第3話 ダークネス2

 肩や太ももから血を流すステラを見て、ダークネスはゾクっとするような冷酷な笑みを浮かべた。


「これまで、だな。手こずらせおって」


 とどめを刺そうとダークネスが剣を握り直したその時、ここまでチャンスを伺っていたブランが、ダークネスの背後から体当たりで飛び付いて、足にかぶりついた。


 勝利を確信して、警戒心が緩んだのか、その一瞬の隙をついて、ブランの顎は、がっしりとダークネスの足に食い込んだ。


「なっ、何をするっ」


 不意を突かれて、一瞬狼狽えるような表情を見せたダークネスだったが、次の瞬間、怒りで赤黒く変色した顔を大きくゆがめた。


 グオオッ。


 ダークネスは、唸りながら、渾身の力を込めて、剣を上からブランに向かって突き立てた。


 グゴッッッ。


 骨の潰れるような音と共に、


「うぐううううーっ」


 という唸り声が、あたりに響き渡った。


 そう低く唸り声を上げたのは、しかし、、、ブランではなく騎士だった。


 騎士は、ライオンと格闘しながらも、常に背後のステラとダークネスにも、意識を向けていた。


 ダークネスの足にかぶりついたブランに対して、ダークネスがとどめを刺そうとしている気配を察知して、騎士は瞬時に、剣が振り下ろされるその位置に、捨て身で自分の体を入れたのだった。


 そして、ブランの上に覆いかぶさった騎士の背中を、ダークネスの漆黒の剣が貫いたのだった。


「騎士、、、大丈夫?」


 ブランが不安そうに、下敷きになったまま騎士に声をかけた。


「ああ、、、もちろん、、、さ」


 騎士は、無理矢理明るく答えようとしたが、声は震え、途切れ途切れになった。




 騎士とブランのやり取りを聞いていたダークネスは、


「大丈夫、、、か。なるほど、まだ足りんというわけだな」


 と言いながら、騎士の体に刺さった剣を抜いた。


 ダークネスが剣を抜いた途端、剣によってき止められていた血がドクドクと流れ、騎士の白い服はみるみる赤く染まっていった。

 

  


 騎士の服の赤い染みは、瞬く間に広がり、それとともに、騎士の意識は朦朧となった。


「バカなヤツだ。こんなクマごときに情けをかけるとは。そんなに死にたいなら、望み通り、お前からってやるよ」


 ダークネスが冷酷な笑みを浮かべて、もう一度騎士に向かって、とどめの剣を突き立てようとしたその時だった。


 ヒュウウゥゥゥーーーッ。


「なっ、なんだ?」


 突然、一陣の風が舞い上がり、ダークネスの体に風がまとわりついてきた。


「これは、、、銀色の風、、、?」


「しまった!こっ、これはまさか、、、」


 ダークネスはこの時ようやく、ステラから意識を外してしまっていたことに気づいた。


 うおおおおおおおおーーーっ。


 ダークネスが、剣を手から落として頭を抱えた。


 騎士は、うつ伏せで肩から血を流しながら、自分達を取り巻くこの場の殺伐とした空気が、一瞬にして柔らかく緩んだのを感じていた。


「ステラ、、、」


 騎士には、何が起こったのかわかっていた。


 朦朧とした意識の下で、騎士は安堵感に包まれたのだった。


「ここには、雪を載せた山の頂上から吹き下ろしてくる『厳しくて清らかな銀色の風』が吹いていたの。だからその風に、この高原の木や草から『命を守り育てる愛と喜び』をすくい上げて載せたのよ」


 ステラは騎士に走り寄り、騎士の体に手を触れながら、その一瞬、銀色の風に吹かれるのに身を任せた。


 愛と喜びを載せた銀色の風は、何にも負けない強い煌めきを放ちながら、ステラと騎士を包み込んだ。


 ステラは立ち上がると、さらに、手を高く上げて腕輪を太陽にかざした。


 光を受けた透明な腕輪からは、虹色の光線が放射線状に広がり、愛と喜びを乗せた銀色の風に、その虹色の光が溶けてあたりを優しく強く吹き渡ったのだった。


「ええいっ、生ぬるい風がまとわりついて、気持ちが悪いわ。愛だと、、、?邪悪こそが正義、、、。愛などには、、、負けぬ」


 ダークネスは頭を振って、自分の太ももを剣でで刺した。


「邪よ、目覚めろ、、。我こそは、、、ダークネス、闇の戦士」


 ダークネスは、自分を襲う初めての感覚に、何とか抗おうと、必死で意識を集中した。




 一方、ライオン達もラルフもブランも、みんな闘いを忘れたかのように、心地よい風にただ吹かれてじっとしていた。


 そして、ステラもラルフも騎士も、そしてライオン達も、闘いで負った傷が癒えていくのを感じていた。


 優しい空気がその場を支配した。




 次にステラは、静かに目を瞑って、胸の奥に意識を集中した。


 ―今度こそ、胸の中に愛の光を灯すのよ。


 これまでステラが出会ってきた生きとし生けるもの全てが、ステラの胸に浮かんでは消えた。


 ステラは愛の記憶を呼び起こし、丁寧に集めていった。


 そうしてステラの愛は、胸の中で大きく眩い光となって、強く輝いたのだった。


 ステラは、その光り輝く球を両手に取り出すと、その手の中の光り輝く球を、ダークネスに向かって放った。


 シュルルルルルッ。


 光り輝く球は、万華鏡のような煌めきを放ちながら、一瞬でダークネスの胸に吸い込まれていった。


「や、やめろ。やめてくれっ」


 ダークネスは、おののいて頭を抱えながら後ずさり、尻餅をついてその場にうずくまった。


「なんだ、この光は、、、。ううううっ」


 ダークネスの体内に入った光は、少しづつ全身に広がっていった。


「オレが、、、オレではなくなっていく、、、」


 ダークネスの顔は、全てが壊れていく恐怖て歪み、全身はブルブルと震えていた。


 しかし、温かな光は、かまわずどんどんダークネスの体の中に広がっていく。

 

 そして体中にその光が行き渡った時、ダークネスの体は、愛と癒しに満たされて、光り輝いたのだった。




 しかしその時、馬車の中から、ついにあの男が現れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る