。


「うおおおおおっ、、、魂が、、、引き裂かれていくようだ、、、」


 リオンは天を仰ぎ、広げた両手の拳を握り締めて全身が光に侵食されていくのを耐えている。


 温かな光は、かまわずどんどんリオンの体の中に広がっていった。

 

「ヴォ、、、ヴォルデュー様ああああっ、、、」


 リオンは、苦悶の表情を浮かべて、体を震わせながら天に向かって叫んだ。


 リオンの苦しむ様を見つめるステラたちの耳に、リオンの叫び声と同時に、どこからか呪文のような声が聞こえてきた。


 スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。


「何かしら、この声。気味が悪いわ」


 すると今度は、急にあたりが暗くなってきた。


 ステラと騎士とラルフとシエルが、一斉に空を見上げる。


「なんだ?あれは、、、?」


 騎士が、絞り出すような声で言った。


 どこからともなく、紫色の雲が現れて、空を覆っている。


「ヴォ、、、ヴォルデュー様ぁぁぁ、、、」


 息も絶え絶えになりながら、リオンは雲に向かって両手を伸ばして、もう一度、邪神ヴォルデューの名前を叫んだ。


 リオンが叫ぶと同時に、リオンの紫色の髪の毛は、上へ上へと伸びて行き、ついに紫の雲へと繋がった。


「ブレス」


 雲の中から声が響くと、みるみる間に、リオンの体内に入った光は、紫の雲へと吸い上げられていった。


 やがてリオンの体の中に広がっていた光は、紫の髪の毛を通って、残らず雲へと吸い上げられた。


「うおおおおおおおーーーーっ」


 リオンが雲に向かって拳を突き上げて叫ぶと、今度は、黒紫の煙のようなものが、毛髪を通じて体内へと戻された。


「おおおおおおっ、なんという気持ちの良さだ。邪気が体内に満ちてゆく、、、」


 リオンは、紫色の髪の毛をゆらゆらと揺らしながら、雲と繋がったまま、邪気の満ちる感覚を味わった。


 

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