第2話 ダークネス

 リオンの馬車は、前方に、ステラたちの方を向いて止まったままじっとしている。


 ステラたちも立ち止まって、その場に佇んでいた。


 お互いに、相手を凝視したまま動かない。


 沈黙を破ったのは、騎士ナイトだった。


「おい、出てこい、紫のおっさん。今度こそこの騎士ナイト様が成敗せいばいしてやるからな。逃げるんじゃねえぞ」


 騎士はそう言うと、いつものように剣を振り回す真似をした。


 この時、その光景を見ていたラルフは、ふと御者台の男に目を止めた。


 ―、、、なんだ?


「あのダークネスとかいう、黒尽くめのヤツはどうしたんだ?」


 ラルフの言う通り、御者台には、前に闘った時とは違う男が座っていた。


 ラルフの言葉で、騎士も御者台の男に目を遣った。


「逃げやがったな。オレの強さを知って怖気おじけ付いたか」


 騎士は、ダークネスが騎士の強さに怖気付いて逃げたのだと、本気でそう思っているのか、心底悔しそうな顔で、地面を蹴った。


「あーあ、相変わらずおめでたいでちね」


 いつの間に戻ってきたのか、シエルがステラの頭の上から騎士に向かって呆れたように言った。



 騎士の言葉に反応して、御者台の男は騎士の方を向いた。


「黙れっ、お前のような雑魚ざこに用はない」


 御者台の男は、しかし、騎士のことなど相手にしてはいないと言わんばかりに、冷たく言い放った。


「このオレこそがダークネスなのだ。ダークネスの称号は、このオレにこそふさわしい。陛下もそのことにお気づきになったのだ。邪悪の星『ブルゼ』の闇の剣士『ダークネス』にふさわしいのは、このオレだとな。さあ、オレが相手になってやる」


 男は御者台から降りると、腰から漆黒の剣を抜いた。


 黒い髪に黒い服と、そして漆黒の剣。


 何から何まで、ダークネスとそっくりだ。


「なるほど、確かにお前は、真っ黒な闇の剣士。ダークネスの名前がお似合いさ。ま、ダークネスでもお前でも、オレにとっちゃあどっちも同じさ。さあ、どっからでもかかって来いってんだ」


 騎士はそう言うと、腰に携えた黄金の剣を抜いた。


 ダークネスと騎士ナイトは、お互いに剣を抜いて睨み合っている。


 そして、騎士ナイトが剣を抜くのと同時に、ラルフとブランもダークネスを取り囲んで身構えた。


 ウウーーーッ。


 ラルフは唸りながら体勢を低くして、飛びかかるチャンスを狙っている。


 ブランももちろん、ラルフと一緒にいつでも闘える構えを取っていた。


 ダークネスは、自分を取り囲む敵、騎士とラルフとブランに対して剣で牽制しながら、攻撃のタイミングを窺っている。




 一方、ステラは、この時を逃すまいと、密かに胸の奥に意識を集中していた。


 ―今がチャンスだわ。


 宇宙の塵となった父親のこと、ブランの父親のシンのこと、生まれ故郷『ブルームハート』の仲間たち、そしてこれまでステラがかかわってきた、生きとし生けるすべてのものがステラの胸に浮かんでは消えた。


 ―胸の奥に、愛の光を灯すのよ。


 ステラは、胸の中に愛を呼び覚まし、光を灯そうとした。


 しかしその瞬間、、、。


 シュルルルルッ。


 ダークネスが、剣を持つ手とは反対の手で、素早く腰からナイフを抜くと、ステラに向かって投げた。


「お前の手の内はわかっている」


 ナイフは弧を描くように、ステラの胸の辺りを目掛けて、空中を回転しながら飛んで行く。


「ステラっ」


 ラルフが叫ぶと同時に、ステラはのけぞるようにしてかわし、ナイフを右手にキャッチした。


「何っ?ふざけた真似を」


 ダークネスは間髪を入れず飛び上がり、空中で体の真正面で両手に剣を握ると、ステラに向かって振り下ろした。


 キーン。


 しかしステラも瞬時に反応して、右手に持ったナイフで剣を受けて押し返した。


 カーン、カン、カン。


 立て続けに斬りつけてきたダークネスの剣を、ステラはナイフで合わせて、右へ左へとかわしていく。


 そして今度は、それを見ていた騎士が、今がチャンスとばかりに、背後に回って黄金の剣で斬りつけた。


 しかしダークネスは、騎士の動きを背中で察知して、上空に跳び上がってかわした。


 ダークネスは着地すると、素早く体勢を整えて、ステラと騎士にむかって漆黒の剣を構えながら、ラルフとブランにも一分の隙も見せないように、神経を研ぎ澄ました。


 素早い身のこなしと、周囲の少しの気配さえも見逃さない、その研ぎ澄まされた感覚に、ステラたちは脅威を覚えた。


 敵はダークネス一人。


 そのたった一人の敵を、ステラと騎士とラルフとブランが取り囲むという有利な状況だ。


 しかしそれでもステラたちは、簡単に攻撃を仕掛けることはできなかった。


 ―不用意に攻撃を仕掛ければ命取りになる。


 一方、ダークネスにとっても、なかなか決定打と言える攻撃を仕掛けられないのは同じだった。


 ダークネスの目の前には、ステラと騎士がそれぞれナイフと剣を構えており、少し離れたところからは、ラルフとブランも飛び掛かる構えをしているのだ。


 ―このままでは、動けぬ。


 しかしここでダークネスは、何かに気づいたように、口を片側に歪めて、フッと笑みを浮かべた。


「クルっ、エルっ」


 ダークネスは、二頭のライオンに合図したのだ。


 ウウウゥゥゥ。


 二頭はそれぞれ、ダークネスに向かって構えをとっている騎士とラルフの背後に回った。


 必然的にラルフと騎士は、ダークネスに背を向けて、それぞれライオンと相対するカタチとなった。


 ブランは横に飛び退いて、遠巻きからチャンスを伺う。


「さあ、ステラ、これでオレとお前の一騎打ちだ。言っておくが、オレは一瞬の隙も逃さない。この剣から目を離したが最期。お前の命はない。言っている意味がわかるな?」


 つまり、風を起こすことも、光を集めることもできない。


 ファントームとしての武器を封じ込められてしまったのだ。


 ―それなら、、、。


 ステラは、ダークネスの言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、体を鋭く回転させて足を振り上げ、ダークネスの剣を握る手を狙って蹴り上げた。


 不意を突かれたダークネスは、しかし、すんでのところでかわし、ステラの足は空を切ったのだった。


「不意打ちか。なるほど。お前がその気なら、こっちもやりやすい。卑怯などというつまらん戯言たわごとを聞かずに済むというわけだ」


 ダークネスはニヤリと笑った。


 そして次の瞬間、ダークネスは素早く剣を振りかぶると、目にも止まらぬ速さで、連続で攻撃を繰り出してきた。


 カーン、カン、カン、カン。


 ステラもナイフで応戦する。


 防戦一方かと思いきや、ナイフで押し込んでおいて、ステラはしなやかな瞬発力で、足蹴りを食らわす。


 しゃがんだり回転したり、左右に飛び退いてかわし、ステラも素早さでは負けていない。


 しかし、、、。


 何度も間髪を入れずに連続で繰り出される攻撃に、ステラは、一瞬タイミングがずれて、とうとう手に持ったナイフを弾かれてしまった。


 ―ハッ。


 カラーン、カラ、カラ。


「残念だったな。フッハッハッハッハ。だが、お前はここまで良くやった。そこら辺の闇の剣士より、よほどマシだ。だがそれも、残念ながらここで終わりだ」


 シュンッ、シュンッ、シュッ、シュッ。


 ステラの素早い動きにダークネスの剣は空を切る。


 赤い髪と白い肢体が地面を蹴って宙を舞い、漆黒の剣を翻弄した。


「ちっ」


 ダークネスは、気合いを入れ直すように、肩の力を抜いて、剣を握り直した。


「逃さんぞ」


 ダークネスの構えが変わった。


 ステラの動きに合わせて、ダークネスも宙を舞う。


 ダークネスの、体と剣が一体となった攻撃に、ついにステラはかわしきれずに、バランスを崩してよろめいた。


 ―うっ、、、。


 剣がステラの肩や太ももをかすめて、傷口から血が流れた。


 

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