第7話 黄金の剣

 邪神ヴォルデューの力によって、光を邪気に代えて全身にみなぎらせたリオンは、恍惚こうこつとした表情で天を仰ぎ、拳を握りしめて立っていた。


「くそっ、このバケモノ」


 騎士ナイトは悔しさで居ても立っても居られずに、なんとか立ち上がろうと、剣を地面に突き立てて、腕に力を込めてみるものの、どうにも立ち上がることができない。


「ブランッ」


 騎士はもがきながら、今度は微動だにしないブランに向かって声をかけた。


 しかし、ブランからはやはり何の反応もない。


「チクショーーーーッ」


 騎士は自分自身の不甲斐なさに耐えきれず、拳で何度も足を叩いた。


「騎士、心配するな。ブランは生きている。ブランの体の温もりと、胸の鼓動はボクにちゃんと伝わっているよ」


 ブランと重なり合うようにして倒れているラルフは、ブランの生命いのちの火が消えていないことを、しっかりと感じ取っていた。


「今は眠らせておくしかないよ。どちらにしても、憎しみや怒りではヤツには太刀打ちできない」


 ラルフのその言葉を聞くと、騎士は体を起こそうとするのをやめて、ドサリと仰向けに脱力したのだった。





「あれが、邪神ヴォルデュー、、、」


 ステラは、リオンの毛髪と繋がった紫の雲を、ただ茫然と見つめていた。


 どんなに光をリオンの中に注いでも、それは何の意味もない。


 ステラがリオンに注いだ光は、新たな邪のエネルギーとして、リオンの中で生まれ変わってしまうのだから。


 愛のエネルギーは、邪神ヴォルデューによって、邪のエネルギーとして再生される、そのことは、ステラを強く打ちのめした。


 目の前で雲と繋がった紫の毛髪を、ゆらゆらと揺らしながら立っているリオンは、ついさっきステラたちの目の前に現れたあの時のリオンとは、もう同じではないのだ。

 

 さっきより、もっと強い邪気をたたえたリオンのオーラに、ステラは圧倒されていた。


 憎しみや怒りを栄養にして、一回りも二回りも大きくなったリオンの姿に、ステラは初めて恐怖を感じていたのだ。





「どうしたのだ、ステラ、そんな顔をして。まるでヘビに睨まれたカエルのようではないか。そんなにワシが怖いか。クックックック」


 リオンは込み上げる笑いをこらえきれないと言うように、肩を震わせて笑った。


「さあ、茶番は終わりだ」


 リオンは躊躇ためらうことなく、ステラに向かって無情に杖を振り下ろした。


 ドガーーーーン。


 地面には大きな穴が開き、ステラは瞬時に跳び退いたが、爆風で吹き飛ばされてしまった。


「うっ、、、」


 地面に強く叩きつけられて、起き上がることができない。


 しかし痛みに耐えている暇はない。


 リオンはダメージを回復する時間をステラに与えることなく、続けざまに杖を振った。


 ドガーーーーン。


 ステラはどうにか力を振り絞って、また跳び上がってかわす。


 しかし稲妻の威力に、ステラの反応は次第に追いつくことができなくなっていく。


 ドガーーーーンッ。


 ドガーーーーンッ。


 ドガーーーーンッ。


 続けざまの攻撃の度に、ステラは肉を削がれ、骨を砕かれ、そして闘う気力さえ奪われていった。


「ハーハッハッハ。いつまでそうやって逃げ続けることができるのか、なあ、ステラ。ワシは杖を一振りするだけで、どこまでもお前を追いかけることができるのだ。お前はワシのてのひらの中にいる。さあ、好きなだけ逃げ惑うがよい」


 リオンがまた杖を振り下ろした。


 ドガーーーーンッ。


 跳び上がるタイミングが遅れたステラは、爆風に抗うすべもなく、地面に叩きつけられて転がった。

 

「ううううっ、、、」


 ―このままじゃ、、、。


 打ちのめされたステラの目に入ったのは、傷を負って力なく地面に転がる騎士やラルフたちの姿だった。


 血を流して全身を震わせている騎士、そしてその向こうには、気を失ったブランと、ブランを庇って抱き合うように転がっているラルフがいた。


 シエルは羽が折れているのか、飛ぶことができずにバタバタともがいている。


 傷ついて苦しみながら、しかし、みんなの視線は強い光を保ったままステラに注がれていた。


 そのことに気付いた瞬間、ステラの胸には、みんなの思いが伝わってきた。


 ―諦めてなんかいない。みんながわたしを信じている。


 ステラの胸が熱くなった。


 ―でも、、、。




 その時、地面に倒れているステラの頬を風が熱くなでた。


 ステラの心に火を灯すような、勇気を呼び起こすような熱い風、、、。


 ステラは全身で風を感じた。


 ―この風は、、、。


 ステラは風の中に、憎しみや悲しみや怒りを超越した、希望を感じ取った。

 

 ステラは素早く騎士とラルフとブランとシエルの心の中へと意識を潜らせた。


 そしてステラは、彼らの心の中にある憎しみや怒りや悲しみを掻き分けて、その奥底にある愛と勇気だけをすくい上げたのだった。


 ステラの周りには、騎士たちから送られたゴールドに光り輝く希望の風が吹いていた。


 ステラはその希望の風に愛と勇気を乗せると、リオンに向けて放った。


 びゅううううーーーーーっ。


 風はリオンの体に巻き付き、やがてゴールドの光でリオンを包み込んだのだった。


「グオッ、、、。これは、、、。グオオオオオーーーーッ」


 騎士たちの強い愛と勇気を載せた希望の風は、リオンの皮膚を通じて、リオンの内部へと力強く浸透していった。


「この小娘に、まだこんな力が残っていたとは、、、」


 リオンの顔から笑みが消え、苦悶の表情へと変わった。


「やったあ、ほれ見ろ、これが、、、オレたちの、、、本当の力だ」


 騎士は痛みにも構わず、声を絞り出してはしゃぐように言った。


「そうさ、、、邪悪な力なんかに負けるわけはないさ」


「そうでち、そうでち、その通りでちよ」


 ラルフもシエルも、見えてきた一筋の光に、胸を躍らせたのだった。



 しかし、、、。


「ブレス」


 まるで闇から響いてくるような低い声が雲から降りてきて、その場の空気は一変した。


「なんだよ、、、またかよ、くそっ」


 騎士が忌々いまいましそうに呟いた。


 ついさっき、この声を合図に、リオンの体内に入った光は、紫の雲へと吸い上げられて行ったのだ。


 ―今度こそ、、、。


 騎士もラルフもシエルも、そしてステラも、今度こそ風の力が何かを起こしてくれるのではないかと、そう信じてリオンの姿を見つめた。


 しかし、、、。  


 雲から響いてきた声を合図に、光輝くゴールドの風は、リオンの体の中の管へと吸収され、紫の毛髪を通じて上空の邪神ヴォルデューの雲へと送り込まれたのだった。


「ああっ」


 ステラたちが茫然と見つめるその目の前で、リオンを包み込んでいたゴールドの光輝く風は、紫の髪の毛を通って、残らず雲へと吸い上げられた。


「ステラッ、トドメを刺すんだ、、」


 騎士が叫んだ。


 しかし、


「騎士、そればダメだ、、、。これ以上ヤツを増幅させたら、もう、、、。ウウウゥゥゥ、、、」


 ラルフは悔しそうに唸った。


「くそっ、どうすれば、、、」


 騎士は地面を拳で叩いた。





「ヴォルデュー様ぁぁぁーーーっ」


 リオンが雲に向かって拳を突き上げて叫ぶと、黒紫の煙のようなものが、毛髪を通じてリオンの体内へと戻された。


「クックックック、わからぬヤツらだ。何度やっても同じことだ。さあ、食らえっ」


 リオンがステラに向かって杖を振り下ろした。


 稲光とともに爆音を轟かせて、稲妻がステラの立っている地面を大きくえぐった。


 ステラは衝撃で吹き飛ばされて地面に叩きつけられ、全身のあちこちから血が流れた。


「ステラーーーッ」


 騎士とラルフが同時に叫んだ。


「ギーッ、ギーッ、ギーッ」


 シエルもありったけの声で鳴いた。



 土煙の中でステラは血を流しながらヨロヨロと、しかし、怯むことなくリオンを見つめて立ち上がった。


「まだ生きておったか。愚かな魔女だ。フッフッフッフ」


 しかし、どんなに力を見せつけられても、ステラにはもう恐れも迷いもなかった。


 ―わたしにできるのは一つだけ。


 ステラはもう一度、そこにいる騎士やラルフたちの顔を見回した。


 どんな時も元気と勇気を与えてくれた騎士、いつも大きな優しさと気高さに溢れたラルフ、純粋な心でステラを慕うブラン、お茶目で強い心を持ったシエル。


 そして、ブルームハートのみんなの姿がステラの胸に浮かんだ。


「わたしは愛と癒しのファントーム。わたしにあるのは愛の力だけ。わたしにできるのは、ただ、これだけよ」


 ステラの胸には、生きとし生けるもの全てへの愛が、涙とともに溢れた。


「うああああああああああーーーーっ」


 ステラは、自分の体を覆うほどの大きな光の球を、渾身の力を込めて、リオンに向けて放った。

 

 シュルルルルルッ。


 ステラの両手から放たれた光の球が、万華鏡のように煌めきながら、リオンの胸に吸い込まれていった。


「グオオオオオ、、ウグッ、、」


「こ、、、この輝きの強さは、、、」


 リオンはあまりにも強く大きな輝きに、耐えきれずに叫んだ。


「ヴォ、、、ヴォルデュー様ああああっ、、、」


 リオンは、苦悶の表情を浮かべて、体を震わせて、雲に向かって手を伸ばした。



「ブレス」


 リオンの声に呼応するように、雲から低い声が響いて、空気を震わせた。


 ―また、、。


 その場にいる誰もが、また雲に光が吸収されると思ったその時、その雲の声を聞くと同時に、騎士が力を振り絞って黄金の剣をステラに向かって投げた。


「何度も同じ手にやられてたまるかっ。ステラ、やるんだっ」


 黄金の剣は、回転しながらステラの頭上を目掛けて飛んできた。


 ―騎士、、、、。


「わかった。やってみるわ」


 ステラは、傷口が裂けて血潮がほとばしるのも構わずに、体の中に残った力を結集して、黄金の刀を目掛けて跳び上がり、そしてしっかりと手に掴み取った。


 ステラは、掴み取った手から、剣を通じて騎士から送られた勇気が伝わってくるのを感じた。


「やああぁぁぁーーっ」


 ステラは間髪を入れずに、もう一度跳びながら下から剣を振り上げた。


 ザザザザザザザザーーッ。


 黄金の剣が、雲と繋がったリオンの紫の毛髪を、真横にバッサリと切断した。


 すると、雲と繋がっていた毛髪の上半分は、雲から離れて落下したのだった。


 ハラハラハラハラ。


 息を呑むステラたちの目の前で、ゆっくりと、紫の毛髪は落ちていった。


「ギャアオォォォォォォォーーーーーーーーッ」


 次の瞬間、地の底から響いてくるような、リオンの叫び声が、遥か遠くまでこだました。

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