第4話 リオン登場

 馬車のほろを上げて現れたのは、紛れもなく、あの『ブルゼ』の王リオンだった。


 馬車から降り立ったリオンは、いきなり怒りをダークネスに向けた。


「ダークネスよ、お前もか。この役立たずめがっ」


 リオンはダークネスに向かってそう言うと、言い訳する時間すら与えることなく、怒りに任せて杖を振り下ろした。


 カッと見開いた目と、ワナワナと震えて歪められた口元からは、強い怒りの炎のオーラが噴出し、ダークネスは震え上がった。


 リオンが杖を振り下ろすと同時に、杖の先から稲妻が落ちて、稲妻は、頭を抱えてうずくまっているダークネスの足元を直撃したのだった。


 稲妻の直撃を受けたダークネスの足は、黒く焦げて裂け、血が流れた。


「お、お許しをっ。うっ、、、」


 ダークネスが許しを請うのにも構わず、リオンはもう一度、今度はダークネスの顔の前あたりに向かって稲妻を落とした。


「どうせお前も、もう闘えぬと、そう言うのであろう」


「い、いえ、そのようなことは、、、」


 ダークネスは、リオンの望む答えを探したが、うまく言葉にすることができず、結局、リオンの更なる怒りを買うこととなってしまった。


 ダークネスの胸の内を察したリオンは、その瞬間、ダークネスの顔を杖で激しく打つと、


「もうよいっ、お前はもう使いものにならぬわ。失せろっ」


 と大声で命じて、追い払うように、もう一度ダークネスの顔の前に稲妻を落としたのだった。


「ヒィーーッ」


 リオンの怒りの前に、なすすべもないダークネスは、後ろを振り返ることもせず、足をもつれさせて何度も転びながら、逃げるように去って行った。




 ダークネスを追い払い、しかしまだ怒りの冷めやらぬリオンは、冷静さを装いながらも、隠しきれぬ怒りのオーラを身にまとったまま、ステラたちに正面から向き合った。


 黒いマントを羽織り、頭に王冠のようなものを被ったリオンの姿は、前にも増して、強い邪気に包まれていた。


 体全体が紫色の霧のようなものに覆われ、そして何より、天に向かってメラメラと燃え上がるように生えた毛髪は、前にも増して、より高く上へと立ち昇り、そしてその色は、より妖しく、より深い紫の輝きを放っていた。


 その姿は、邪悪の化身とは言え、妖しげな美しさをたたえ、神々こうごうしくさえあった。


 その場の全員が、そのリオンの妖気に満ち満ちた姿に息を呑み、凍りついたように動けなくなっている中、騎士ナイトが、そんな空気など関係ないとでも言うように、口を開いた。


「よう、紫のおっさん、待ってたぜ。」


 騎士ナイトは、ついさっき負った傷のせいで、よろけながらもどうにか立ち上がって言った。


「この通り、お前んとこの手下には、まったく酷い目に遭わされたぜ。でもなあ、オレはこの程度じゃあくたばらねえよ。正義の味方はいつだって不死身だ」


 白い上着は、上半身が血の色に染まり、地面にも血溜まりができている。


 瀕死と言ってもいい怪我のはずだが、ステラの起こした風のお陰か、騎士の声はいつも通り威勢がいい。


 リオンは、その威勢のいい騎士の声に対して、しかし、いかにも面倒臭いというように、


「お前などに用はない。死に急ぐことはあるまい」


 と、軽くあしらうように言った。


「そっちに用がなくても、こっちにはあるんだよっ」


 と言いながら、騎士は悔しそうに地団駄を踏んだ。


 と、そこに突然シエルが口を挟む。


「その調子なら、もう大丈夫そうでちわね」


 ステラの頭の上に乗っていたシエルは、騎士に向かってそう言うと、今度はステラの頭の上から騎士の肩へと飛び移って、


「ステラのおかげでちわね」


 と、騎士の耳元で大声で鳴いた。


「なっ、なんだよ。ステラのおかげって、ブランを助けたのはこのオレだぜ。これは、名誉の負傷ってやつさ」


 騎士は胸を張った。


「そうだな、ありがとう、騎士。でもここはボクたちに任せて休んだ方がいい」


 黙って聞いていたラルフが口を開いた。


 しかしここで、リオンがイライラしたように手に持った杖を振って、騎士に向かって稲妻を落とした。


「用はないと言っておるのに、グダグダとうるさいヤツらだ」


 騎士はよろめきながらも、なんとか横っ飛びでかわした。


 しかしリオンは手を緩めることなく、騎士に向かって続けざまに杖を振った。


 しかしついさっき横っ飛びしたところから、騎士はまだ体勢を立て直すことができないでいた。


 稲妻が騎士を直撃する、と思われたその瞬間、ラルフが騎士に体当たりして、一緒に地面を転がって、どうにか稲妻をかわした。

 

「フン、口ほどにもない」


 リオンそう言うと、これ以上騎士などに興味はないとでも言うように、騎士を無視して、今度はステラを真正面から見つめた。





「ステラ、お前の愛の力とやらは、まことに素晴らしい」


 何が言いたいのか、リオンは強い怒りと憎しみのオーラを放ちながら、感情を抑えるように静かにステラに言った。


 その顔には、不気味な笑みが浮かんでいる。


「お陰で見ての通り、ダークネスは足を負傷して血を流し、挙句の果てに『ブルゼ』を追われて、地球を彷徨さまようことになった。さて、ヤツの行く末はどうなることやら」


 ここでリオンは言葉を切ると、顔全体を大きく歪めて、ステラをギラギラと見つめると、


「まことに愛の力というのは、素晴らしい」


 と大声でいどむように言った。


 そして、ステラに視線を合わせたまま、リオンは、ハーハッハッハ、と、笑い声を立てた。


 笑い声とは裏腹な、ギラついた冷たい目に、ステラはゾクっとして、思わずそばにいたブランを抱きしめた。



「何言ってやがるんだよ。全部お前がやったんじゃねえか」


 やっと立ち上がった騎士が、リオンに食ってかかった。


「そうでちわよ」


 シエルが、騎士に同調しながらリオンの頭の上を飛び回った。


 「このっ、小賢こざかしいメス鳥がっ。目障りだっ」


 リオンはそう言うと、頭上のシエルに向かって杖を振った。


 ドドドドッ。


 杖の先から出た稲妻が、シエルの羽をかすめて、焦げた羽がハラハラと落ちる。


「ピロッ、ピロピロッ、何するでちか」


 シエルは顔を赤くして怒って、リオンの頭上で髪の毛の先に止まると、お尻を振って、、、。


 ピチョッ。


「な、何だ?」


 その瞬間、リオンが戸惑ったように、見えない頭の上を見ようと顔をグルグル回した。


「ププププッ、ハーハッハッハッ、ウヒ、ウヒッ、ヒーッヒッヒッヒッヒ」


 騎士がリオンの頭の上を指差して、息をするのも苦しげに笑い転げている。


「おっちゃん、シエルに糞されて、、、プププププ」


 ブランも笑い出した。


「あたちとしたことが、、、。はずかしいでち」


 シエルはラルフの背中に乗って、赤く染まった頬に羽をあてている。


「何をするのだっ、ふざけおって。毛髪はわれら『ブルゼ』の王族の命なのだ。ヴォルデュー様に顔向けができぬわっ」


 リオンは、激しく憤った。


 そしてもう一度、怒りにまかせてシエルに向かって杖を振ろうとしたその時、、、。


 ヒュウウウゥゥゥーーーッ。


 リオンの頬を風が撫でた。


「こっ、これはっ、、、」


 リオンは、シエルの事に気を取られて、ステラの動きを見ていなかった事に気づいた。


「しまった」


 リオンの周りには、さっきステラが吹かせたのと同じ、『愛と喜びを載せた銀色の風』が吹いていたのだ。


 驚きの表情を浮かべるリオンに構わず、ステラは腕輪を太陽にかざした。


 すると、腕輪から放射線状に発せられる虹色の光が、銀色の風に溶けて、あたりを優しく吹き渡ったのだった。


「うぐぐぐぐぐ、、、」


「こんな小娘の起こした風などに、、、誰が屈するものか」


 リオンは、自分の中にある邪に意識を集中した。


 風はますます輝きを増して、リオンの髪の毛に絡みつき、体全体を包み込むように吹き回った。


「うぐっ、、、うぐううう、、、」


 リオンは苦悶の表情を浮かべた。


 しかし、次の瞬間、、、


「フッ、、、フッフッフッフ、ファッハッハッハ、ハーハッハッハッハッ」


 リオンの顔は苦悶の表情から、次第に笑みへと変わり、ついに大声で高らかに笑い声を上げたのだった。


「なんだよ。紫のおっさん、頭がおかしくなっちまったんじゃねえのか」


 リオンは笑みを浮かべたまま、素早く杖を振って、騎士の前に稲妻を落とした。


「あっぶねえなあ」


 騎士は後ろに飛び退いて避けたが、地面には大きな穴が空いた。


 ここでラルフが、リオンの様子を見ながら、


「もしかして、、、風が効いてないのか?」


 と誰に言うでもなく、そう口にした。


「残念ながら、その程度の愛の力では、ワシの邪悪の力に勝つことはできぬ。ワシは邪神ヴォルデュー様より、愛などというものに負けぬだけの、邪気を授けてもらったのだからな」


 リオンは紫の髪の毛を揺らしながら、満足そうに言った。


「ハーハッハッハッハ、ファーッ、ハッハッハッハ」


 高原に、リオンの笑い声が高らかに響き渡った。


 


 


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